003◆2話◆取り敢えず流されてます
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内心戦々恐々としていた。
しかし、若い娘は……年頃の娘は、家族にベタベタしたりしない。と思った。
――少なくとも我が家はそうだった。
平静を装い、ドキドキしながら部屋を出た。
ギョッとした。
「まゆみ?」
――バレた!?
何がどうしてバレたんだろう?と思った。呆然とした。しかし、安堵もした。相談出来るかと考えた。
だが勘違いだった。
廊下の左手のドアから出て来た青年は欠伸をして云った。
「珍しいな。こんな朝早く。腹が減って起きたってところか?」
「………う…うん。そっちこそ、日曜なのに。」
どうやら、娘の名前はマユミと云うらしい。紛らわしい名前だったが、名を呼ばれて直ぐに反応出来るのは良い事かも知れない。
それはそうだろう。身内の身体に別人が宿る等とは誰も思うまい。
一瞬希望を抱いたのが愚かだったのだ。
「ん〜昨日昼間寝てたら夜眠れなくてな。」
「………そう。」
だらしない。
しかし日曜だ。目くじらは立てるまい。
そう思った。
思った側から否定した。
――いや。下手に関わるのは不味い。出来るだけ喋らず様子を見よう。
「どうした?メシ食うんだろ?」
「あ……うん。」
立ち止まったまま考えていると、青年が振り返って欠伸混じりに云った。
慌てて後を追った。
母親らしき人も「珍しい」と云った。
どうやら寝坊が当たり前らしかった。
「まあ明日から社会人ですものね。自覚が有るのは良い事よ。お父さんに恥をかかせないのよ?全く、コネ入社なんて……。」
「………はい。」
ちょっとホッとした。
色々教えて貰って助かった。
母親は更にお小言混じりに情報をくれた。
非常に助かった。
しかし呆れた。
この娘は大学を卒業している。
高校の制服が壁に掛けてあったのは、どう理解したら良いのか悩んだ。
母親はそれについても言及した。
「制服もせっかく洗ったのにまた壁に掛けて。何年経つと思うの。捨てないならもう一度洗うから出しなさい。他のもよ。」
「………はい。」
呆然とした。
――だらしないにも程がある。
そう思った。
就職先はよく知る会社だった。
部署もよく知っていた。
――偶然だろうと思うが。
顔が引き攣った。
「お兄ちゃんもよ?」
矛先が青年に向かった。
どうやら兄だった。
「ご馳走さま。」
青年は逃げる様にダイニングを出た。
「もうっ。智輝は何で………。」
兄の名前はトモキと云うらしかった。
母親はボヤイてまたこちらを見た。
――まだ有るのか?
流石に食傷気味だったが、母親は微笑んだ。
「真由美が就職してくれて良かったわ。ちゃんと真面目に働くのよ?」
「はい。」
「あらあら。お返事まで良くなって。本当に良かったわ。」
上機嫌だった。
――先刻まで延々お小言を云っていたのに。
云いたいだけ云ったから満足したらしかった。
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部屋の掃除をした。
勝手に触るのはどうかとも思ったが、耐えられなかった。
布団も窓を開けて干した。
壁に掛けられた洋服は、制服も含めて洗濯に出した。ついでに毛布やシーツも依頼した。クローゼットや書棚も整理した。
「洗濯したら今度こそ仕舞うのよ!」
「はい。」
部屋も掃除しなさい。と、やる訳が無いだろうと考えているのが丸解りの眼差しだった。
洗濯物を渡した時の視線が痛かった。
母親からあんな目で見られる若い娘がいるのかと唖然とした。
しかも大学で何をしていたのかと云いたい机。
嘆息して黙々と整理した。
机の上に山と重なった本や教科書、バインダー、ノート。散らばった文具を片付けて、パソコンが出てきたのには呆れを通り越して感心した。
いっそ見事な迄のだらしなさであった。
――徹底している。
掃除により、この身体の持ち主のデータを図らずも入手した。
物が少なかったから昼には済んだ。最後に掃除機をかけ拭き掃除をした。
勉強机はやはり黒檀だった。
もう一度シャワーを浴びて、クローゼットからまた地味な服を探して着替えた。
埃にまみれたジーンズとシャツを洗濯に出させて貰い、そのままダイニングで昼食を取った。
満足した。
「まあまあ。本当に心を入れ替えたのね。」
母親の人も満足そうだった。
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午後はゆったりと過ごした。
考えるのを拒否する気持ちも確かにあった。
――どうして。
つい考えた。
眉を寄せた。
多分顰めっ面で唸った。
どうして、こうなったのか。
こうなる前の自分はどうなったのか。
昨日は確かに元気だった。
確かゴルフに行った。
接待だった。
――まさかゴルフボールが?
