小説『真弓が真由美になりました』
作者:みき(かとう みき◆小説部屋◆)

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028◇番外編4◇真弓にもダメダメな日々はあった

☆☆☆

 人間誰しも得意不得意が有る。努力してもどうにもならない事だって、無いとは云えない。自分がダメ人間に思えるが、卑下する必要は無い。短所ばかりの人間もまた居ないのだから。

 それは理屈だ。
 そしてキレイ事だったな……と真弓は思った。
 そのキレイ事は、ついこの間まで真弓自身の言葉だった。普通にそう考えていただけなのだが、当事者の気持ちなど理解してなかった。
 真弓は一芸に秀でる事は無い。少なくとも天才などと呼ばれる人間の様に、何かを極める事は無かった。寧ろ努力で人並みに追い付くのが真弓だった。
 ただ、小器用で大抵の事はこなせたから、何故か天才肌だと誤解をされる事はある。実のところ、平均値で人より勝るのは最初の物覚えだけだった。
 直ぐに追い付かれ、追い抜かれる。自分に一廉の才覚など無いことは、真弓自身が一番よく知っていた。
 真弓が他人より秀でるものが有ったとするならば、本当は最初に出来たそこで立ち止まる事なく、努力し続ける事だろう。そして、一際輝く才能は持たなくとも、無能では無かった真弓の努力は大抵実を結んだ。
 負けず嫌い故に、そして、なまじっか最初は優れた進捗を見せる故に、追い抜いて行った者を抜き返す為の努力を惜しまなかった。
 それは、どう見てもガムシャラな体育会系の暑苦しさを伴う、無理を重ねた努力だった。しかし、やはり最初にサラリと熟す涼しい顔を見せる所為か、途中からのガムシャラな努力は余り印象には残らなかった。

 寧ろ、真弓は『出来る』のに『努力家』で『真面目』と、才能に胡座を掻かない性格だと評価された。
 それはそれで、別段誤った評価でも無かった。ある程度出来れば、そのまま努力などせずとも、それなりに評価されただろう。その場合は器用貧乏の名を冠せられたのは間違い無いと思われる。

 努力を重ねても、結局は第一人者となれる程に極められる訳でもないから、器用貧乏には代わりは無い。だが、それこそ小さな集団の中ならば、充分に『何でも出来る』万能タイプに見られた。
 真弓自身も、才能に欠ける事を自覚しつつ、努力して出来ない事など無いと考えていた。言葉にすれば傲慢の謗りを受けかねない考えでは有るし、努力すれば叶うなら充分才能が有るだろうと、怒りを露にする者がいてもオカシクは無いだろう。
 唯一持つ非凡な人誑しの才能と共に、真弓は人並みに人付き合いと空気を読む事が出来たので、口にした事は『滅多に』無かった。

 内心では、出来ないイコール努力不足、と思っていた真弓だった。いや、今でも本当は思っている。
 しかし口にして云うのは、寧ろ逆の言葉だったりした。

 人間誰しも出来ない事が有る。努力しても報われない事が有る。しかし、すべてに措いて出来ない、などと云う事もまた無い。

 そんなキレイな言葉で。

 だから、努力をやめる事はするな……と、優しく告げるのが真弓だった。


 優しい笑顔の裏に有る言葉を知る者たちは、真弓と同じように『やれば出来る』のが当たり前の人間たちだったから、特に問題は無かった。





「………自分がダメ人間だとか………初めて感じたな。」

 努力すれば叶う。
 それもまた、キレイ事であり、ある意味では傲慢な言葉だったと知ったのは。
 二回目のたらい回しでカスタマーセンターに配されて、一ヶ月以上経過した日だった。

「そもそも、経理部任せるとか云いつつ何でコールセンターだ。」

 最初のたらい回しもキツかったが、まだマシだった。短期間の仮配属は、真弓が一番『覚えが良い』触りの部分の集合体だった。深く学ぶ程に、真弓はジリジリと皆から遅れる。それを必死の努力で追いかけるのだ。………たらい回しは一人なので、追いかけるべきライバルは不在だが、代わりに適当な新人臭のする標的を何人か定めた。
 真弓の前途は決まっている。財務部の体制を潰した暁には、屋敷課長を経理部長として真弓はその下で存分に働く事になっている。しかし、コールセンターの仕事を覚える事を無駄だとは思わない。

――それ以前に身に付いてないが……。

 思えば、事務仕事は真弓の性に合っているのだろう。特に財務経理は真弓にピッタリなのだろう。
 仕事にも相性は有るのだろう。
 真弓は今更乍ら、そんな事を考えていた。

「努力しても使えない人間な俺……。」

 日常の部分ならともかく、仕事でのそれは非常に悔しい。端から見た真弓はともかく、真弓自身は自分が出来ない人間で有る事に驚きは無いから、腐る事は無かった。しかし、続けた努力の甲斐も無く、いつまでもダメな人間で有るのは初めてだった。

