小説『マスター、お腹減ったんでちょっと出掛け……すいません、ガンド撃たないで!』
作者:モアイ()

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       第十二幕   マスター、名前を聞くのは大切です。




士郎side




「改めて聞こう。衛宮士郎、選ばれしマスターとしてこの聖杯戦争を戦う意思があるやいなや」



目の前に立つ神父にして遠坂凛の魔術の兄弟子、聖杯戦争の監督役である長身の男。

言峰綺礼が問い掛ける。



「−−−戦う。十年前の火事の原因が聖杯戦争だって言うんならあんな出来事、二度と起こさせるわけにはいかない」



その問い掛けに、はっきりと参加する意思を口にする。


十年前、冬木市の新都において起こった大火災という悲劇はこの聖杯戦争が原因だというのだ。



遠坂によればあくまでも自分以外のサーヴァントを排除すればいいのだが、マスターを殺すことが最も効率が良いようだ。



このことを知った以上、俺が俺である限り。

衛宮士郎が衛宮士郎である限り。



見て見ぬふりなんてできないし、するつもりもない。



「決まりね。さぁ、帰りましょ」



くるりと扉に向かって歩きはじめる遠坂。



同じく家に帰るために振り返り。



「喜べ少年、君の願いはようやく叶う」



その背に神父の声がかけられた。



その言葉に思わず顔を向けた。



「明確な悪がいなければ、君の望みは叶わない。たとえそれが君にとって容認しえぬことであろうと、正義には対立すべき悪が必要だ」



…………なにを、言っているんだ…?



まるで俺の夢を、望むことがなんなのかわかりきっているような…。



「君にとって、最も崇高な望みと最も醜悪な望みは同じ意味を持っている。なに、取り繕う必要はない。君の葛藤は人間としてとても正しい」



そんな神父の言葉になにも返さず足を扉に進める。





どういうわけか、その言葉が鼓膜に、頭に張り付くような感覚を覚えながら。












「のわああああぁぁぁぁああああ!!!」


「避けるなっ!アーチャー!!そこに直れっ!!!」




「……ハァァァ」





扉を出ると、情けない声で跳んだり跳ねたりしているアーチャーにそれを追い回しているセイバー、その様子を見て額に手を当て深い深い溜息をつく遠坂がいた。



「なんだ、これ……?」




「分からないわ。まあ、多分バカーチャーが原因なんでしょうけど……………。衛宮君、悪いんだけどセイバーを止めてくれないかしら」




「あ、ああ。そうだな。」






俺が思わず口にした疑問に遠坂が答えた。



途中なにかボソッと小声でなにか言っていたが、そんなことよりもセイバーを止める方が先だ。




「セイバー、止めるんだ!!!!」


「シロウ!そこをどいて下さいっ!!!私はそこのアーチャーの性根を叩き直さねばならぬのです!!!」


「一体どうしたって言うんだ!」




「いや〜〜、くせ毛触らせてくれって頼んだんですよ〜」




「貴方は握らせてくれとまで言っていたではないですか!!シロウっ!邪魔ですどいてください!!アーチャーを叩き斬れないではないですか!」

「ちょっ、セイバーさん叩き直すんじゃ!?」



なにがなんだかよく分からないが、アーチャーがセイバーになにかをして怒らせたらしい。



「ちょ〜〜っと良いかしら」



がやがやと騒がしい二人の間に遠坂の声が響く。



惚れ惚れとするような笑顔を浮かべているが、なぜだろう。



まるでランサーに襲われていた時のような感覚が背中を走るのは。



「とりあえず、セイバーがバカーチャーを追い回したのはバカーチャーのせいなのね」




「ええ、その通りです魔術士(メイガス)」



セイバーは遠坂の言葉にウンウンと首をふりながら答える。



「よぉぉぉく分かったわ。バカーチャー、あんた」



遠坂はスウ、と人差し指をアーチャーに向け。



「……一遍死ぬまで反省なさい」





そう告げた。



ああ、そうか。



この笑顔がこんなにも背筋を凍らせるのは、目がまったく笑ってなかったからか。




「ちょっ、マスター、すいま…アッーーーーーー!!!!!」




遠坂の放つ黒い魔力の塊がアーチャーに殺到する。



隣では、セイバーが当然の報いだといわんばかりに頷いていた。



おかしいな、さっきまでの聖杯戦争に対する思いとかあのなぜか胡散臭い神父の張り付くような言葉が一気に消えていくような…………。




まあ、とりあえず。




「……………なんでさ」









士郎sideend




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜







「少々取り乱してしまい申し訳ありませんでした。シロウ」



「いや、分かってくれればかまわないさ」



−−−少々、だったかなぁ?



