小説『真弓が真由美になりました』
作者:みき(かとう みき◆小説部屋◆)

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018◆閑話6◆経理部の三田村七重です

☆☆☆

 経理部の三田村七重です。
 こんな名前ですが男です。
 僕は間が悪い男だと云われます。
 いえ、僕たち兄妹は、間が悪いと云われます。

 僕には双子の妹がいます。向こうも同じ事を云っていますが、僕が兄です。
 双子は後に生まれた方が兄と、古来より決まっているのです。
 今時は先に生まれた方が姉だと妹は云います。
 知った事では有りません。

 僕らは高校を卒業してから、暫く旅に出ました。友人たちには「自分探しに行って来るお!」と元気に宣言しました。
 自分探しはどうでも良いですが、社会に出たら長期の旅行も難しいでしょう。
 長期の引きこもりも難しいから……と、訳の解らぬ事を云い愚図る妹を、引き摺るようにして出発しました。

 一度出てしまえば楽しめるのが妹です。
 僕は引き籠もり願望を持つ妹を連れて、予算の許す限り旅行を楽しみました。
 ちょっぴりサバイバルな経験もしましたよ。

 そんな旅行期間が有った所為で、僕たちの就職は遅れました。
 でも、何故だか優良企業にすんなり入れましたよ。
 僕が就職したのは、大企業と呼ばれる会社です。
 商社と呼ぶのですか?でも、商社としては微妙な部分も有りますね。
 取り敢えず、色んな物を扱っている会社です。
 妹の使ってる化粧品や我が家の冷蔵庫が、この会社の商品だった事は入社して少ししてから知りました。
 まだまだ有るかも知れません。
 僕はこの会社の本社で、経理部に配属されました。
 ついこの間の事です。入社してから、約2ヶ月が経過しました。
 妹の香苗も、大企業とは云わないけど、とても有望な会社に就職出来ました。
 何が有望なのかは解りませんが。

 妹の間の悪さは、入社してソッコー発揮されました。
 忘れ物を取りに会社に戻ったそうです。
 上司と先輩が何やらゴニョゴニョしてたらしいですよ。

 ゴニョゴニョはゴニョゴニョです。
 詳細は不明です。
 しかし、この話をした時の香苗の表情を参考にするならば、結構な進捗状況だったのではないかと推察されました。

 因みに。
 同僚が男性で、上司が女性だそうです。
 この上司の噂が物凄いらしく、「淫乱嫁かず後家逆セクハラ上司」として有名だとの事です。
 何ソレ……お兄ちゃん妹に悪影響が無いか心配です。

 事ほど左様に妹が持つ「間の悪さ」スキルは高いです。
 そして僕も、当然のように同じスキルを持つのですよ。

 僕は総務部に向かうところでした。
 丁度、高峰部長補佐が向かったばかりだと知る僕は、間の悪さを感じました。
 けれど、そんなの僕には日常茶飯事ですよ。
 部長補佐に依頼し忘れた必要な申請書を持ち、消耗品を貰うべく経理部を出ました。
 エレベーターが丁度、下降するところでした。
 あれに部長補佐が乗っているのでしょうか。だとしたら、本当にタッチの差です。
 違う人が乗っているのかも知れませんがね。

 僕の足は、エレベーターの前を過ぎ階段に向かいます。
 大した手間でも有りませんし、運動不足だから出来るだけ階段を使うようしているからです。

 一段踏み外し、うっかり足を挫きました。
 誰も居ない空間で、一人ドジをして、一人蹲る。
 中々情けない仕儀です。

 挫いた瞬間は痛みましたが、少ししたら大した事でも無いと解りました。
 ちょっぴり足を引き摺り乍ら、残り少ない階段を下り、フロアに戻りました。
 エレベーターの前を通過するところで、この階で停止したエレベーターの扉が開きました。
 何となく。
 本当に何となく。
 そちらを見てしまいました。
 何かしら動く物に視線が行くのは、本能的なものだと思いませんか?