「これはこれで極めてみたいと云うか、闘志が沸くんだが。」

 問題は真弓を欲しがる部署も、真弓が役立つ部署も他に有り、この部署に真弓は不要だと云う厳然たる事実だった。
 使えない人間のままで移動はしたく無いが、それは真弓が決められる事では無いのだ。

「悔しいな。」

 真弓は唇を咬み、そっと吐息した。
 学生の頃ならば、学びたい間は学べた。自分が満足行く結果を出すまでトライ出来た。
 会社では好きな様に挑戦する事は許されない。当たり前だ。会社はいつまでも無駄な金を出す為に社員を雇う訳では無いのだから。
 使えないならば切る。使える場所が有るならそちらで使う。
 どんなに言葉を飾っても、結局はそういう事なのだ。

――まあいくつか問題点は見付けたな。

 見付けた問題点も、約立たずが口にしても意味は無い。
 真弓はそれを口にする機会を来ないだろうとも考えた。

 しかし次の月も、真弓は相変わらずコールセンターに在籍した。
 寧ろその事実に困惑した真弓だったが、取り敢えず現実にそうであるからには、努力を続けるのが真弓である。

「済みません。質問宜しいですか?」
「…………はい。」

 指導員はその日毎に担当が変わる。それは云われた事を取り敢えずは実行する真弓にとって、ある意味最大の無能フラグではあった。

「そんな事は誰も教えなかっただろう?」
「……申し訳ありません。」

 取り敢えず謝罪する真弓は、教えられたソレをひとつまたひとつと削除する仕事が一番大変だった。
 指導員ごとにやり方を合わせる。それは真弓が一番苦手とした事だった。客に合わせて変動が有るのは当然だが、それ以前の基本的な「言葉の選択」や「作業の仕方」で違い過ぎるのだ。
 自分自身を信じて無い真弓は、確実に云われた通りに実行する。もちろん失敗をしない訳では無い。
 実際に、真弓はこの数日で怒られた10回の内、2回はかなりの大きな失敗をした。
 1回は客の要望が奇妙で有り、困惑して考え込んでしまった為に。必要事項を目視で確認したは良いが、ペンでチェック項目に印を付けるのを忘れていた。
 別の指導員より、保留にせず確認しろと云われて以来、初めてキチンと通話を保留にする事無く目視出来たのに、非常に残念だった。
 そして、その客はもうひとつお客様コードを持っていた。が、その時の作業の場合は、そちらの契約内容をチェックする必要は無い筈だが必要だと云われた。説明されて納得したが、よくよく考えるとまた疑問が浮かんだ。
 翌日には必要が無いと書かれた以前のメモと、前日のメモを見比べて唸る。
 その日は体調の悪さも相俟って、どうにも理解が伴わず、保留とした。
 そして、間の悪い事は重なるものだ。
 前日に次からこうするように、と勧められたのと同様の作業を要する着信が入った。
 もちろん、真弓は教えられた通りにした。思い切り怒られた。
 前日にも全く別の内容で、同じように教えられた通りにした事が「いい加減な事を云うな」等と云われた記憶が新しい為に、教えられた事だとは伝えたが。
 誰に教えられたか知らないが、そんな意味で教えた筈は無いとの事だった。
 その日の間の悪さはそれに止まらなかった。
 それまでに何度か云われて、その様に実行して来た処理までが同様の指導を食らった。
 通話中に混乱を極め、有り得ないミスをした。もはや許されないミスだった。
 しかし、それと同時に怒られたのは、既に教えられて何度も実行してきた処理である。
 流石の真弓も、何だが泣きたくなった。
 しかし、取り敢えずはその事実を踏まえて、教えられたがコレはしては成らないのでは?と云う系統のメモを抜き出して行く。
 しかし、ある意味では同系統だが、ある意味で全く違う部分で、やはり教えられた通りに実行した作業に厳重注意を受けた。もはやヤサグレタ真弓で有る。
 翌日にも同様の事となり、その週は真弓にとって天誅殺のようだと記憶に残った。
 精神的に相当きつかったのか、激しい胃痛に悩まされた真弓である。



 真弓は思った。
 教えられた事を信じるのは止めよう。先ずは理屈から考えて、理屈に合わない指導が有った時には、別の指導員に確認しよう。
 そう考えたのである。
 理不尽な要求で無いならば、そして仕事のやり方の指示は、上位者の指導に素直に従うべきだとの考え方に変動は無い。皆が好き勝手やれば、組織が成り立たないと真弓は考えるからだ。変えたいならば、従いたくないならば、それ相応の力を得てからである。
 一部の上層部に聴かれたら、確実に嘘を吐け!!と罵声が返るに違いない意見だが、真弓の本音のひとつで有るには違い無かった。

――しかし、この場は少し軌道修正が必要なようだ。

 真弓はそう思った。

――もう遅いかも知れない。

 そうも考えたが、どうやら翌月も部署を追い出されはしなかったので、巻き返しを図れるかどうか、やはり努力次第だろうと結論を出した真弓だった。

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