自身の家への帰路につきながら、セイバーの謝罪にふとそんなことを思ってしまう士郎。



「あーなーたーはかみのけーありますかーありますかーありますかー、は〜げっぱ〜げっそんなのフフフンフーフフフンフフフッフフフ〜」



「………………………………うっさいわよ、バカーチャー。ていうかなに歌ってんのよ」



「すんません、わかんないっす。なんだっけかなぁ〜」


「わかんないならべつに」
「思い出しました!!小フーガハゲ短調っす!!」





「……どうでもいいわッ!心底どうでもいいわッッ!!」


「聞いといてそりゃないっしょ、マスター」




視線をずらしセイバーが取り乱してしまった元凶…………アーチャーを見遣れば、先程凛にガンドを大量に撃ち込まれたにも関わらず相もかわらず緊張感など感じさせない様子で鼻歌を歌っている。




凛の顔が疲れているように見えるのは、まず見間違いとは思えない。




本来ならば戦うべき相手なのだが、今の様子を見ていると士郎のただでさえ低い戦いに対する意識がみるみるしぼんでいってしまっても不思議でもなんでもないだろう。





そんなこんなでたどり着いた十字路、凛と士郎の家への道はそれぞれ違う方向だ。



「これで義理は果たしたわ」



凛は士郎にそう告げると自身の家への道へ足を向ける。


「………遠坂っていい奴なんだな」


「ハァ?」



だが士郎の一言に思わず顔を向ける。



「おだてたって、手加減なんてしないわよ?」



「おだてるだなんて、そんなつもりはないさ。遠坂は敵である俺にいろいろと教えてくれたじゃないか」


「そう、でも今度会ったら敵同士なんだから覚悟しておきなさい」


「………………俺は闘いたくないな。遠坂のこと、わりと好きだし」





「は、ハァッ!?何言ってんのよあんた!?」



「マスター、顔がなんか赤いですぜ」



「うっ、うるさい!!あんたは黙ってなさいっ!!!」





突然の士郎の言葉に文句を言いそっぽを向く凛だったが、アーチャーのからかい通りその頬は赤い。



その後の台詞も相まって照れていることが駄々漏れである。




そんな聖杯戦争という、殺し合いらしからぬ雰囲気は。



その場に満たされた膨大な存在感と魔力によって打ち砕かれる。




「シロウッッ!!」






その二つを満たす存在は今の状況……聖杯戦争中ということを考えれば、おのずと導き出される。




セイバーは自身のマスターたる士郎に注意を促すべく声を上げ。










「ワッチャネェェェェィィィムッッ!!!!」




アーチャー、いやバカーチャーの張り上げた叫びで士郎、凛、セイバーの間に流れていた緊張を孕んだ空気がぶち壊される。






「あんたはなにを言ってんのよ…………こぉんのバカーチャーーーッ!!!!」


「いや、名前を尋ねるのは礼儀だと思いますぜマスター」



「そんな場合じゃないでしょうがッ!!!」





クスクスと鈴を転がすような笑い声が響き、おのずと視線が発生元へと向けられる。





「これでも日本語は得意だから、わざわざ英語で尋ねなくても大丈夫よ。おじさん?」

「おっ、おじ、おじさっ、おじさん…………だと……………」




その視線の先にいたのは純粋という言葉が似合いそうな、銀髪に紺のコートと帽子が特徴的な幼女だった。




ちなみに純粋そうな子供からの(おそらくは)悪意のないナチュラルなおじさん発言は、バカーチャーの精神にクリティカルヒットした模様である。




四人の中では最も身体が大きく、大人と印象づけられるのが自然とはいえ、子供におじさん扱いはバカーチャーでもかなりきついようだ。






その場で四つん這いである。





「こんばんは、お兄ちゃん。こうして会うのは二度目だね」




銀髪の幼女の言葉に、士郎も凛もセイバーも、もちろん現在進行形で精神が瀕死状態のため四つん這いになっているバカーチャーも言葉を返さない。



いや、返せない。



幼女の後ろにそびえ立つ、膨大な魔力と存在感を放つ巌のような大男……おそらくサーヴァントが、目の前の幼女を聖杯戦争……殺し合いに参加するマスターだと証明しているからだ。


















ちなみに、バカーチャーが口にしたワッチャネームという言葉。


英語表記だと、What’s your name?



日本語に訳すと、お前の名前はなんだ?と、礼儀もなにもないかなり失礼な言い回しになってしまうのだが。



そのことを指摘する者は誰一人としていないのであった。











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