短髪の女性が、十字架に体をくくりつけられている。女性は、嘘だ、私は普通の人だと周りに必死に訴える。恐怖により大きく歪んだ顔には、憎しみが込められていた。
民衆たちがある程度距離を取りながら、彼女の周りを囲んでいる。
「嘘をつくな!」
「そういって俺たちを殺すつもりなんだ!殺される前に殺してしまえ!」
誰も彼女のことを信じようとしない。嫌、信じようとしても出来なかった。信じれば、次に自分がああなるのだから。自分を護るため、民衆たちは精一杯の罵倒を浴びせ続ける。
「愚かな魔女に神の裁きを下せ!聖なる炎を放て!」
「やめてっお願い!私は普通の人なの、魔女なんかじゃない!」
必死に止めてと言う女性を無視して、近くに鎧を来た男性二人が女性の足元に置いてあった木に火をつける。逃げられない女性が甲高い悲鳴をあげる。民衆はさらに大声を上げ、殺せと喚く。しかし、中には涙を流すものもいた。おそらく、女性の身内だろう。
「恐いわねぇ・・・ルカ。あなたも気を付けなさいよ。魔女なんかの味方をしたら駄目よ」
「はい・・・お母様」
素直に返事をしたが、内心、ルカは魔女だと呼ばれる女性に同情していた。
彼女のことは知っている、近くに住んでいる人だった。
(なんで?)
魔女なんかじゃない。彼女はいつもにこにことしていて、いつも自分にお菓子をくれたりした。子供たちはみんな彼女が好きだった。
(魔女なんかじゃ・・・ないよ・・・)
本などでよく出てくる魔女はもっと不気味なのだ。真っ黒な服に身を包み、獲物を逃がさない様に恐い顔をしている。子供を見つければすぐに捕まえて魔法の材料にしてしまう。だから、優しい彼女が魔女なはずはなかった。
「・・・お母様・・・」
「なぁに?ルカ」
「本当に・・・あの人は魔女なの?いつもお菓子をくれたよ?いつもにこにこ笑ってた。魔女は怖いの。だからあの人は魔女じゃない・・・魔女じゃないのに・・・」
「・・・ルカ。いい?」
真剣な顔をして母がルカの目をまっすぐ見る。そらしてはいけないと思い、ルカもまっすぐ見た。
「優しい魔女も、綺麗な魔女も恐い魔女もいるの。だから、直ぐに人だと思っちゃ駄目。あなたを油断させて捕まえようとしてるから」
まだ、年端もいかないルカは、そうなのかと信じた。けれど、それでも、今、焼かれようとしている魔女は可哀そうだと思った。思わずにはいられなかった。
「あれ・・・痛いよ・・・苦しいよ」
「・・・・」
母親は何も答えなかった。ただずっと魔女を見ていた。
肌が焼け、髪も燃えていく。前は美しかったはずなのに、今は見る影もなかった。あったのは、炎に焼かれ醜くなった魔女だった。
火が魔女を飲み込み、しばらくした後、魔女は動かなくなった。炎が消えた後出てきたのは、人の形をした黒い物だった。
魔女を殺せと言った人がどこかに消える。だんだんと、民衆たちも、処刑が終わるとすぐにどこかへ行ってしまう。しかし、ルカは行かなかった。じっとその場で黒い物を見続けた。母親が帰ろうと言っても、動かず、黒い物を男性たちが乱暴に袋に入れ、どこかに持っていくのを見ていた。
(誰も・・・・)
誰も酷いとも言わなかった。昔のことを思いだし、ルカは寒気がした。
あの時、ルカは幼いながらも恐怖を感じていた。人が燃やされていくのに、誰も助けようともしない。当然のことだとでも言いたげな顔でただひたすら罵倒を浴びせる。
(あの人は・・・)
魔女なんかではなかった。普通の人だった。ただ、窓から煙が出ただけで魔女だと決めつけられたのだと知った時、愚かな人たちに絶望した。聞けば、それ以外にも、あり得ない理由で無実の人たちが無残に殺されている。男の人さえいた。
けれど、そんなことを容易に人に言えば、自分が魔女だと殺されてしまう。皆はそれを恐れている。
「ルカ。いい?決して、人前で・・・」
ずっと前に何か言いたそうにしていた母。今では病気にかかり、一日中ベッドの上で横たわっている。
あの時、母が何を言いたかったのか、ルカは分かっていた。おそらく、自分たちは魔女の血をひいている、とでも伝えたかったのだろう。けれど、いつ自分が殺されるかもしれないと怯える一生を送って欲しくなかったから、娘に何も伝えなかった。何も知らずに、自分は普通の人なのだと、安心して幸せな生活を望んだ。だから、言わなかった。
けれど、ルカには魔女の血が濃く受け継がれたのか、天気を当てることがほとんどだった。それ以外にも、予知夢を頻繁に見たりしている。最初、こんな夢を見たと、母に伝え、実際にその夢の通りに起こった時、母は怯えた顔をしていた。そして、二度と夢の話をしてはいけないとルカに言い聞かせた。
娘は、魔女の血を濃く、受け継いでいる。母親は、ルカが魔術を使わない様に、その日からほとんど一緒に居るようになった。
「お嬢様の天気予報。よく当たりますね。才能があるんでしょうか?」
確かに、世の中にはそういう人がいるから、天気に関しては、皆さほど気にしていない。それだけは救いだった。
自分が魔女だということは考えないでいようと、ルカは気晴らしに出掛けに行く。
(今日は一日中晴れね・・)
直感的に感じ、なにか興味をひくものはないかとあちこちの店をのぞき歩く。しかし、めぼしいものは何も見つからず、暇な時間をどうやって潰そうかと考えたとき、強い風が吹く。周りの人が驚きの声をあげ、ルカも、驚き、髪が顔にかからない様に抑える。しかし、つけていたお気に入りのヘッドドレスが飛ばされてしまった。
「あっ」
驚きの声をあげているうちに、ヘッドドレスは風に吹かれ、ひらひらと遠くに行きながら地面に少しずつ落ちていく。お気に入りだから、汚したくはない。走ろうとしたとき、誰かがヘッドドレスを取ってくれた。とったというより、目の前に落ちてきたから受け止めたという方が正しいが、お礼を言おうと駆け寄る。
「ありがとうございます」
微笑みながらお礼をいうと、受け取ってくれた人物も微笑み返してくれた。綺麗な顔だが、男性だった。
「どういたしまして」
お互いの笑顔を見た途端、二人は一瞬にして恋に落ちた。