小説『真弓が真由美になりました』
作者:みき(かとう みき◆小説部屋◆)

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017◆番外編2◆お前はいくつだ

☆☆☆

 上司で女で年下。
 そんな存在に反発が無かった訳でも無い。
 心の奥に、熾火の如く、残ると思った。
 それでも、選んだのは自分だ。

「宜しく。」

 ニヤリと笑って、右手を差し出した。
 ヤツは不思議な表情をして、俺を見上げてた。
 何と云うか。
 賛美。感嘆。微かな驚愕。敬意。
 それらが入り雑じった感情の奔流。
 物云う眸を瞬き。
 笑った。

「やっぱり、おま……あなたを尊敬します。」
「………。」

 柔らかく広がる淡い笑みを見て、言葉に詰まった。
 やっぱりって何だ?とか思い乍ら、柄にも無く周章てた。
 ヤツからそんな風に云われるとは、思いもよらなかった。

「じ…上司相手だから、宜しくお願いします……かな?」
「そうですね。」

 ヤツが凄いのは、そこでアッサリ頷くとこだと思う。
 賛嘆と云う表現がピッタリくる眼差しで見上げておいて、そうくるか。そうか。

「宜しくお願いします。」

 俺は男らしく実行した。
 キッチリ45度の角度に頭を下げる。
 ヤツは答礼してから、口元に笑みを浮かべて云った。

「二人の時は敬語は不要ですけどね。」
「ふうん?今も?」

 俺は戸惑いひとつ見せず。
 わざと、がっつり言葉を崩してみる。

「ええ。」
「どの程度?」

 崩した上で、揶揄する口調で訊いたが、ヤツは全く動じなかった。

「人として許される範囲内なら。」
「………ならさ。あんたも、気楽に話せば?」

 人として……ある意味これ程上手い云い方も無いな。
 しかし、口先だけで無い事も知れた。
 故に俺は友好を示し、ヤツは面白そうに眸を光らせた。

「かなり年下ですが?」
「そちら上司ですが?」

 やり返すと、クスリと小さく笑った。
 初めて笑い声を聞いた気がした。
 気がしただけでも無い。
 ヤツは大抵の場合、穏やかに微笑っているが。
 それは笑顔と云うより、微笑と呼ぶべきものだった。

――そんなとこまで似てるのか。

 ヤツが得たポストは、最近まで俺の友人の手にあった。
 友人で、同期で、上司。
 有能で、口が悪くて、人使いが荒くて。外面が良い。

 そこまで考えて、つい笑ってしまった。

――お前って、云おうとしたな?

 友人ならば、決してしない失態だと思う。
 不思議そうな表情に、俺は人が悪い笑みだと自覚する笑顔を向けた。

「大体。あんたも本来は口が悪いだろう?」
「……否定はしない。」

 微かな渋面は、俺が何を云うか気付いた証拠だろうか。

「さっき。お前って云うとこだったろう。」

 ヤツは舌打ちした。
 俺は咽の奥で笑った。

「他所ではやるなよ?」
「当たり前だ。」

 俺でさえ遠慮した呼び掛けを、ヤツがツルっと口にしそうだった瞬間。
 何となくだが、気を許した相手だからこそ、ポカをしたのだと思った。
 なんたる自惚れだろうか。
 自分で自分に呆れた。
 付き合いの浅い相手に、そんな期待をしたのは似ているからだ。
 似すぎているからだ……と思う。

――期待?

 って、何を期待するのかとも思うが。

「高峰?」

 黙り込んだ俺を、下から覗き込む眼差しがある。
 若い女相手の手加減が不要な女。
 それなのに、俺に一切の警戒を示さない女。
 俺は苦笑した。

「呼び捨てかよ。」
「気にするな。お前が気にしないなら、私も気にしない。」
「いや。おかしくないか?」

 反論しつつも、受け入れていた。
 ヤツも気付いているから、楽しそうな眼差しが笑みを含む。

「お前は一体いくつだよ。」

 手もなく玩ばれていると思う。内心の問いかけが、そのまま声になった。真面目に答えようとする相手を止める。

「いや。云うな。知ってるが聞きたくない。」
「お前はカッコイイなあ。私には真似出来ないよ。」

 何故か。
 しみじみと云われた。

――コレは一応若い女の筈だが。

 何故に色気の欠片も感じられないのか。
 若い女性にカッコイイなどと云われたのに。

――全くトキメキが無い。

 好みじゃないとは云わない。
 多少若すぎるが、この女に年齢によるギャップは感じられない。
 綺麗な肌をしている。
 穏やかな笑みも、知的な眼差しも、時に披露される、底冷えのする淡々とした口調さえも。
 別に嫌いでは無い。

――それどころか。

 多分。
 物凄い勢いで惹かれている。
 ただ、それが色恋に結びつく感情には、一切ならないのだ。

「解らん。」
「何が?」

 自分らしさに欠ける感情の機微を自覚して、俺は無意識に呟いていた。

「お前は色気の欠片もない。」
「それで?」
「何で無いんだろうな?」
「………大丈夫かお前?」

 案じる眼差しに友情を感じる。

――だからそんな期待をして、どうするんだ………って。

 期待の、意味が解けて。
 呆然とした。

――お友達になりたいってか?

 それは、一体どういう感情なのか。
 瞬きを繰り返す自分を意識する。
 現実に今現在、俺自身が感じる言葉だ。

――お前一体いくつだ?

