お互い一目ぼれだった2人はすぐに仲良くなった。何度も思いを伝えようとルカは口を開いた。けれどやはり恥ずかしくて言えなかった。愛する彼も、ルカに想いを伝えてこようとしなかった。理由はなんとなく分かっていた。
彼の着ている物は全て最高級品だった。貴族のルカでさえも滅多に買わない上質な布で作られたどこか威厳を感じる服。それに、前に彼の胸元からちらりと見えた王族だけが身に着けることを許される紋章が描かれたペンダント。
(王子様ね・・・)
王様はもっと年配で立派な口ひげを生やしていた。おそらく国王の息子だろう。けれど、王子は決して自分の正体を言わない。自分に隠し事をしているのがなんだか嫌で、ルカはいい加減じれていた。そして、今日、遂にあなたは王子様でしょうと伝えた。
「僕は王子様なんかじゃないよ」
「嘘、ですね。ずいぶん前ですけど、ペンダントが見えました。あのペンダントは王族だけが許される代物です」
「・・・普通に接してほしかったんだ」
ずいぶん前から見透かされていたのが分かり、王子はすねたように下を向く。それから、誰にも言わないでくれとルカに頼む。王子の頼みごとをはねのけることなどできるわけがないので、分かりましたと返す。すると、王子は眉間にしわを寄せてるかを見た。なぜ、いきなり不機嫌になったのかが分からず、ルカは慌てる。
「私が何かご無礼をしましたでしょうか?だとしたら、申し訳ありません。どうかお許しを」
「いや、違うんだ。ただ・・・今までどうりに接してほしい」
「それは・・・いくら王子様の頼み事でも無理でございます。貴族といえど王族の足元には及びません。ですから軽々しく接するなど・・・」
「僕の命令だと言えばどうする?」
にこりと笑う王子を見てルカはずるい人だと思った。そんな優しい笑顔を向けられては彼を喜ばせたいと思ってしまう。
「・・・それでは・・・今までどおり接しますね」
「ついでに言えばその敬語も抜いてほしいな」
「それは・・・!・・分かりました」
頬を少し赤く染めながらルカは承知する。見ると王子も頬を染めており、照れ隠しなのか、今日も街を見て回ろうとルカの手を引く。
自分は今まで国民の前に顔を出したことが無いのだと王子が言う。大人になるまでは暗殺などされない様に宮廷で大切に育てられ、大人になればまた仕事などで宮廷にこもりきり。自分ならば耐えられないとルカが言うと、自分もだと王子が笑う。
「僕はもう大人だから外に出てもいいんだけど、仕事のせいでこれなくて。だから、こうやってこっそり出て来ているんだ。ばれたら怒られるんだけど、それでも出てくるんだ。今までは外で遊びたかったからだけど・・・今は、君に会いたいから」
「ふふふ、私もよ。がくぽ」
あなたといれば自分が魔女だということを忘れられる。
「貴族だから、位目当てに近づいてくる人がほとんどだった。ちゃんと私自身を愛してくれた人もいるけれど、私は愛せなかったの。今まで一人もね。だから、がくぽが初恋ね」
自分もだと、がくぽが笑う。ルカも嬉しくて笑うが、それでも付き合えないのかとがくぽに尋ねる。
悲しそうな顔をしてがくぽはまだ駄目だと首を振る。今の彼はそう好き勝手にはできないらしい。国王はまだまだ元気で若いから今だ殆どの権利を握っている。
「一人息子の僕には優しく笑いかけてくれる」
けれど、いつでもというわけにはいかないのだとため息をつく。いくら大切な息子でも王子は王子。気に入ったからと簡単に結婚はできない。国の為、国王は大きな国の王女を息子の妃にするらしい。
血筋は大切なことだとがくぽは十分理解している。しかし、いくら頭で理解しても好きでもない人と結婚したくない。日々、後継ぎのことを言われるため、外に逃げてきているのだと正直に話す。
「好きなものは何でも買ってもらえる。大抵にことは思い通りになる。けど、その代償に本当に好きな人とは一緒に居られないんだ」
王族に生まれて誇らしいこともあるが、嫌なこともある。平民に生まれたかったと何度も思うが、それだけは絶対に思い通りになることはない。兄弟などがいれば彼らに王を任せてどこかの街の片隅で淡々と自由に暮らせることもできるかもしれない。だが、兄弟は一人もおらず、従姉達にも王の座を決して渡さないと国王は言っている。
「どうにもならないんだ・・・だから、まだ・・・」
「大丈夫よ、がくぽ。いつまでも待ってるわ。例えあなたが結婚しても、歳をとっても、私が愛してるのはあなただけだから。さっ、暗い話はやめましょう。そういうのは嫌なの。それに、どうしようもないことは文句を言ってもどうしようもないわ。今は、あなたと一緒に居られる幸せを楽しんでたい」
頷き、がくぽは行ってみたいところがあるのだとルカの手を引く。彼が行ってみたいと言うところは大抵、ルカにとっては対して珍しくもないところだったが、がくぽにとっては本の中だけの存在なのか、行ってみると目を輝かせ子供のように楽しんでいる。
(もし・・・)
自分が魔女だったならば、時を止める魔法を永遠にかけていたい。しかし、これほど楽しかったらそれさえも忘れて結局同じかもしれない。それほど幸せな時だった。平穏な毎日。愛する人と一緒に居られる日がこれからもあるのだと。幸せな時はすぐに過ぎていく。
2人が楽しそうに笑いあう街道。大勢の人々が騒がしく行き交う道に、フードを深くかぶり、長い緑の髪を耳元より下で二つに分けて括り前にたらしている女性、ミクが、何かを感じて通り過ぎる時にルカを見る。
幸せそうに紫の髪を結いあげた男と笑うあう桃色の長髪を持つ見とれるほどの美貌を持つ女性から何かを感じる。
(まさか・・・)
いや、そんなわけはない。魔女の血をひくものなど居るはずがない。きっと気にし過ぎなのだと、ミクは首を振り、買い物の為に人込みの中に消えて行った。