小説『真弓が真由美になりました』
作者:みき(かとう みき◆小説部屋◆)

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007◆6話◆入社二日目の新人の筈ですが2

☆☆☆

「山里さん。お昼一緒にどう?」

 12時になって、同僚の波多野由梨が山里明理の机の横で立ち止まった。山里は不思議そうな表情で波多野を見上げた。
 恐らくは初めて声を掛けられたと思われる。
 マユミは二日目にして、何となくこの部署の人間関係を把握していた。

――原田もなあ。

 この部署の責任者でもある、真弓であった頃の後輩を思う。
 面倒を嫌い、深いところまで踏み込む事をしない男だ。浅く浅く、決して深みに嵌まらない様に、けれど破綻しない様に立ち回るのが、絶妙に上手い。
 故に、うっかり手を出しかねる問題ならば、原田程に手際よくやれる男も居ない。逆に、ある程度踏み込めば解決する問題は、解決手前で放置されかねない悪手も打つ。

 真弓が度々業務課を訪ね乍ら気付く事が無かったのは、原田が居たからこそだろう。
 最悪の問題にも成らず、解決もせず。山里の問題は、明らかに後者。

――放置するなよ。

 きっと、原田は山里と話し合った事さえ無いだろう。
 マユミは後輩の欠点を冷静に鑑みる。
 山里に反感を抱いていたらしき二人、波多野由梨と岡村早苗に対しては、それなりにフォローをして有る様だともマユミは気付いている。

――訴えられれば、それなりに踏み込む。と云うか、提示された部分までは対応する………か。

 原田の対人関係のバランス感覚は、宝の持ち腐れだとマユミは思う。
 高峰ならば、そこで山里と話をする機会を設けるだろう。いや、二人が訴える「そこ」まで放置する事が先ず無いだろう。

――まあ、高峰だと原田みたいに、うまぁくナアナアにも出来ないだろうがな。

 山里は誤解されやすい女だとマユミは思った。素直で真っ直ぐで鈍感だ。

――この女は莫迦か?

 最初は思ったが、そうでも無かった。教えれば出来る。教えられなければ出来ないとも云うが、その範囲が恐ろしく普通では無かった。

――幼稚園児かよ。

 失礼な感想を抱いたマユミである。が、しかし。教えなかった周囲、特に上司は問題だ。
 だが、その上司はマユミと山里のやり取りを見て、自分達の指導不足を自覚した様子だった。
 ならば、マユミの現在の立場で云うべき事は何も無い。

 そして、昨日は叱られる山里を、莫迦にした眼差しと、面白がる風情を見せていた二人の同僚。波多野と岡村も、今日の山里を見て反感を捨てた様子だった。

 懸命に仕事を覚える様子は、素直で可愛い。山里は派手な外見でかなり損をしている。
 服装やメイクが派手なのでは無い。それが逸脱しているならば、流石に原田も注意するだろう。

――なんと云うか、子犬の癖に。

 正体は子犬。しかも素直で真っ直ぐ。人懐こい子犬である。
 が、少しばかり人見知りをする。懐く迄は、距離がある。

――で、なまじっか美人。しかも茶髪が似合う日本人離れした派手系美人ときた。

 マユミの好みでは無いが、外見だけなら原田にとってはかなりのストライクの外見だった。
 大学時代の後輩でもある原田の好みを、目前にした恋愛遍歴で把握するマユミである。

――逃げたくもなるか。

 上司と云えど人間である。好みの女と、妻帯者である原田が距離を置きたいのは当然とも云える。

――原田は逃げ過ぎだけどな。

 与えられた仕事はちゃんとする。他の同僚より仕事量は多い様だ。但し、ミスに対する危機感が薄い。自分がする仕事が、どんな意味があり、何に使われるか、その理解も薄い。
 そうなると仕事に対する心構えが育つ訳も無い。
 自分が何をすれば良いのか理解せず、与えられる迄はボンヤリと周囲を眺めるだけ。

