小説『真弓が真由美になりました』
作者:みき(かとう みき◆小説部屋◆)

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009◆閑話1◆初めてのお昼

☆☆☆

 初めて同僚からお昼に誘われた。
 それが不思議で、私は波多野さんを見上げて言葉に詰まった。
 波多野さんとは余り話した事が無い。
 外見は落ち着いたお姉さん、て感じ。でも、私にとっては近寄り難い人。嫌われてるからね。
 それは、もう一人の同僚である岡村さんも同じだ。
 岡村さんは明るくて、童顔で、可愛い感じの女性。同じなのは私を嫌いだってところかな。

 岡村さんは私より一年先輩で、波多野さんは三年先輩。
 入社したばかりの頃は、二人共優しかった気がする。
 寿退社する村上さんて女性から引き継ぎを受けている期間中は……と付け加えるべきだろうか。
 その頃も、大して話した記憶は無いけど。

――ええと。

 波多野さんは私を見下ろしたまま、眉を寄せた。

「用事でも有るの?」

 いえ、と答える前に。
 岡村さんの明るい声が響いた。

「佐倉さん。佐倉さんもご一緒しませんか?最近、安くて美味しいイタリアンが出来たんですよ。」

 岡村さんが、無邪気な笑顔を向けた。その視線の先に、私と波多野さんの視線も、釣られたように向かった。
 佐倉さんが、私たちに見せ付けるように、片手でお弁当を持ち上げた。
 オレンジ色のお弁当包み。明らかに手作りだ。

 口元に微かな笑みがある。
 佐倉さんの笑顔は、笑顔と云うより微笑みだ。
 更に云うなら、微笑みと云うより苦笑。または、皮肉気な笑み。
 そう。笑み。
 口元に浮かぶひっそりとした笑みは………少し怖い。
 佐倉さんは怒らせたらイケない人だと、私は一回で理解したよ。
 でも後を引き摺らない。但し、二度目は無いと云われた。
 微かな笑み付きで。
 私は必死で頷きました。
 首が痛くなる程だった。
 佐倉さんは困ったような、呆れたような、やっぱり微かな笑みを浮かべて私を見ていた。
 その時の笑みは、少し安心出来た。

 佐倉さんは色んな事を教えてくれる。
 昨日と今日で、既に沢山の事を教わった気がする。
 でも、きっとマダマダなんだろうな。
 佐倉さんは、怖いけど優しい。
 私は人見知りで、最初はまともに話も出来ないんだけど、佐倉さんは私の言葉を最初から待ってくれた。
 最初は、私が仕事の説明をしたんだから、私が話さないと始まらない。
 だから当たり前と云えば、当たり前だけど。

 でも。
 教えてくれる時も、やっぱり私の返事をじっと待ってくれるし。
 優しいお姉さんみたいだと思う。
 外見は、ちょっと怖いけど。美人なだけに、何だか見透かすみたいな視線とか、値踏みするみたいな視線とか、莫迦にしたみたいな視線とか、ちょっと怖い。
 時々。一瞬だけど、そんな眸をする。
 だけど、嫌悪や苛立ちは向けられなかった。
 代わりに、呆れとか、同情とか、それと……自惚れかも知れないけど、可愛いとか思われてる気がする。
 ただ、小動物に向けられる種類の「可愛い」に見えるのが、何だが切ない。しかも、佐倉さんが私に向ける「可愛い」は「面白い」に似ている。

 私は人の感情に敏感だ。
 だから、皆が私を嫌ってるのも知ってる。
 でも、何でかな?波多野さんは、さっき私に嫌悪を向けなかった。
 だから、戸惑ったんだけど。

「残念です。色々教えて欲しかったのに。」

 本当に残念そうに岡村さんが云う。波多野さんも、同様の表情だ。

「色々お話したかったです。」

 ちょっと悔しいと思ったのは、佐倉さんが波多野さんに対して、確かに好意的な眼差しを向けた事だ。
 その好意の種類が、よく解らないと云うか、意図が掴めないけど。
 私が一番、佐倉さんと話してるのにな。
 何で私にはペットを見る眼差しで、波多野さんはちゃんと人間の女性相手の視線なの?

 波多野さんに断りを入れる眼差しも、何だか駆け引きじみて羨ましい。
 怨めしそうに見てしまったのかも知れない。

 佐倉さんは、やっぱり私に呆れ混じりの視線を向けて、僅かに笑みを浮かべた。
 そんな視線も、嫌いでは無いけど。

「山里さんは連れて行って貰いなさい。波多野さん。この娘、返事が遅いから待ってあげて。」

 前半は私に向けて、後半は名指ししつつも波多野さんと岡村さんに向けた台詞だった。
 どういう意味?
 私はよく理解出来なかったけれど、波多野さんは私を見下ろして「なるほど。」と呟いた。

 私はよく解らない乍らも。

「はい。行って来ます。」

 佐倉さんに挨拶して、波多野さんたちとお昼に出掛ける事になった。
 ちょっと、ドキドキした。

 でも、余り怖くは無い。
 何故か解らないけど、波多野さんたちは、佐倉さんと同じ「苦笑」を私に向けた。
 その苦笑は、莫迦な子に向ける苦笑だと思う。
 でも、居心地が悪い視線では無かった。

 莫迦な子に向ける視線は、「可愛い」の感情を含む視線だったからかな。

 ただ、二人からの視線も、やっぱり小動物に向ける「可愛い」なのが、ちょっと納得いかないんだけど。

☆☆☆


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