004◆3話◆世間的には大企業の筈ですが
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見慣れた入社式で、懐かしい場所に座った。
髪の色はどうしようも無かったが、兄である青年がキチンと纏めてくれたお蔭で、随分と地味になり――所詮は当社比。最初に比べたら…だが――悪目立ちはしていない。
退屈な挨拶が続いて、語るべき何事も無い入社式……なんてものは当社には無い。
最初は普通に退屈な挨拶が少し有り、普通に会社概要がスクリーンで流れ。
会長が挨拶をする。
「希望の部署に配置された人もそうで無い人も、ようこそ!さあて、君たちに最初の試練を与えよう。コレと同じものが、この建物に20個隠してある。見つけた者は給料2割UP。希望部署に移動も出来る。因みに、見付けられなかったら一年間は罰ゲームとして、毎朝の社内清掃。屋上の庭園の世話、具体的には草むしりや肥料や水やりも含むので体力増強したいならオススメだ。」
新入社員達はざわめいた。当たり前だが。
未だにマユミもこの風物詩がよく理解出来ない。
しかし、悪くない面も無いではない。
他にも色々と罰ゲームと云う名の雑用が上げられる中、マユミは一人冷静だった。
「おめでとう!一番乗りだな!」
そりゃそうだ。
マユミは自分が隠した宝箱を見付けただけだった。
経営会議で適当に配られた宝箱を、マユミは二つ隠した。
――部署ねえ。どうするか。別に業務課でも良いが。
「さて、君は何が欲しい?」
「取り敢えず考えときます。」
「そうか。じゃあ、決まったら誰か部長以上の者に云えば話が通る様にしとこう。」
会長の言葉にマユミは頷いた。
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宝箱をゲットした者は、そのまま所属部署に案内される。マユミは特に希望を述べなかったから、最初に配属された管理部業務課に連れて行かれた。
入社式の日も、通常業務は行われている。新入社員以外では課長以上の役職者があの場に立ち合うが、その殆どはこうして宝箱のゲット者を「迎え」る為だ。
因みに部署希望は早い者勝ち。
本来受け入れ予定の人数以上は、原則として引き受けない。
しかも会長は気が向いたら特定の新人をたらい回しにする癖がある。
マユミは以前の自分が被った被害を思い出した。
押し付けられた部署も可哀想だと現在は理解するが、当時は泣きそうだった。
――会長のお気に入りになると苦労するからな。
それでも男だった本来の人生では、出世欲や上昇指向とは無縁では無かったから良かったのだが。
若い女性には迷惑な話だろうとマユミは思う。
――そもそも、この状況はいつまで続くのだろうか?
例えば何かしらの事故で自分は此処にこうしているのか。
元の自分はどんな状態なのか。
この身体の本来の持ち主である娘さんの「心」とか「魂」とか呼ばれるものは何処に有るのか。
――いきなり元に戻るとして、娘さんが苦労しない様に……目立たないのが肝要だな。
新人がいきなり増えても、教育する手間が増えて面倒なだけだ。
しかし宝箱ゲットした人数くらいなら仕事を叩き込むのも手間は手間だが、業務に支障は無い。
普段と体制を殆ど変えずに新人教育を出来るのが、宝探しイベントの最大のメリットである。
大多数の掃除や雑用部隊からは、少しずつ暇を見付けて指導し、見所が有りそうな者から仕事を増やして行くのだ。
一年後まで雑用部隊に残る者は、そうは居ない。
故に、初日からマユミは仕事を与えられた。
マンツーマンで指導員が付く。
たらい回し経験が有る上に、経理責任者として業務は関係が強いし、正直担当者に依頼するよりも自らの権限で訂正して報告のみで済ませる方が楽だったりする。
自分が処理するのは誉められた事では無いが、決算の時期などはつい手を出す悪い癖がマユミには有った。
――待て待て。この数字おかしいだろ。これを支払い処理するのか?本気か?