 マユミは最初呆れて、しかし山里の様子を見て、周囲を見て、理解した。

――指導してやれ。

 少しだけ、山里に同情した。

――成る程な。勤務態度の評価が低いのはコレかよ。

 人事評価は部長以上の人間が目にする。
 昨日は指導員がその山里である事に不審も感じたが、仕事の手が早くて処理能力だけならピカイチなのと、処理「方法」だけなら一番理解しているのも山里だと気付けば、納得した。
 やり方は理解しても仕事の本質を理解してないのは、勿体ない話だと思った。莫迦だと感じもしたが、その考えを『莫迦』だと、誰も教えなかったのだろう。

――教えられなきゃ解らんのも莫迦だがな。

 マユミは辛辣に考えたが、表情には出さなかった。

 今朝も。

「山里さん。何をしましょうか?」
「まだ指示されてないから。」

 と云われれば、やんわりと穏やかに告げたマユミである。

「課長も主任もまだいらっしゃいません。山里さんの担当は買掛金でしょう?未入力の仕入伝票は何処ですか?」
「え?ええと、ここ。」

 そして、着いたばかりの請求書。前回未着で支払いを延ばした伝票を含む、入力済みの納品書その他を確認した。
 そして、何を優先すべきか問えば、当たり前に「解らない。」と答えが返る。
 予測してはいたが、何たる莫迦かと思いつつ、穏やかな口調でゆっくりと指導したマユミである。

――何で月間予定作って無いんだよ。

「昨日教えて下さいましたね?その通りに書いてみて下さい。」

 支払い日も、〆日も、知っている癖に予定表は無い。頭の中に有るなら、その通りにすれば良いのにとも思ったが、出来ないなら予定表を目安にマユミが教えるしか無かった。

「売上の〆日が書いてないですよ?それはメインの仕入とは区切ってこちらに書きましょう。」
「売上も必要?」
「相殺のご連絡をするでしょう?」
「それは経理がするから。」
「経理に資料を出すのは業務課でしょう?」
「そうだね。」

 簡単な予定表を書き出したところで、マユミは再度質問する。

「これで、今日最初にすべき事は判りますか?」
「ええと?」
「近い日付では、ミヤビエンジニアリングに対する紹介料が〆日ですね。支払いが必要かどうか、早目に資料が必要ですよ?」
「あ。はい。」

 驚いた表情をして、けれど直ぐにキラキラと尊敬の眼差しで見られたマユミだった。
 仕事の手早さとは裏腹に、こんなに簡単な事も出来ないままだった山里に対して、マユミは複雑な気持ちだった。
 後輩から教えられた山里が、反発しなかったのは倖いである。しかし、こんなに容易く単純に済むなら、誰かが実行しておけ、ともマユミは思った。

――仕事が半端に出来るから、口出し出来なかったか?誰も?

 同僚はともかく、上司は何をしていたのだろう。マユミはそう考えて嘆息したのである。
 その頃には上司二人は戻っていたが、特に口出しもせず、課長はデスクにつき、主任は傍らで項垂れていたという次第である。

 同様に、波多野と岡村も、山里の不器用さや実は生真面目な性質に気付いた様子だった。
 山里とのやり取りを見る内に、マユミの知識と能力も知れたか、二人もマユミに質問を投げかけるようになった。

 そして、山里がマユミに真っ直ぐな尊敬を示し、指示を仰ぎ、子犬の如き懐く姿を、二人は生温い視線で見守る事になったのである。

――へえ。大人だな。

 何をする必要も無く、二人からの山里に対する反感は消えたようだとマユミは気付いた。

――多少のわだかまりは有れど、引き摺る程の子供ではないってとこかな。

 面倒が無くて有難いとマユミは考えた。
 いざこざが嫌いなのは、マユミとて同様なのである。

 そして。
 二人は和解を示す為に、山里を誘った。
 その際、マユミも誘われたが、右手に弁当を掲げて断った。

「残念です。色々お話したかったのに。」
「ごめんなさいね。また誘って下さい。」

 社交辞令で返したマユミだった。
 余り関わりたくは無い。女性と下手に近付くのは面倒である。
 そこまで考えて気付いた。

――いや、今は俺も女か。と云う事は、男に近付く方が問題か?

