023◆閑話7◆上司の教え
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理不尽な上司には歯向かえ。暴力以外の能力で、コテンパンにやっつけろ。
それは尊敬する上司からの教えである。
木崎の上司である真弓の考えは、簡単にして明瞭だった。
理不尽は叩き潰して良し。
そして大切な事は。
上司から部下に無理や無茶を云うな。部下からのモノは大概の事は許容しろ。拒否をするな……では無い。拒否はしても、言動が理不尽や無礼で無い限り許してやれ…と云われた。
何故なら、立場的に上司の方が強者だからである。
上司相手なら喧嘩上等!!
そんな事を平気で云う上司だった。
「あの。部長は俺の上司ですよね?」
「そうだな。それがどうした?」
「なら理屈として、部長は俺に無茶を云わない筈では?」
疑問を呈した木崎を、真弓はせせら嗤った。
「私は、お前に出来ない仕事を渡したか?」
「………や。でも、かなりキツかったんですが。」
木崎が真弓にしか向けない表情で泣き言を告げると、やはり鼻で笑われた。
「お前が部下に任せれば、残業無しで終わっていた。要はお前の采配の不味さだな。」
「………。」
それを自覚していた木崎は黙った。気付いた時点では既に遅かったのだ。そして上司の穏やかぶった眼差しが、ニヤリと高峰以上の底意地の悪い笑みに煌めき、木崎は眞弓が最初から気付いた上で観察していたと知る。
――ム……ムカつく!
木崎は思わず拳を握った。敬愛する上司に向けるには、相応しからぬ視線で睨んだ。
しかし、『気付いたなら、教えてくれても良いでしょう!?』という。
その台詞だけは、何とか口に出さずに堪えた木崎である。
真弓は暫く楽しそうに木崎を観察したが、やがて満足げに頷いた。
「合格。」
何がですか!?……と云いかけて、真弓の浮かべた笑みが常日頃の穏やかなソレだった為に、木崎は戸惑った。
「……あの?」
「上司になら喧嘩上等って聞くとだな。」
「…はい?」
「割と勘違いする奴は多いな。」
「はあ……。」
上司が何を云いたいのか理解しないまま、木崎は素直に頷いた。
「私は別に無礼を奨励はしない。況してや甘えろとも云わない。」
「……っ。」
見透かされて、木崎は頬が熱くなるのを感じた。
しかし、真弓は手を振って否定の仕草を見せた。
「ああ、勘違いするな。お前は云わなかったろうがよ。」
少し意地悪な笑みが、今度は親しみを感じさせた。同じように、少し崩した口調が普段以上に穏やかで優しい。
――反則だろう。
こうして、いつも手のひらで転がされると知りつつ、木崎は容易く罠に嵌まるのだ。
真弓は甘さとは無縁だ。時にこうして、抜き打ちの様にテストを実施する。
――今回のテストは、部下に対する采配は落第。しかし仕事に向ける姿勢は辛うじて合格と云うところだろうか。
木崎はそんな風に自己採点をして、嘆息した。
「あのな。采配ミスだが。お前の場合、自分で全部細かく見たがる癖の所為だ。」
「……はい。」
諭す口振りに小さくなる木崎である。
「人を使えない訳でも無い。先ずは全体の把握。部下が出来る仕事は自分でせず部下に回す。」
「はい。……?」
貶す言葉では無いと気付き、木崎は顔を上げた。
不意に、目の前に手が延ばされて、木崎は咄嗟に眸を閉じた。
クシャリと髪を掻き回される。
「それさえ出来たら云う事は無くなるよ。すぐにな。」
木崎は頭上に置かれた手を払い除けた。
意地の悪い笑顔は明るい。昼間見せつける、有能で穏やかな上司が、口元に浮かべる柔らかい微かな笑みとは歴然と違う。
この口調と、この笑みを向けられる事は、真弓の特別になった感がして、優越感をくすぐる。
「だからって頭撫でないで下さいよ!」
「いや。だってお前、犬みたいなんだもんよ。」
頭を撫でる、上司の癖も嫌いでは無い。
ただ、非常に恥ずかしいからやめて欲しいと思う木崎だった。
部下は上司に無茶を口にして良い。逆はダメ。
上司が断るのは簡単だが、上司に逆らうのは難しいから。ちょっと少数派かも知れない考え方だ。
無礼奨励では無い。事実を曲げず、理不尽に敗けない方向で。弱い上司苛めも不可。強者に対する不屈の精神を見せろ。しかし我慢出来る限りは我慢しろ。大人だからな。
首上等の覚悟を示すなら行ってヨシ!お前が正しいなら、絶対俺が守ってやる。
本気でそんな事を実行する上司である。
「木崎。お前な、弱い上司イジメはやめろって云っただろう。」
「原田課長が弱いとは思われませんが。」
「あいつは開き直らない限りは弱いんだよ。」
苦笑する上司に木崎は首を捻る。
「以前、部長は仰有いましたよね。」
「何の話だ?」
「人間を知りたい時は、怒らせて見ろって。」
「…………相手は選べ。」
相手次第で方法が変わる場合も有る。
「それとな……割と重要だが。」
「はい。」
「自分より、弱い相手には使うなよ?」
「だから、原田課長が俺より弱いとは思いません。」
木崎の反論に、真弓は苦笑するだけだった。
「この方法はお前にピッタリだが、ピッタリ過ぎて教えたのを時々後悔するよ。」
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木崎は上司の教えを遵守している。
差し当たり。
佐倉真由美は自分より弱いだろうか?
考えたが、もちろん答えは決まっていた。
佐倉真由美は、木崎から見て強者である。
ただ。
佐倉真由美の怒りどころが、何となく切なかった木崎だった。
前途は多難だ。しかし一度怒らせた相手は、大概の場合…今さら遠慮しても仕方ない、と素顔を見せる。
基本が不機嫌なのは怒らせたばかりだから仕方ないが、これから挽回していくしか無いだろう。
少なくとも。
距離を置かれる上司より、平然と恫喝されるウザイ男から始めた方が、彼女の本音に近付き易いと思われた。
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◆ご感想返信◆
2012-08-05 11:21:11
19ページ目まで
あすか様
イエス咲良にございます♪
ご感想戴いてたの見逃していたようです。お返事遅れて申し訳ございませんm(._.)m