【第50話 剣少女の覚醒 1/5】
(SIDE サヤネ)
「はぁ……はぁ…」
滴り落ちる汗を拭い、乱れた息を整えるサヤネ。
…大丈夫?サヤネさん。
そんな彼女に心配そうに話しかける剣ーアレグレット。
「大丈夫よ。アレグレット…悪いけど…もう少しだけ…」
…でも……
「お願い…もう少しだけだから…」
…もう少しだけだからね?
受信用の回路を切っているため、アレグレットの気持ちは流れてこないが、そのしかたないなぁ…と続きそうな口振りからは、本当に私の身を案じてくれていることがわかる。
「ありがと…」
私はそう呟き、訓練を再開した。
(SIDE マサヤ)
「やっぱり、難しいか……」
俺は少し離れた場所からサヤネ達の訓練を見つめる。
サヤネの能力ーここでは便宜上、武器から記憶や気配を読む能力を『アルマ・ロード』と呼び、そのために使う回路を受信回路として、反対にこちらから武器に気を送る能力を『アルマ・アップ』と呼んで、回路を送信回路とする。
あの後、破軍でも『アルマ・アップ』を試してみたのだが、そこでやっと、覇気との違いが分かった。
どちらも気を使っているため、自然系に実体としてダメージを与えられることに違いはないが、纏わせることと宿らせることの違い、簡単に言えば、密度の違いだ。
例えば、鉄の棒に綿を巻き、油を染み込ませ燃やしたものと製鉄所で赤く溶けるぐらいに熱せられた鉄の棒くらいの違いだ、もちろん、前者が覇気で、後者が『アルマ・アップ』である。
そして…
「アレは凄かったなぁ…」
アレグレットの覇気と『アルマ・アップ』で送った気を再帰的に混じり合わせ、気の密度、強さを高める『螺旋蛇絡剣(リレイズ・ノンフィーネ)』。
単純に考えても二人分の気を持つため、最低でも通常の覇気の二倍の威力があると考えられる。
まぁ、人によるんだろうけどね…
「マサヤ兄ぃ!」 「あっ、マサヤ兄さん、見ててくれてたんですね。」
ふと、顔を上げるとそこには2人の美少女がいた。
激しい運動で上気した顔、汗に濡れた服から透けるその引き締まった身体がなんとも……
「ビューティフル…」
ーパチパチー
思わず、拍手する俺を不思議そうな顔で見ている2人。
どうやら、今の自分達の姿に気づいていないみたいだ。
なんて…無防備な子達なんだ…もう少し、自覚を……
って、まぁ、それよりも
「どう?二人とも何か掴めたか?」
「……ううん」 「…いえ……」
まぁ、仕方ないだろう。
サヤネに変身したとはいえ、俺は元々、気を操り方を知っていたし、それをベースにしてサヤネ独自の気を操れるように調整していたわけだからな…まるっきり、0から始めたわけではないからなぁ…1から2は楽だけど0から1は大変だからな……
それと比べて、サヤネちゃんは気なんて知らないだろうし…いや、実際は物からの記憶の受信も気を用いているのだが無意識だろうし、自ら発する場合とは違うしな…
「まぁ、そんなにガッカリするなって。いくつかやり方も考えてるし…今はリハビリだと思ってさ…気楽にいこうぜ。」
そう言って、サヤネの頭を撫でる。
「え…あ、……はい。」
照れる仕草も可愛いなぁ……
「マサヤ兄ぃ…」
「あぁ、はい、よしよし」
と空いた手でアレグレットの頭を撫でようとするが、違うと言って払われる。
むぅ……じゃぁ、なんなんだ?