 しかし、中身はオッサンである。オッサンだがそれなりにトキメキが無いでも無い。
 因みに波多野は好みの女性でもある。

――もちろん浮気とかじゃ無いが

 浮気以前の問題である。佐倉真由美は女性で、独身だ。
 マユミは混乱した。

☆☆☆

 その後、木崎が訪れて、マユミは午後から経理部に向かう事に決まった。
 マユミは木崎とのやり取りの中で混乱が収まると共に、午前中の行動を省みて落ち込んだ。

――新入社員。

 マユミは新入社員として、異常な言動を取った自覚を漸くしたのである。

――予定表作らせた辺りまでは気をつけてたんだが………。

 何処で間違ったのかとマユミは考えた。
 何処も彼処も間違っていたが、真面目に落ち込むマユミに自覚は遠い。
 未だに目立たない事を目標に掲げたままだった。

 母親の人が作ってくれた弁当を食べ終えたマユミは、兄たる人が教えてくれた通りに更衣室に向かい、メイクを直した。
 鏡を見ると落ち込みが増す。
 若い娘の顔は、自らが出す女の声以上のインパクトである。

――自分の顔なんだよな。

 中身おっさんなんだが……とマユミは思う。
 若過ぎて対象外なのは救いだったろうか。
 若過ぎて、マユミの言動が目立つのは問題だろうか。
 しかし、禍福どちらの自覚も薄いマユミだった。当人はすこぶる控え目にしているつもりなのである。

「課長。特にご指示が無ければ、経理部に参りますが?」
「ああ。皆に指示だけしてってくれれば良いよ。」

 原田は無意識に応じ、故に自然な台詞にマユミも当たり前に頷いた。
 微妙な表情をした主任は、丁度視界から外れて二人とも気付かなかった。
 マユミの先輩にあたる筈の三人は、すっかりマユミの指示を当たり前に受け止めていたので気にもしなかった。

「特に問題はないですか?」

 経理部に向かう旨を伝え質問すれば、三人とも頷いた。
 自分で次にする仕事を決める習慣に欠ける山里が、微妙に不安そうな表情をした。
 マユミは安心させるように微笑み。

「朝と同じ様にすれば良いのですよ。わからなくなっても、特に急ぎの仕事も有りませんから、仕入れ処理を進めれば問題有りません。」
「はい。わかりました。」

 嬉しそうにニッコリと笑って答える山里に頷いて、マユミは経理部に向かった。
 主任の立場に思いを馳せたのは、エレベーターの中でだった。

――原田。お前の部下だろう?

 マユミも放念していたが、原田は自分の部下を何だと思っているのだろうか。

――原田だから心配も要らないだろうがな。

 そう。心配は不要である。義務課では課長も自らのミスに気付き、然り気なく主任を持ち上げる光景が見られていた。
 原田は生来薄情な人間だが、そう見えない事には定評がある。
 そして、周囲に軋轢を生まない様に立ち回る才能はそれ以上なのだ。



「………普通、新入社員に見せますか?」

 憮然としてマユミは告げた。
 目の前には過去三年分の試算表と年間予算表。
 実際のそれと予定で提出されたそれを提示されて、マユミは苛立ちを隠せなかった。
 細かい経費別の一覧までが、部署毎に出されている。

――部外者に何を当然のように見せてるんだ。

 いくら会長の示唆が有ったとは云え、無用心にも程がある。
 人物に向ける言葉では無いが、マユミは海の物とも山の物ともつかない存在の筈である。
 まだ信頼性など皆無だ。
 面白いからと指示を与えた会長と、実行を許した高峰、実行している木崎。
 マユミは怒鳴り付けたい衝動に駆られた。

 しかしその不機嫌な様子さえ、木崎は嬉しそうに見つめる。

――何が楽しいんだ。

 木崎の上機嫌もまたマユミの気に障り、不機嫌は弥増すばかりである。

「最初はここ迄見せる積もりは無かったんだけどね。」

 木崎は云って、ニコヤカに続ける。

「君が部外者に書類を見せるなと云ったでしょう?」

 守秘義務を理解している相手と知ればこその行動だと木崎は云うが、そんな程度でここ迄の資料をアッサリ開示するのが問題なのである。
 マユミの機嫌は下降の一途を辿っていた。

