小説『真弓が真由美になりました』
作者:みき(かとう みき◆小説部屋◆)

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015◆小話1◆もともとウチのモノだろう?

☆☆☆

「くれ。」

 と一言男が告げた。

「嫌です。」

 隣の男が応えた。

「何だよ。元々、ウチに譲れって話ついてたんだろう?」
「その話は立ち消えてました。」
「役に立たないと思ってたから、だったよな?」

 念を押されると、相手は怯む。
 元々、男の立場は弱い。

「なら、元々ウチのモノとも云える。」
「………何ですかソレ。真弓先輩の真似ですか。」

 多少の挑発は効かない。
 高峰はニヤニヤと嗤うばかりだ。

「交渉事なら、俺は真弓に劣る訳でもナイ。材料が間違ってんじゃねえの?」
「………。でもねえ先輩。彼女は既にウチに無くてはならない存在なんですよ。」

 もし簡単に手離したりしたら、業務課のメンバーは仕事をボイコットしかねないとすら思う。
 それを訴えると、高峰は呆れと興味を眸に浮かべた。

「何だそりゃ?二日でソレって、漫画か?」
「漫画って云うより真弓先輩ですよ。そっちだって……木崎くんとか、どうなんですか?」

 疲れた表情に、高峰は微かに呻くような声を上げた。

「あ〜〜なんつうか。打ち合わせ始めた時には、忠犬だった。」
「……忠犬は大袈裟でしょう。」

 原田は笑った。
 実際に原田も昼間のキラキラ笑顔を目撃したが、それでも真弓に対する忠犬ぶりと比べるのは問題が違う。
 だが高峰は首を振った。

「忠犬以上だった。態度も言葉も忠犬だった。ついでに、性別が違う所為か、他の目的も生まれたようだな。」
「そこまでには見えませんでしたが……。」

 半信半疑の視線に、高峰は笑った。

「じゃあ見てろよ。どうせ、明日も迎えに行く。」
「またですか?あげないって云ったじゃないですか。」

 不満そうな原田に、高峰はグラスを傾けてから諭すように告げた。

「どうせ、業務課には長くない。会長が何か考えてる。」
「………女の子ですよ?」

 案じるような眼差しをした原田を、高峰はせせら笑った。

「二日で業務課掌握して、会社の予算に口を出し、あの木崎を忠犬にするヤツがか?」

 一瞬、高峰の眼差しに苛烈な光が点る。しかし、注視する間もなく、事態を面白がる愉快そうな感情に溶けて消えた。
 原田は眸を瞬き、飲み込んだ息を吐き出した。

「それでも……若い女性には違いありません。」
「性別なんかに誤魔化されてると、痛い目に遭わされそうだけどな。」

 嘯く口振りに、原田は困惑する。
 酔っているのだろうか?
 こんな高峰を見るのは初めてだった。

「先輩は、どうしたいんですか?」
「俺え?さあて。どうするかね?」

 嗤う横顔に、原田は気付かない振りをした。
 それでも、日常を取り戻す会話を無理やりに続ける。

「経理部に欲しいと、仰有ったでしょう?」
「ん〜まあな。」

 暫く無言のまま、時が過ぎ。カラン、と氷がグラスの中で音を立てた。

「近々、古巣に戻るかも知れない。」
「はあ?今日昇進なさったばかりじゃないですか。」

 流石に驚いて声を上げると、小さな店内に響き、シーッと高峰が人差し指を立てた。
 眸の奥が、愉快そうに笑っている。
 原田は咄嗟に小さく謝罪して、内心胸を撫で下ろした。

「ちょっとな。事情が有るのヨ。事情がな。」

 面白がる響きからは、既に悪い気配は消えていた。

「古巣って………営業、ですか?」

 遠慮がちに訊ねた原田に、返事の代わりにニヤリと人の悪い笑みが返された。
 何だかなあと、原田はボヤキつつグラスに口を付ける。

「なあなあ。例えばさ、俺があの女の下に付くのも、中々面白いと思わないか?」
「ぶっ!!」

 いきなり何を云い出すのか。
 濡れたグラスと口元をハンカチで拭い乍ら、原田は呆れた様子を隠しもせず高峰を見やる。
 イタズラ小僧みたいな笑顔が視界に映った。

「営業に戻るとか、彼女に付くとか、今日は本当にどうなさったんです?」
「ふふん。教えない。」

――何なんだ。

 原田は脱力感に襲われたが、高峰の様子に不穏な陰が無かった為、追及する程の事はないかと嘆息した。

「ああ。でも、毎日半日はウチに寄越せよ。」
「………まだ終わって無かったんですか。」
「当たり前だろう。半日やるんだから感謝しろ。」

 偉そうな先輩に、原田は云わでもがなの反論をした。

「だから、彼女は業務課に所属してるんですってば。」


 聞いて貰えなかったのは、それこそ云う迄も無い事だろう。

☆☆☆


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