小説『マスター、お腹減ったんでちょっと出掛け……すいません、ガンド撃たないで!』
作者:モアイ()

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         第十幕   マスター、それはないです。




「しぃあわぁせはぁああ、フンフフンフフフフ。だぁからフンフフフフフフンフン、一日フンフフン。二日でフンフフン、さぁ〜んぽあぁるいてフンフフ〜フフ〜ン」



「…………………………………」


「…………………………………」


「…………………………………」





完全に日が沈み、街の明かりが空を染める時刻。



最近の冬木の街は連続通り魔事件に加え、謎のガス漏れ事故が多発しており、夜ではあるが深夜というほどではない時刻でも人通りなどまるで見えない。



そんな街並を歩く四人。



うち三人は高校生ぐらいだろうか、客観的に見てこの時間帯では残りの一人が一目で大人とわかるほどの体格でなければ不審でしかない。



そんな四人の先頭を歩くのは赤いコートをきた黒髪ツインテールの勝ち気な印象の少女。




その後ろに居るのは普通なら一目で大人と判断するであろう体格の男性だ。



無地の黒いポロシャツにジーパン、不格好ではないがお洒落に気を遣った格好ではない。



良くも悪くも平凡と言える服装だ。



それに続くは同じような無難な服装に身を包んだ赤毛の少年だ。



少々幼さの残る顔つきだが、これと言って変わったところはない。



最後の一人は、その、なんというべきか。



青と白を基調にしたおそらくワンピースの上に薄手のフード付きジャンパーを羽織っているのだが、なぜかフードをかなりしっかりと被っている。



フードから覗く口元からは性別は窺い知れない。



体格の方も女性とも男性とも取れる。



ワンピースが見えなければ性別不明である。



そも、フードをしっかり被っているせいでなんというか、怪しい。



一人で歩いていたところにお巡りさんと出会ったならば即質問タイム突入間違いないだろう。



辺りを気にするように首を動かしている様も相まって。







この四人組はもちろん、凛とアーチャー、士郎とセイバーの聖杯戦争マスター御一行である。



先頭から凛、アーチャー、士郎、セイバーの順に並んで凛が口にした聖杯戦争の監督者の元へと向かっているのであるが。




凛と士郎の顔は暗い。



凛はこの聖杯戦争、殺しあいに士郎のような素人がマスターとなり、しかも最優のサーヴァントたるセイバーを引き当てたこと。



士郎は訳も分からず殺されかけ、殺しあいに巻き込まれたと告げられたのだ。


…………あと淡い憧れが粉砕された。


よりにもよって憧れの対象に。



そして個人的な理由以外にも二人に共通する理由。それは、セイバーのファッション……というかわざわざフードをしっかり被ったこと……もあるが今二人が暗い顔になっている最大の原因は。




−−−なんで鼻歌歌ってんのおおおおぉぉぉぉ!?



二人の事情などお構いなしに呑気に鼻歌を歌っているアーチャー、もといバカーチャーである。



なんでこいつこんな緊張感ねぇのとか歌詞分からないなら無理矢理歌詞歌おうとすんな半分くらいハミングじゃんとかこいつはほんとにサーヴァントなのとか、言いたいことはあるが口には出さない。



…………………口に出した方が疲れることは明白だからだ。





−−−なんでこんなことになったのかしら………………。




バカーチャーのマスターたる凛は衛宮邸から出発するまでのやり取りを思い出してみることにした。





………………現実逃避も兼ねているのは、言うまでもない。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



凛side



「……………で、衛宮君はどうして塩むすびなんて作ってこのバカにあげたのかしら?」



「いや、なんでって………………お腹空いてたみたいだから?」



「いや、貴方がしたんでしょう?」



はあ、と衛宮君のどこかズレた返事に盛大に溜息を零す。




後ろの方から誰がバカなんすか俺はバカーチャーあっ間違ったアーチャーっすよ、とバカっぽい声が聞こえてくるが関係ないので聞き流す。




「いい、衛宮君。貴方は殺されかけたんでしょう?それなのに見ず知らずの相手に食べ物を食べさせるなんてどうかしてると思うわよ?」



少なくとも一般常識を持ち合わせていれば普通はしないだろう。



セイバーもうんうんと首を縦に振っている。



「いやさ、二度も殺されかけてた相手を警戒しろっていうのか?遠坂は」



−−−ほああああああああああ!!

−−−みぎゃああああぁぁぁぁ!?