 自分自身に問い掛けた。
 目眩がしそうだった。

「高峰?」

 同じ口調で、同じ表情で、気安く接してくる女。
 性別が違う。
 顔が違う。
 声が……違う筈なのに。

 声の、響きが似てる。
 眼差しが似てる。
 違う顔が、重なって見分けがつかなくなる程、表情が同じだ。

「なあ高峰。頼みが有るんだ。」
「………何だ。」

 多少、気遣わしげな気配を残しつつも、女の顔が真弓の顔と重ねる。
 眼差しが……同じだ。

「若い娘に従う、ピエロ役を演じてくれないか。」
「………。」

 沈黙をどう取ったのか、女は測るように俺を見つめる。

「今さら。最初からその積もりがなけりゃ引き受けるか。」
「………に。」
「ん?」
「お前、本当にカッコイイよ。」

 同じ言葉を、今度は苦笑に近い笑みで云われた。

「私はお前に対して、人前でもこの口調で話す。」
「解ってるよ。」

 だからこその、先程からの会話だと知っている。
 途中まで、気付かなかったが。

――気を抜いた振り……だったかもな。

 そこに期待をするのは相手の勝手だ。
 そういう……事なのだろう。

――小娘の技量じゃないな。

 冷静に考え乍ら、深い失望感を覚える。
 誰にも期待しなかったツケ……そんな言葉が思い出され、それを告げた相手の声が甦る。

『だから離婚なんかされる羽目になるんだ。』

 しかし、その時も大してダメージを受けて無かった俺は、何やら嘯いて笑ったのでは無かったか。
 離婚よりダメージが強いって………。
 それはそれで情けない。
 俺は莫迦げた考えを打ち払う。
 小娘の働きを、面白楽しく見物する積もりだった筈だ。
 その手助けをするのも愉快だと、心に決めた筈である。

 営業部長?今更?同期の補佐役を選択した時点で、その目は捨てた筈だった。
 そして、何やら話し掛けられていた事に気付き、聞き逃した台詞を繰り返すよう依頼したところ。

「私はお前の事を、得難い友人だと思う。」
「は?」

 何やら、面妖な事を云われた。

「お前の考えはこの際どうでも良い。私はそう思っている。」
「………。」
「いつか、お前に本当の意味で信頼されたいと思うよ。」

――っ!

 穏やかに語る。
 その眼差し。

「お友達になりましょうって?」

 内心の狼狽を押し隠して、俺は愉快そうに笑った。
 面白そうに、揶揄うように。
 歓喜する己に呆れ乍ら。
 いつもの自分を演じた。
 ヤツの眸は傷付きもしない。寧ろ拠り穏やかに、優しく弛んだ眼差しが包み込むように俺を見た。

 真弓より、器がでかいとか……有りだろうか。

 学生時代。
 真弓は俺を嘲笑した。
 お前の腹なんか知った事か……そう云われた。

「ごっこでも構わないさ。いつか、お前の助けになりたい。そう思うだけだ。」

 子供みたいな反抗を示した俺に、ヤツは宥める口調で告げた。
 自分の娘でもオカシクないくらいの年齢の小娘。
 そんな小娘の言動に振り回されているのに、腹も立たない。

 俺たちは主不在の会長室で、暫くじっと見つめ合っていた。
 敗けたのは。
 当然の如く俺だった。

「聞いて良いか?」
「うん?」

 先程までの緊張を、ため息と共に捨て去る。
 莫迦な考えも、妄想も、ガキの頃の衝動も。
 一緒に払い落として、己の上司になる若い女を見つめた。

「ピエロなら、木崎で足りるんじゃ無いのか?」

 そんな訳が無いのを承知で、俺は真面目に尋ねた。

「不足に決まってるだろう。」

 当たり前に云われた。
 小娘の癖に、見透かす眸がゆったりと笑っていた。

「食えない女。」
「食われる積もりも無い。」

 さらりと云われたが、俺は興味を深めて問い掛けた。

「望みも無いかな?」
「………頼むから、莫迦な考えは捨てろ。」

 一瞬黙り込み。
 見上げて来た眸が、真意を悟り怯むのを見た。
 弱点発見か。

「何で?年齢が問題か?」
「………そんな台詞は、せめて惚れてから云え。」

 疲れた声に、愉快さが増した。

「惚れても良いんだ?」
「良い訳ないだろう。お前は何でそう……。」

 何かを云いかけて、ヤツは諦めたように嘆息して首を振る。
 調子を取り戻した俺は、一頻りヤツに絡んだが、もはや相手にはして貰え無かった。

 手強いヤツである。


☆☆☆


◆コメント返信◆

2012-08-02 18:50:26
5頁までです^^
さくら様
コメント有難うございますm(._.)m

憑依系は何だか前の人が忘れられてて切ないので、両方倖せな話を書きたくて始めました………と云うのは冗談ですが←いや両方倖せは本当です。

自分優先なのは当たり前として多少の罪悪感くらい覚えるのは、やはり当たり前かなあ……と。

知らない人でも共に暮らせば情も移りますし、悩みの種類も少しずつ変化するかと思います。宜しければ最後までお付き合い願えれば倖いです。


2012-08-04 11:50:44
まず11ページ目
あすか様
有難うございます♪是非見守ってやって下さい♪←時々暴走しますが、多分後の話で理由は明らかにされる筈……多分ww

2012-08-04 12:08:10
16ページ目まで
あすか様
優しいと云うか普通と云うか、上記さくら様へのお返事でも書きましたが、もし本当に憑依したら悩むのも当たり前ですし。←つか悩む必要は無いがマユミに冥界記憶は無いので悩んでますw

笑って戴けて何よりです〜♪少しコメディと記載しつつ笑いに自信が無いから……と云うか、意図して書けないから凄く嬉しいです♪
有難うございました♪



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