小説『真弓が真由美になりました』
作者:みき(かとう みき◆小説部屋◆)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

024◆番外編3◆会長は諸悪の根源

☆☆☆

「何の為の後ろ楯だと思うのかな?」
「はい?」

 未だ若かった真弓は会長の意図が掴めず、首を傾げた。
 副社長派は面倒臭い事を云うし、会長は笑うだけ。
 ここ最近の疲労は、おもに精神的にキツイ気がした。

「大体だね。君は私の意を受けてオシゴトをしてる訳だ。それは解るね?」
「………まあ、そうですね。面倒事ばかり押し付けてくれてますね。」

 偉そうに「解るね?」等と云われて、些かムッとしつつ真弓は応じた。
 最初の頃は丁寧に接していたが、面白ずくに酷い目に遭わされるし、会長も気にしない事もあり。
 真弓の会長に対する態度は、結構ぞんざいだった。

――諸悪の根源が何を云うか。

 真弓の疲労は会長の所為と云っても過言では無かった。

――かと云って尊敬しないかと云えば、それも無いのだが。

 子供みたいに眸を輝かせる会長について行くのは楽しい。
 そして、遣り甲斐もある。
 真弓はそうも感じている。
 その根底に在る気持ちを感じ取るが故に、会長も真弓の無礼を無礼とは思わないのだろう。

「副社長なんか無視して良いんだよ。」
「………あのね、会長。」

 お子さまですか?
 腕白坊主みたいな、ガキ大将みたいな、そんな眸でそんな事を云われても実行は致しかねる。

「何かな?」
「副社長は俺よりずっと上の立場の人間な訳ですよ。解りますか?」

 真弓は子供に向けて優しく易しく教えて上げた。

「だから?」
「俺は副社長に目の前で命じられたら、断れない立場な訳です。」

 フフン。
 と会長は得たりとばかりに笑った。

――フフンて。

 勝ち誇られても状況は変わらない。

「そこで最初に戻る。」
「はあ。」
「何の為の後ろ楯なのかな?」

 ガキ大将が、子供らしからぬニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべていた。

「虎の威を借れと?」

 会長は頷く。

「今まで以上に?」

 会長は満足そうに笑う。

「ええ?結構今でも云われてるんですがね。俺の名前はキツネですよ。キツネ。この前なんかキツネの真弓どころか、おやキツネくんでは無いかね?とか云われましたよ。」
「君はそんな事にへこたれない精神をたらい回しで悟った筈だ。頑張れ。」

 真弓の抗議は一蹴された。
 最後のガンバレは棒読みだった。
 何もかもこの為の布石だったみたいに笑う会長に、真弓は胡乱げな眼差しを向けた。

――本当かよ。

 何の目的も無く、面白ずくでした行動を、如何にも実はこの為だったと云って見せるのが会長である。
 しかし、それを知悉する程には、まだ付き合いが不足していた。
 その為。
 この時の真弓は。

――何か、誤魔化されてる気もするが。

 本能的に覚りつつも、諦めて頷くしか無かった。
 それを本能では無く、事実として知る様になっても、実のところ同じように振り回される未来には。
 真弓は未だ気付いてはいなかった。

「まあ、あれだよ。」
「どれですか。」

 楽しそうな会長に、疲れたような真弓が応える。
 それが、会長室で当たり前に繰り広げられる光景になって来たのは、この頃からだった。

「君も、ある程度根回し済んでるんだろう?」
「……気付いてたんですか。」

 はあ、と真弓は嘆息した。
 最近の真弓は警戒されて思う様には動けない。
 敵も増えたが、主要な人材は既に押さえている真弓だった。
 未だ、単なる会長の「お遊び」と思われて同情されていた、たらい回しの経験が真弓を助けた。
 たらい回し様々なのだが、素直に感謝はしかねた。

「流石だよ真弓くん。たらい回しで人材確保するなんて。」
「何を今さら。」

 たらい回しなど、それくらいしか得るモノは無い。
 もちろん、社内の全てを知る手助けにはなるが、普通そこまでする必要など無いのだ。

「いや?一応それも有るけど、寧ろ精神を鍛える為だね。グループ内の細かい仕事を簡単にでは有るが把握して、尚且つ精神も鍛える。それが目的。」
「ああ、そうですか。それは私めの考えが至りませんで申し訳ありませんね。」