「昨日のお説教は部長から聞いたよ。」
「部長?」
「高峰部長。説教したんだろ?」
「まさか。」

 マユミは周章てて否定したが、内心では違う事を考えていた。

――随分早いな。もう後任に決まったのか。

 それでも、高峰は部長補佐として瑕疵は無かったし、順当と云うべきか、とも思う。
 木崎はマユミの内心に気付く訳も無く、開示理由の説明を続けた。

「昨日今日で、君が信頼に足る理由は幾つも報告が来てる。」
「………。」

 どんな?誰から?
 疑問は何だが嫌な予感しかせず、口にはしないマユミであった。

――やっぱり油断した。

 昨日の今日で莫迦な油断をしてしまった。

――そりゃ注視してるヤツも居るだろうよ。少なくとも俺ならめっちゃ警戒するわ。

 再度落ち込むマユミだった。落ち込みも相俟って、不機嫌も最大である。

――だからって重要書類簡単に見せてるんじゃねえよ。

 八つ当たり気味に考えたマユミである。
 木崎の説明は、マユミを納得させる役に立たなかった。

 それでも、与えられた仕事はする。
 不機嫌なまま、資料を捲るマユミに、木崎は手ずから珈琲を用意すべく席を外した。

――と、確認の為じゃなく、以前の書類もキチンと見なきゃな。

 過去の数字を確認していて気付いた。今の自分は「これ」を初めて目にしたのである。少なくとも木崎たちにとっては。
 知る筈のない情報を、当たり前に口にする愚は犯すべきでは無い。
 既に色々やらかしているが、マユミは真剣に考えていた。

――ん?何でこれこんなに費用あがるんだ?

 いつしか資料に集中して、木崎の存在を忘れたマユミは、差し出された珈琲に口を付け乍らも、その視線を意識しなかった。
 そんなところも、マユミは真弓でしか無く、木崎の執着を手元に引き寄せていた。

 しかも、マユミは自分が若い女性である事実に対して鈍感だった。
 真弓に対する執着と尊敬が有ればこそ、木崎がマユミに向ける眼差しを当たり前に受け止めたが、年配の男性と若い女性に向ける感情では種類が異なるのが当たり前である。
 真弓の様に質問して、真弓の様に納得して、真弓の様に否定する。
 無意識でやり取りを重ね、木崎の眼差しが真弓に対するのと同等な迄の尊敬に高まると共に、確実に種類が違う感情を示した事に気付かなかった。
 木崎は当然のようにマユミに惹かれた。
 倖か不倖か、真由美は美人だったのである。

 木崎の女性の好みは「出来る女」である。「媚びない女」でもある。「ベタベタしない女」でもあり、「高嶺の花」の如く自分より上位の女性を口説き落としたい願望も持つ。
 マユミは目下の存在では有るが、素っ気ない態度で木崎をあしらう内に、最後の「高嶺の花」条件まで満たしつつあった。
 木崎は部下としてでは有るが、付き合いは浅く無かった。マユミは木崎の女の好みを知っている。
 迂闊極まりなかった。

 そして。
 マユミは木崎の気持ちに気付かないまま、資料に基づく発言かどうかは配慮しつつも、大失態を犯す事になったのだ。




 途中から高嶺も参加して、三人で予算を組み直した。その頃には木崎の口調も態度も決定的に固まっていたが、マユミが気付く事は無かった。
 一仕事終えて、最後にもう一杯珈琲を飲み、軽く雑談を交わす。

「宝探しの部署希望は出してなかったんだよな?佐倉さんは経理部を希望してくれる気は無いだろうか?」
「そうですよ。佐倉さんならすぐ責任ある立場に上がれます。」

 高峰も木崎も熱心にマユミを誘った。曖昧に笑って誤魔化していると、今度はプライベートの質問をされ、更に曖昧に誤魔化したマユミである。
 木崎は自分の事ばかりベラベラと語る女が嫌いである。マユミは何処までも失敗を重ねていた。