 多分。
 あの人は泣いていました。

 高峰部長補佐に、申請書を渡し損ねたのは。
 本当はミスでは有りません。
 いつも冗談混じりの口調で、明るくて頼もしい上司が、いつもと違っていたからです。
 いつも通り、受け答えしていました。
 でも、いつもの鷹揚な朗らかさは、確かに影を潜めていたのです。

 理由は。
 みんな知っています。
 みんな、本当は泣き出したいからです。
 僕はみんなと違って、大した付き合いは有りません。
 まだ2ヶ月しか、経っていません。
 2ヶ月間の上司でも、亡くなったらとても悲しいです。
 そして、僕の直属の上司は、この人です。
 エレベーターの扉は、長く開いたままでは有りませんでした。

 短い時間でも。
 誰だったか。
 どんな様子だったか。
 それを見てとるには、充分な時間でした。

 扉の向こうには、僕の直属の上司が居ます。

 部長補佐に、誰もが触れるのを憚ったように、この人にも距離が取られました。
 この人は、まあ元々距離を取られがちな人ですが、今日は明らかに配慮として為されました。

 部長補佐が、亡くなった真弓部長の親友ならば、この人は部長の下僕です。
 まさか本人には云えない台詞ですが。

 下僕と云うよりは犬でしょうか?
 木崎主任は、どう考えても自尊心が高く、その性質はサドかマゾの二択なら確実にサドです。
 いや択一する必要は有りませんが。

 何が云いたいかと云えば、木崎主任が意地悪だと云う事です。
 意地悪は語弊が有りますね。
 意地悪は寧ろ優しい表現です。高峰部長補佐の方が似合います。
 虐めっこ?これも高峰部長補佐に似合いますね。いや、部長補佐が誰を虐めたとかは………多分無いですが。

 やはりサドですか?しかし、サドならば楽しく人を虐めると思いませんか?
 木崎主任は楽しそうでは有りません。
 ただ、キツイ言葉を、侮蔑と共に垂れ流すだけですよ。
 でも、云うだけ云ったら手伝ってくれるし、教えてもくれるから、慕う人は多いです。

 密かに、と前置きがいりますが。

 そんな嫌味な木崎主任が、唯一笑顔を向ける相手が真弓部長です。
 真弓部長の偉大さは、その一点だけでも語れる程だと思います。
 笑顔だけでは有りませんよ。
 きっと尻尾をブンブン振ってますよ。
 木崎主任が無邪気に懐き、尊敬して崇め奉る相手が真弓部長ですよ。

 普通に。
 優しくて穏やかなオジサンな外見ですけどね。
 お亡くなりになったから、外見でした……と云うべきでしょうか。
 優しいばかりの人では無いと思います。
 でも、優しい眸をした人でした。

 穏やかな笑みが、いつも口元に浮かんでいました。
 新入社員の僕にも、いつも丁寧な口調で接してくれました。
 部長補佐や主任のように、判りやすい美形では有りません。
 派手な二人を従えていても、存在感が揺らがない人です。
 存外整ったお顔立ちをしていると、近くで見たら気付く感じです。
 モテる筈ですね。
 木崎主任に罵倒されて落ち込んだ時は、一服しておいで……と、珈琲代をくれました。
 頭を撫でる癖が有るようでした。

 もう居ません。


 だから。
 部長補佐は、常の鷹揚な雰囲気を忘れてます。
 だから。

 主任は、いつも以上にピリピリしてました。

 だから。
 主任は……こうして。
 誰も居ない場所で泣くのでしょう。




 僕は、足早に総務部に向かいました。
 そして、またも見てしまいました。
 直ぐ様踵を返して、通路の角に隠れて覗きました。

 誰だか知りません。
 赤い髪の、若い女性の前に。
 お偉いさんたちが並んで座っています。
 美人だと思いました。
 ちょっとだけタイプです。
 若い女性は冷ややかな眼差しで、睥睨するかの如く厳しい雰囲気です。

 何アレ。
 ちょっと怖かったです。

 お偉いさんたちの中に。
 高峰部長補佐が居ました。



 若い女性に叱られている上司。

 そんなものの目撃者になりたくは有りませんでした。
 気付かれないように、総務部に向かうのは難しいです。
 僕は。
 そっと経理部に戻りました。

 何故か。
 僕は真弓部長を偲び、トイレで泣いていた事になりました。

 木崎主任に釣られて。
 少し泣いてしまった所為ですかね。
 赤くなった目を指摘されました。

 何にしても助かりました。ちょっと複雑では有りましたが………。



 あの光景は何だったのでしょう。
 気にはなりますが、知るべきでは無いとも思います。

 平和って。
 そういうところに気を付けないと。
 簡単に崩れ去りますからね。

☆☆☆

◆この双子について◆
間の悪い双子です。
七重は色々見ちゃう脇役ですが、香苗は結構主役級です。
「シーリン神々に愛された王子【完結】」
の奥さんですが、ちょっぴりこの閑話で紹介した間の悪いシーンについて言及した場面が17話です♪←現在より5年くらい?だったかな?未来のお話です♪
16〜17話で出る部長は〜誰だかお判りですね?

因みに香苗ターンは他にも有りますが、七重はラストのオマケ20話にしか出て来ません。


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