「覇気…」
「あぁ…」
忘れてたでしょ?と少し怒りながら言ってくるアレグレットを宥めるマサヤ。
忘れてたわけじゃないんだけどね…さっき、言った『やり方』の一つにはアレグレットの覇気も必要なわけだしね……
「わかってるから、後で教えるからさ……でも、その前に…二人とも……」
「「?」」
頭に?マークをつけ首を傾げる二人に俺は真面目な顔をして、
「先にシャワー浴びて来いよ。」
「「えっ!?」」
何故だか、慌てる二人。
まぁ、理由はわかってるけど、こうも予想通りのリアクションだと凄く嬉しくなってくる。
「なななな……」
物凄く慌てているアレグレットと何か立ち尽くして呆然としているサヤネ。
俺はアレグレットを引き寄せてチョンと背中をつついてみる。
「きゃぁ…冷たい…」
「まぁ、そんなに汗かいて、冷めてきたらそうなるわな…二人とも風邪ひかないように気をつけろよ。まぁ、なったらなったでちゃんと看病してやるから安心しろ。で、汗流したら、飯にしようや」
そう言って、アレグレットの背中をポンポンと叩く。
アレグレットは冷たいよ!と言って背中を押さえながら、船内へと入って行く。
それを見送り、な、なんだぁ〜と言って、ホッとしているサヤネにも早く行くように促す。
「あ、そうだ…サヤネちゃん。」
「はい?」
「焦らなくていいからね。もっと自信を持って、自分を信じて」
「…でも……」
俺の励ましに言葉を詰まらせるサヤネちゃん。
まぁ、無理もないか…同じ相手に二連敗して、人質になった後だしな……
「じゃあ、俺を信じて。俺が絶対にサヤネちゃんを強くしてあげるから…」
まぁ、今のままでも充分に強いと思うけどね…と言って、俺はサヤネちゃんに笑いかける。
「そんなことない…です。私は……」
「今回のは相性だよ…って言っても仕方ないか……う〜ん…俺は好きなんだけどな…」
「え…?」
(SIDE サヤネ)
「サヤネちゃんの戦い方…何っていうか…華麗でさ、美しくて…まるでサヤネちゃんらしいっていうか……今回、サヤネちゃんに変身してみて分かったけど、サヤネちゃんの強さって能力だけじゃないんだよな……」
今まで積み上げてきた土台があるから、剣の記憶通りの動きができるし、それにさらに自分の経験を加えた戦いができる。
剣の記憶とはすなわち、その剣の歴代の持ち主の経験値でもあり、彼女は武器を持つ毎に何倍もの速度で経験を積んでいき、自分の身体にあった技術を習得し、また、逆に技術を使いこなせるように体を鍛えてきた。
その積み重ねこそが彼女の強さであり、美しさであり、魅力なのだとマサヤは言う。
「なんつーの?一目惚れっていうかな?最初に会って、戦った時のサヤネちゃんの姿を見た時にほんと感動してさ…あれから数ヶ月くらいはずっと興奮しててあんまり、眠れなかったんだぜ?」
と笑うマサヤ兄さん。
私だって……
「私も…マサヤ兄さんのあの変幻自在な動きが凄いと思ったし…破軍にも感動しちゃって…」
別れてからもずっと、その戦いの興奮が残っていて、また、会いたいと思うようになり、同じくマサヤに好意を寄せているアレグレットと仲が良くなり……
「ありがとうございます」
「ん?」
「マサヤ兄さんのお陰で剣の楽しさ、素晴らしさを思い出すことが出来たし、アレグレットとも仲良くなれたから…」
「俺だってそうだよ。あの時、破軍を作ったのはいいけど…少し持て余してたからなぁ。サヤネちゃんの動きを参考にしたおかげで俺はここまでこれたんだから。それに、アレグレットのそばにいてくれてありがとう。」
あいつ、寂しがりやだからな…サヤネちゃんみたいな友達がいてくれてよかったよ。
と付けたし、優しく微笑むマサヤ兄さん。
それは妹を思う優しい兄の顔。
「ほんと…アレグレットが羨ましいです…」
「え?なんで?」
不思議そうなマサヤ兄さんの表情。
「だって…マサヤ兄さんの妹だもん」
「?サヤネちゃんだって妹だよ?」
困惑気味なマサヤ兄さん…やっぱり、気付いてなかったみたいだ…アレグレットのことはアレグレットって呼ぶのに…私のことは…
「じゃあ、私のこと……クシュン……」
サヤネと呼んでください…と言おうと思ったのに……気付けば、身体は冷え切り、ブルブルと震えていた。
「あぁ、ごめん。長い時間引き止めてしまって……」
と言い、自分の着ているコートを私に羽織らせ、手をかざしてくるマサヤ兄さん。
すると私の身体は芯から優しく温められる。
「まぁ、これで少しはマシになったかな…とは言っても服が濡れたままだから早く汗流して着替えた方がいいけどね。」
「あの……」
「なんだ?一緒に風呂に入って欲しいのか?まぁ、俺は別に構わないというか…」
「違います!私のことをサヤネと呼んでください。ちゃん付けはよそよそしくて…イヤです……」
もぅ…雰囲気がぶち壊しだ……私は頬を膨らませ抗議するがマサヤ兄さんはそれに気付かない。
「あぁ、ごめんな…これからはサヤネって呼ばしてもらうよ。改めて宜しくね、サヤネ。」
「うん。宜しくね。マサヤ兄さん。じゃ、私、シャワー浴びてきます。」
「おう。行って来い。その後は3人で飯でも食べよう。」
そんなマサヤ兄さんに少しだけ、反撃してみたくて…私は勇気をだして……
「え?マサヤ兄さん、一緒に入ってくれるんじゃないんですか?」
「え……い、いや、それは…」
一瞬、固まり、少し慌てるマサヤ。
「冗談ですよ。」
マサヤが気を取り直す前に、舌を出して悪戯っぽい笑顔を浮かべるサヤネ。
その顔は微かに赤みが増しているのだが、マサヤは気付かずに呆気にとられる。
「じゃ、また、後で一緒にご飯食べようね。マサヤ兄さん」
そんなマサヤに手を振り、上機嫌でサヤネは船内へと入っていったのだった。