第十一幕 マスター、普段の行いって大事です。
「監督役ってここにいるのか?」
士郎は到着した場所にある建物を見て呟く。
荘厳な雰囲気を醸し出す、屋根のてっぺんに十字架がある洋風の大きな建物。
「えぇ、ここ…言峰教会がそうよ」
その大きな教会を見上げる士郎に凛が応える。
「シロウ、私はここに残ります」
そんな士郎に、毅然とした様子でセイバーは告げる。
ちなみに士郎にきちんと説明を受けたのでフードは下ろしている。
「私はシロウを守るためについて来たのです。目的地が教会なら、これ以上遠くへは行かないでしょう」
「んじゃ、一人っきりにする訳にいかないんで俺もここに残りま〜す」
説明するセイバーの凛とした声が止むのとほぼ同時に、緊張感なんぞ知ったこっちゃねぇと言わんばかりの力が抜けるような間延びした声でバカーチャーも発言する。
「アーチャー、それは私が頼りないということですか」
「うんにゃ、こんな時間にこんな場所で可憐な少女が一人きりなんて人が来たら目立つっしょ。お巡りさんなら間違いなく声かけるでしょうし」
「バカーチャー、なんかやっすい口説き文句みたいに聞こえるわよその理由だと」
凛の一言に士郎も首を縦に振る。
「いやそんなつもりねぇですから。セイバーさんもそんな難しい顔しないで……べつに頼りないとかそんなんじゃねぇっすから」
どこかムスッとした顔をしていたセイバーだったが、それならばといった様子で辺りを見回しはじめる。
「マスター変なこと言わんでくだせぇよ。そんな軽く見えますか、俺って?」
「あら、自覚なかったのかしら」
普段の行いって大事なんすね、などと呟きながらしゃがみ込み地面にのの字を書くバカーチャーを尻目に凛は教会の入口に向かって歩みを進める。
「ちょっ、ほっといていいのか遠坂」
「平気よ。あいつは三秒もあれば平然と立ち直るわよ」
ほら、と凛が指を指した先。
「はあ、塩むすび美味しかったな。鮭むすびも食いたくなってきた」
何事もなかったかのように独り言を呟きながらキョロキョロと辺りを見回すバカーチャー。
セイバーから静かにしろと言わんばかりに視線をぶつけられているが、お構いなしにおかかだの昆布だのタラコだのおむすびの具を呟いている。
その様子は、セイバーが一人でいるよりもはるかに不審である気がしないでもない。
「…………なんか、ごめん」
「べつにいいわよ。………だいぶ慣れたし」
そんな様子を見た士郎の呟きに、凛は思わず悲しくなりそうな呟きを漏らす。
そしてマスター二人はそんな妙な空気を振り払わんがごとく教会の入口へと足を進めるのであった。
セイバーside
まったくもって訳が分からない。
なにが、といわれれば赤い服を着た魔術士………シロウが言うには遠坂凛という名だったはずだ……のサーヴァントである、おそらくアーチャーであろう男のことだ。
なぜおそらくなどという表現をするのかといえば、マスターからバカーチャーと呼ばれているからだ。
この時点で最早おかしいのだが、本人も軽く訂正する程度でへらへらと笑っているだけというのが信じられない。
サーヴァントとしてこの聖杯戦争に参加している以上、英霊と成りうるほどの偉業を成し遂げたということなのだから誇りがあるはずと思うのはおかしくないはずだ。
実際私が認識不足で至らないがために無駄にしかけてしまったマスターの配慮を、敵である筈の私に指摘するところなどは大した器であると思うのだが。
「うぅ〜ん、ツナマヨやエビマヨネーズも捨て難い………いや、自分で作るにはツナマヨはともかくエビマヨネーズはハードルが高いな。どうしよう、おむすびの具について考えてたら腹減ってきたなぁ」
………………一人でぶつぶつとおむすびという食べ物について呟いている姿はとても英霊たるものとは思えない。
おむすびとはそこまで美味なものなのだろうか………………。
いやいや、魔力をもって存在を維持するサーヴァントには食事など必要ない。
…………だが、食事によって微々たる量ながら魔力消費を抑えることができる。
シロウに一度進言するべきか。
けしておむすびなるものを食べたいがために理屈を考えている訳などではない。
…………………少々話が逸れてしまった。
つ、と視線をアーチャーに向ければいまだにぶつぶつと何事かを呟いている。
がっしりとしている訳ではないが均整のとれた体格はおよそ貧弱とは程遠い。
しかしその顔つきはユルユルとだらしがなく、戦士や英雄特有の覇気などとは縁もゆかりもなさそうである。
出会い頭から今に至るまで、その行動のほとんどが戦士とも英雄とも思えない。
だがアーチャーのクラスのサーヴァントとして存在する以上、何かしらの英雄でなければおかしい。
もしかしたら私を欺く為の演技、とも思えなくはないが…………。
「セイバーさんセイバーさん、そんなにこっち向いてどうかしたんすか」
「ッ! いや、なんでもない。そちらはなにかあったか、アーチャー」
あまりにもアーチャーに注意を向け過ぎていたようだ。
周りへの警戒が疎かになっていた。
……そうだ、アーチャーの素性など気にする必要などない。
敵となるのならば我が剣をもって切り捨てれば良いだけの話だ。
私は聖杯を手にしなければならない。
……………………なんとしてもだ。
だが、その前に一つはっきりさせておこう。
「アーチャーどうした、私の顔になにか付いているのか?」
なぜ先程からこちらに、私の顔に視線を送るのか。
「いや、ついてるっちゃついてるって感じですけど…………そのアホ毛」
「これはアホ毛ではないくせ毛だ」
「いやどうでもい……すんませんした」
「わかれば良い。それで、私のくせ毛がどうかしたか?」
「触っていいすか」
ふむ、私のくせ毛を触りたいと。
……。
…………。
……………………。
「はあっ!?」
「そのアホ…ゲフン、くせ毛を触らせてください」
「なにを言っているのだアーチャー!?」
「だから、そのくせ毛を触らせてください」
「いやそういうことを言っている訳ではない!!なぜ触りたいなど言ったのだ!!!」
「いやだってそんな重力に逆らってミョンって立ってるなんて、どんな感触かすげぇ気になるじゃねぇすか。だから握らせてくださいお願いします」
「そんな理由で誰が触らせるというのだ!!というか触らせて欲しいから握らせて欲しいに変わっているではないか!!!」
「いいじゃねぇすかくせ毛の一握りや二握りくらい」
「いい訳がないだろう!?なんだ一握りや二握りとは!!そもそもこれは私の首と同じくらい重要なものなのだほいほいと握らせなどするものか!!!」
「……………元凶の俺が言うのもなんなんですけど、それって真名とか分かっちゃいそうなんすけど大丈夫っすか?」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」
アーチャーについて、ひとつだけ分かった。
「セイバーさ〜〜ん、なんか急に黙っちゃって大丈夫で〜すか〜〜?」
「アーチャー、そこに直れ。貴様のそのふざけきった性根を叩き直す」
「あれ、セイバーさん?なぁんか目死んでますよ?ていうかその構えだと身体に切り傷が刻み込まれそうなんすけど…………ちょっ、マジですいませんでしたああああぁぁぁぁ!!!!」
「もう、遅いッ!!!」
あぁ、ランサー。
貴方は私と闘う前にアーチャーと会っていたのですね。
「ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!もうアホ…いやさ、くせ毛触らせてなんていいませんからああぁぁ!!」
なるほど、確かに。
知らない方が、良かった。