 会長相手に投げ遣りな真弓だった。

「そこで、君は私の跡継ぎとして婿になる資格を得た訳だが。」
「パス。」
「は?」
「パス。」

 聴こえない様だったから、もう一度告げた真弓だった。

「君は………私の娘が気に入らないのか?」
「いや、逢った事以前に見た事も無いので、気に入るも気に入らないも無いですね。」
「なら見合いを。」
「だからパス。」

 流石に無礼では有るまいか。
 そう云いたげに会長の眉が寄せられた。
 真弓としては正念場である。
 気軽に答えた振りをしているが、内心はかなり追い込まれていた。
 此処で失敗したら出世の道は絶たれたも同然だ。

――今までの苦労が全部パアだ。

 流石にそれは嫌だった。

「何が気に入らない?」

 会長が、ガキ大将の表情を消して、訊ねた。
 そうすると、冷ややかな雰囲気も相俟って、流石は塩野家の当主だけある威厳を感じさせた。
 真弓は気付かれない様に、浅く深呼吸した。

――いざとなれば退職。

 寧ろ、若い内で良かった。
 勝負にも出やすいと云うものだ。

「俺には恋人が居ますし。」
「こいびと…」

 至極、当たり前の事と告げたが、会長は聴いた事の無い言語を耳にしたかの様に、その単語を繰り返した。
 それもまた。
 当たり前ではある。

「塩野グループのトップになるより、恋人を取ると?」
「ええ。」
「ふうん………。」

 暫く。
 会長は真弓を凝っと視つめた。
 表情を失うと、会長の顔が非常に整っている事が却ってよく判る。
 上品な顔立ちは、ノーブルと評しても良いだろう。
 しかし、悪戯好きなガキ大将の顔の方が、断然魅力的だと真弓は思う。

 フッと、その上品な顔が、上品さを失わないまま陰のある笑みを口の端に浮かべた。
 しかし、次の瞬間には消え去り、真弓は気の所為かとも思う。

「美人か?」
「俺にとっては。」

 詰まらなそうに訊かれ、真弓は一応謙遜して応える。
 更に詰まらなそうに。

「私の娘も美人なんだがね。」
「……そうでしょうね。」
「で?例えば、昇進の目が無くなるとしても、その女性を選ぶか?」

 淡々と訊かれ、真弓は苦笑した。

「でなければ今の問答は無いでしょうに。」
「君が、そんなに考え無しとは思わないが、念の為だ。しかし……そうか。」

 会長はまた暫く黙り込み、微かに細めた眸は今度は真弓では無く、何か別のものを見ているかの様だった。

「まあ良い。長女の相手はまた考えよう。君には私の計画を崩した罰を与える。」
「はあ。」

 真弓は一応頷く。

「さっさと副社長派閥突き崩して、経理部を纏めろ。」
「………はい。」

 半信半疑に見つめた先で、会長が立ち上がる。
 ガキ大将の笑みが、その眸に浮かんだ。

「明日から、経理部部長。」

「…………ちょっ!?早すぎ?」
「頑張れ。」

 棒読みの応援に、真弓は周章てる。

「屋敷課長を部長にするって云ったじゃ無いですかっ!?」
「屋敷くんは総務部部長かなあ。」
「かなあじゃ無いでしょう?部長なんかになったら、また面倒な奴らが面倒な事を云いに来ると思うんですがね!?」
「だから罰だって云ったじゃないか?」

 罰なんだから面倒で当たり前。
 因縁付けられるのも苦労するのも。
 罰なんだから当たり前なのである。

「何……その無理矢理な三段論法。」

 会長が丁寧に説明したが、その丁寧さは真弓には理解出来ない理屈だった。

「まあ頑張れ。」

 棒読みで云われて、真弓は諦めて会長室を後にした。
 会長室を出て。
 扉の向こうに、深く頭を下げたのは。

 真弓一人の秘密だった。



 そして。
 成るべくして、真弓は無茶な論理で部長になり。
 自分では意識しないまま。

 部下に対して同じ事を告げていた。


「相手が理不尽なんだから潰して来い。」
「一応上役ですが……。」
「何の為の後ろ楯だよ。俺がダメなら会長。虎の威をかるキツネと呼ばれて来い。」
「…………部長も呼ばれたんですね?」
「役員会での俺の呼び名は未だにキツネだ。」

 それで仕事が捗るなら問題は無い。
 開き直った真弓は、社内全体の風通しを良くした。
 そうしないと居心地が悪かったからだ。

 故に。
 この会社では、部下は割と。
 上司に好きな事を云える気風が、いつの間にか定着していた。

 煩い事を云う人間が居たら。
 取り敢えず、会長子飼のお偉いさんに相談したら良いだろう。

 大きな虎がガキ大将として君臨している限りには、真弓の敷いた基盤は生き続けるに違いない。

☆☆☆



-24-
Copyright ©みき All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える