衛宮君の言葉を聞いて頭に浮かんだのは、奇声をあげながら避けるなっさけないうちの弓兵(バカ)の姿だった。




思わず同意しそうになってしまったがそれでは意味がない。



なので出来うる限りのポーカーフェースでごまかすことにする。



「な、なにを言っているのかしらえ衛宮君。うちのバカーチャーが殺されかけた?そんな訳ないじゃない、腐ってもサーヴァントなんだから。絶対、きっと、多分」


「マスター、いくらなんでもそれはないっすよそれは……」


「やっかましいわよバカーチャー!!!!少し黙ってなさい!!!!」


「マスターマスター、平常心平常心。落ち着いてくだせぇな」



「だ か ら !!! もとはといえばあんたがぁぁぁ!!」









ずずぅとお茶を口に含み高ぶった気分を落ち着かせる。



「ごめんなさいね衛宮君、うちんところのバカが騒がしくて」



「あ、あぁ。構わないけど、ご近所に迷惑になるかなぁなんて」



とりあえず衛宮君には許して貰えたし、さっさと教会に行きましょうか。



どことなく衛宮君の身体が震えて見えるのは気のせいだろう。



……………気のせいだと信じたい。



「それじゃ、セイバーには霊体……あぁごめんなさい。出来ないんだったわよね」




衛宮君がボソッと、ヘッポコで悪かったなと呟いた気がしたが空耳だろう。



笑顔を浮かべ尋ねたが、なんでもないと答えてくれたし。



さて、あとは衛宮君にセイバーに目立たない格好をさせて貰えばもう問題はない。




はずだったのだが………………。









「それじゃセイバー、せめて鎧を脱いでくれないか?」



「いえ、それはできません。いつ敵が来るかも知れないのに鎧を脱ぐなど、無用心極まりない」



「いや、でも…………」



「いくらマスターであるシローといえどこればかりは譲れません」



どうにもこのセイバー。かなり頑固なようである。



いくらなんでもこんな類いの命令を聞かせるのに令呪を使う訳にもいかないし、使う奴もいないだろう。



衛宮君が家の奥から鎧の上からでも着れそうなレインコートを持ってきたが如何せん目立つ。



さて、どうしたものか…………………。



「おおぅ、なかなかに頑固ですねぇセイバーさんや」

「む、どういうことですかアーチャー」



「いや、だってさぁ、そんな格好で歩いてたら敵と戦う前にお巡りさんと戦うことになりそうだから士郎さんが気ぃ使ってると俺は思うんでさぁ」


「しかし、それでは…………」



「それにこの聖杯戦争は秘匿されるべきものなんですぜセイバーさん。いくらなんでもその格好はないと思うっすよ〜?」


「…………………なるほど、いわれてみれば確かに。シロー、申し訳ありませんでした。アーチャーにいわれるまで私はこれらのことに気付けなかった」


「いや、分かってくれれば良いんだ。」





バカーチャーの奴、なかなかやるじゃない。



少し、見直したわ。



「ワンピースだけでも目立つな。どうするか……」



「このジャンパーでも着させてくだせぇ」



「すまない、アーチャー。礼を言う」


「塩むすびだ」


「……………………………はっ?」



「お礼と言うならば塩むすびを要求する!!!一つや二つじゃない、全部だ!!!!!!」





「………………えっ、あっ、ええぇぇぇ!?」




………………………………前言撤回だ。



「なに言ってんのよ……………こんのバカーチャー!!!!!」


「さぁ、さぁ、さぁさぁさぁ!!ハリー!ハリー!ハリーハリーハびッ!」



とりあえずふざけたことを抜かし続けるバカーチャーの後頭部を力一杯ぶん殴り沈黙させる。





空気がかなりおかしなことになってしまったがとりあえず監督者のところへ向かうと話し、ようやく話が進展したことに胸を撫で下ろしながら衛宮邸を出発したのだった。









〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





……………………………バカーチャーがバカーチャーでしかない確認にしかならなかったわね。





ふと後ろを見れば、頭の後ろで手を組みもはや完全に歌詞が分からなくなったのか同じリズムを鼻歌で歌いながら後ろ…………セイバーの様子を気にしているバカーチャーが目に入る。




………なんか余計なことしなけりゃ良いけど。



「なぁなぁ、セイバーさんや」



「どうかしましたか、アーチャー」



「なんでそんながっつりフード被ってんの?」




「「ッ!!」」




思わず息を呑む。



今まで緊張感を滾らせていたセイバーに対して疑問に思っていたことだ。



べつに今すぐ知らなければいけないことではないし、なんか余計なことを聞いたら怒りそうな雰囲気が漂っていたせいで聞くに聞けなかったのだ。



聞こえてきた息を呑む音からすると衛宮君も同様のようだ。



思わず足を止め耳を澄ます。







「…………? これはこうしなければならない衣服ではないのですか?」












だからこんな気の抜ける答えを聞いて古臭いコントばりにずっこけてしまった私と衛宮君は、悪くはないと信じたい。




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