マユミは苦悩した。
仕入処理を簡単に教わり、流れとして支払い予定表の作成の仕方を習った。勿論、仮の支払い予定表だが。
そこに丁度、経理からチェック済みの実際の支払い予定表が「回され」て来た。
後は支払うだけだ。
金銭を扱うのは経理だが、支払い処理は業務ソフトの確定ボタンで「実行」される。
いつの間にか、業務の管轄になった作業のひとつである。
――誰だ。これ決裁したのは。
押印された書類は実行しても良いと告げている。
マユミはしかし、それを実行するのは許しがたいと拒否感が募る。
教えられた事を従順にこなすだけの積もりだったのに、早々に挫折したマユミだった。
――とは云え、新人が引っ掛かる理由も必要だな。
「山里さん。経理部に回す前に確認するのは前残と当月請求額でしたっけ?」
「そうそう。この画面で確認して、で個別仕入はその時々で確認して有るから請求額と一致するか見て、で、回します。経理が確認してOK出たら、つまりこうして押印された書類が戻って来たら、予定表を確定します。確定したら支払い処理の実行になるから気を付けてね?」
「はい。」
従順に頷き、マユミは尋ねた。
「例えばこの会社だと……。あら?あの……これは本当に実行して良いのですか?」
教わった検索方法で、問題の会社の画面を呼び出して、マユミはわざとらしく首を傾げた。
「何?」
請求額も請求書も一致している。
しかし、前回の確定支払い予定表とは一致しない。
つまり、業務の誰かが、請求書に合わせて数字を訂正しているのだ。
――何度注意したら、この手のミスは無くなるんだろう。
先方に合わせてどうするのか。勿論こちらのミスの可能性も有るが、他所の会社の云うがままの数字に変更する人間の考えはマユミの理解を超えていた。
しかし、割とそれをやってしまう人間は多い。
「ん?ああ。大丈夫。それは先方に確認した数字だから。」
「…………。」
莫迦が指導員だった。
マユミは目眩を覚えた。
「いや。待って下さい。では前回の確定金額と残高。今回管理課からの数字と合わせたら、本来お支払額は、こちらの数字ですよね?過払いでマイナスですから繰越しでしょう。先方に確認したのなら管理課と経理課の両方の押印が必要では?」
「……でも別に経理の決裁は下りてるし、気にしないでも。」
「気にしなさい!」
余りのいい加減さに、マユミは叱りつけた。
「何を云ってるんです。会社のお金。しかも他社に関わる問題ですよ?おざなりにしてはイケません!」
管理部は総務部の隣に有り、総務部を訪ねて来た経理部の部長補佐が通りかかった。
業務課長と管理課長。経理部の部長補佐と同様に、総務部を訪ね様と部長室を出たばかりの管理部部長も鉢合わせ。
マユミは思い切り注目を浴びた。
――しまった。
せめて、それが何ヵ月か後ならば、そこ迄目立つ事も無かっただろう。 しかし、マユミには一目瞭然の誤りだが、何故だか彼らは解らない。
管理も業務も自分達の関わる場所しか見ないからだ。経理の高峰もそうなのは問題だが、部長補佐の高峰は数字に強い部下を呼び出した。
彼はマユミの部下でも有るが、今は初対面だ。
「先ずは、先月の時点で赤伝が発生してます。先方はそれを仕入処理してますが、当社から見れば此れは売上では無く仕入の赤伝票です。先方が仕入たからと云って、合わせる必要が無いのはご理解戴けますか?」
何度も説明して、やっと理解された。いや、理解しきって無い者も居たが、マユミが正しいのは理解された。
「ですから、こちらの支払いは不要です。寧ろ、現在その赤伝の為に、過払いが発生していますから、次回の支払い額から差し引きすることになります。」
「そうなるのか?」
「……彼女が正しいですね。」
部長補佐の高峰が部下の木崎に問いかけ、木崎は頷きつつマユミをキラキラする眸で見つめた。
木崎は人付き合いが苦手、と云われるが……実際は単なる無能嫌いで、仕事が出来る人間が大好きな奴だ。
但し、彼にとって仕事が出来ると云う事は、イコールで経理関係の仕事を理解する事である。
例えば交渉術に優れた高峰などは「超無能」な上司であった。
しかも小さな重箱のスミに拘るタイプだから、今回の様なミスは放置しても木崎が見付けただろう。財務としてはマダマダだが、通常業務は信頼出来る部下である。
――金額が小さければそれでも良かったが。
見過ごすには額が大きかったし、他社に関係する問題だから恥ずかしくて放置したく無かったのだ。
所詮は仕事人間。余計な事はせず地味に目立たず云われた事だけ従順にする…………などと云う野望は、一日目にして潰えた。
ある意味では歯車に成りきれない我の強さを抱えるマユミは、会長のお気に入りだった。
この会社の会長は、大企業のトップとしては多少変わった趣味の持ち主だった。
二人共、寧ろ中小企業の社長と部下ならバッチリな相性だったかも知れない。
真弓正孝。昨日死亡したと云う同期の出世頭の葬儀に向かう為に、腕章や香典などを求めて総務部に向かった者達は、彼に似た話し方をする新入社員と出会った。
面白そうに、会長が業務課を覗いていたのには、誰も気付かなかった。
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