「今度、ゆっくり食事でも如何ですか?」

 高峰と木崎に感謝の言葉とともに見送られて、さて業務課に戻ろうかと背を向けた瞬間だった。
 意を決したと云わんばかりの真剣な声だった。

 びっくりして振り返ったマユミは、聞こえない振りをすべきだったと後悔した。

 真剣な眼差しで自分を見つめる木崎と、そんな木崎に驚きつつも、意外とは思っていない様子の高峰の表情。
 マユミは高峰の表情にこそ、自らの愚を認識した。高峰が木崎の気持ちに気付くに足る態度を、マユミは気付かなかった。
 マユミは木崎の気を惹くに足る態度をとった。
 自覚は全く無いが、そうなのだろうと思った。

――しかし何が問題だったんだ?こいつは出来る女が好きだったか。だが、それだけで簡単に靡くか?

 一瞬考えたが、間を置けば気付かない振りは出来ない。
 マユミは微笑んで応じた。

「仕事ですから。特にお礼とかは不要です。」

 あっさりとした口調で告げて、踵をかえす。
 高峰が面白そうな眸で見ていたのに気付いた。

――観察してんじゃねえよ。

 マユミが木崎の気持ちに気付いた上で誤魔化した事に、高峰は気付いた。木崎は微妙だったが、珍しく気持ちが高ぶった様子だったから、気付かなかったかも知れない。
 マユミが咄嗟に思いを巡らせていると。

「振られたな。」

 余計な一言が背後から聴こえた。
 勿論無視してエレベーターに向かったが。

――追いかけて来るか。そうか。

「お礼とかじゃ無いです。」
「………知ってますよ。」
「でも、お礼にして差し上げても宜しいですよ?」

 憮然としたマユミに、ニヤリと木崎は笑った。
 食えない男だと、マユミは思った。高峰が愉快そうに見守っているのが視界に映り、マユミは内心舌打ちした。

――いい見世物だな。

 捕まれた腕を払い、マユミは真っ直ぐに木崎を見上げた。見上げなければならない視線が不快だった。

「迷惑です。」

 はっきりと告げたマユミは、今度こそその場を後にした。

――そういや木崎は、いつの間に俺に敬語使ってるんだ?

 今更乍らに気付いたマユミである。

 昼休憩に訪ねて来た時には、敬語では無かった。

――と、思う。

 記憶は微妙だった。話の内容はともかく、口調などは明確に覚えてない。しかし佐倉真由美に対して、違和感がある話しかたでは無かった筈だとは思う。
 真弓に向けたなら無礼な口調も、佐倉真由美に対して自然なものならば、気にならないスキルをマユミはこの短期間で身に付けていた。期間は短過ぎたが、必要ではあったし、元々、仕事以外での礼儀に煩い方でも無い。

――問題は、以前の俺に対する口調も自然に受け入れちまう事の方だよな。

 いつの間にか、敬語になっていた先輩の立場にある筈の三人。いつの間にか、真弓に対するのと同じ口調になっていた木崎。
 どちらも、以前ならば当たり前の口調だから、見逃した変化である。


――問題は、木崎だが。

 何がどうしてあんな眸で見られるのか、マユミは真剣に解らなかった。

 木崎は真弓に対するのと同じ眼差しでマユミを見つめた。その眸の輝きが、どの時点で変化したのか。いつ口調が変化したのか。
 マユミが気付かない間に、何が木崎の内部で起きたのか。

――解らん。

 考えても理解は出来なかったので、マユミはエレベーターから足を踏み出すと共に、忘れる事にした。

――何回か誘われるにしても、断ってりゃ諦めるだろ。

 それは甘い考えでしか無かったが、マユミは楽天的に捉えた。
 木崎の執着が、マユミに迷惑を与えた事が無かったからでもある。

 異性に向けられた場合は、等と。
 考察するスキルは、未だ身に付けていなかった。

☆☆☆


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