それが頭に当たって死んだとか。考えたが否定した。
帰宅した記憶が有った。
更に思い出そうとしたが、上手く行かなかった。
携帯を握り締めた。
――非表示なら。
首を振った。
自分に電話をしても意味は無い気がした。
自分は此処にいるし、出たら出たで恐怖だ。
自宅に掛けるのはもっと問題だった。
――若い女の声で電話した日には。
妻や娘が何を思うかと、溜め息を吐いた。
現在は佐倉真由美。女子大を卒業したての明日から社会人。会社はコネで入社したが、資格自体は割と持っていた。
――そう云えば名前は忘れたが、業務の新人の資格を見て経理にくれと云った様な。
しかしコネだし期待出来そうに無い娘だからやめた方が、とか云われた様な。
確かに、期待など出来なさそうな娘の生活を垣間見た。
――成る程。彼も中々人を見る目が養われた様だな。
うんうんと頷いた。
昨日までは、真弓正孝。
この娘が明日から勤める会社の経理部部長。42才。同期の出世頭。中年通り越して高年間近。いやまだまだ若いと云い張るのが年寄りの証。
つまり。
現在うら若き女性の肉体に入り込んだ、オッサンであった。
しかし、自分の身体になってしまえば、色気も感じ無いのか、はたまた枯れたオッサンなのか。
午後はゆったり、苦悩したり、読書したり、パソコンを弄ったりして、それなりに充実した時間を過ごした。
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枯れたオッサンは夕食は何時だろうと考えた。
携帯を見れば18時。
――まだ早いだろうか?
若い身体だからか、この娘が食いしん坊なのか、食事への欲求を久しぶりに感じる1日だと思う。
取り敢えず階下に下りてみようかと、扉を開けたら兄の部屋?から慌てた様な声がした。
――?
少し揉める気配もしたが、次第に収まった。
――何だったんだろう?
不審を覚えたが、下手に関わってはボロが出る元だ。
スルーして階下に下りた。
母親の姿は無かった。
しかし料理は盛り付けるだけだった。
用意して待ったが、戻って来ないので申し訳ないが先に始めた。
空腹が我慢出来ないのは、何年振りだろうと考えた。
食べている途中で母親が上階から下りてきた。兄?が一緒だったので、もしかしたら先程の揉める気配はこの二人だったかと思った。
日曜日だと云うのに、母親は兄を病院に連れて行くと告げた。
青年は朝見た時より気怠い雰囲気で、何だか妙な倦怠感を纏っていた。
「大丈…夫?」
「大丈夫。ごめんね、一人で留守番出来る?」
「??はい。」
奇妙な違和感を残して、二人は出掛けた。
――あんな感じ……だったか?
首を捻ったが、まだ会話らしい会話もした事はない。
顔も、朝一回見ただけだ。
気の所為だろう。
そう思った。
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朝。
非常に困った。
何とか化粧をしてみた。
――しまった。こんな罠が。
知識と実践は違った。
何度目にした光景であっても、それが簡単そうに見えても。
出来る出来ないは、また別問題だった。
――口紅だけにしよう。
比較的大人しい色を選んだが。
口紅を塗るのも大変だった。
「おはよう……ございます。」
「おはよう。」
「おはよう。早いね?ああ、今日から仕事か。頑張ってね。」
見知らぬ顔が増えていた。気さくな青年は30才になるやならずというところだろうか?
相変わらず気怠げな青年が眉を寄せた。
家を出る時間を尋かれて答えたら、次には化粧品は無いのかと尋かれた。
「部屋に。」
朝食の席で、やたらと青年を構うと云うか、世話を焼く感じの、新顔は姉の婿らしかった。しかも内科医とかで、昨日は休日当番で開いていたとか。
日曜に病院に行くとは相当悪いのかと感じたが、医者が身内で近所で開業しているなら気軽に行く事も有るかも知れないと納得した。
食事を終えたら、兄が部屋に誘った。
何故か。
青年はメイクの仕方を教えてくれた。
しかもオフィス仕様のナチュラルメイク。
「意外な才能だな。上手いもんだ。真由美ちゃんは、ナチュラルメイクは苦手なんだ?」
感心する義兄に素っ気なく頷く兄。真由美はただ、誤魔化す様に笑うだけしか出来ない。
「まだ時間は大丈夫の様だね。やってみて。」
助かる。
非常に助かるが。
この青年は何故化粧技術や化粧品に精通するのだろう?
困惑しつつ、家を出た。
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