小説『マスター、お腹減ったんでちょっと出掛け……すいません、ガンド撃たないで!』
作者:モアイ()

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     第六幕   マスター、現実にギャグ補正はないです。





日が暮れ、夜の帳が降りた時分。穂群原学園の屋上。




そこは今、学校の屋上には不釣り合いな緊張と殺気に満ちていた。



殺気を撒き散らすのは、フェンスの上に立っている青い髪に青い服装の青尽くしの男。



危なげない立ち姿からその身体能力が見て取れる。



人が出せるとは思えない殺気といい魔力といい、間違いなく遠坂凛とアーチャーの敵であるサーヴァントであろう。



「そこのあんたも、そう思うだろ?」




青い男が視線を向けた先は’霊体化した‘アーチャー。



霊体化したサーヴァントを感じ取れるのは少しばかりの例外を除き、マスターか他のサーヴァントのみ。



「バカーチャーが見えてる……こいつ、やっぱりサーヴァント!」



「バカーチャー?……まあ、そういうことだ。………………で」




撒き散らされていた殺気が凛の元へと集中する。



「それが分かるお嬢ちゃんは、俺の敵ってことでいいんだなああぁぁぁッ!!」



裂帛の気合い、それと同時に手元へと魔力が集う。



そこに現れるは紅い槍。




それを見た凛はくるりと背を向け駆け出した。




青い男はフェンスの上から跳躍する。



それを背にし、青い男が跳んだフェンスの正反対の腰よりも少しばかり高い手すりに手をつき。



「バカーチャー!着地、任せた!!」



跳躍。



普通ではどうあっても、どう見ても自殺にしかならない。



運が良くても、入院生活が待っているだけである。



だが、しかし。



地面に着く、いや衝突寸前の距離で不自然な減速。



凛はちょっとした段差を跳んで降りたかのような着地をすると、まるでそうなることが当たり前のように気にもせずに再び駆け出す。





「あいつの武器は槍よ。早く私達に有利な…ッ!」



凛の言葉は道を塞ぐように目の前に現れた男によって遮られる。



普通ならばありえない、だがしかし。



それを為すのが英霊、サーヴァントである。



凛が後ろに飛びのき、アーチャーが盾になるかのように実体化する。





「ほおぅ、話が早くていいねぇ」




おそらく槍兵、ランサーのクラスであろう青い男が軽口を叩く。



もっとも、その身体から放たれる殺気と闘志は薄くなるどころかますます濃くなる一方ではあるが。




それに対し、アーチャーも口を開く。








「それほどでも。ピチパツ全身青タイツさん」





「「ぶッ!」」









………………………どうやら殺気だの闘志だのではこのアーチャー、もといバカーチャーはシリアスにはならないようである。


ほんとにサーヴァントなのか、こいつ。



「あいつの武器は槍って言ったわよね!?普通ランサーでしょうがこのバカーチャー!!」




「お嬢ちゃんの言う通りだ!だいたい誰が全身青タイツだ!?これは鎧だ鎧!!」




先程までの殺気、闘志、緊張感が吹き飛ぶ。



本来敵同士の凛とランサーがそんなこと関係ないと言わんばかりにツッコミをかます。




「てめぇはそれでもサーヴァントか!?」



「そうよ!だいたいこいつが槍を持ったところを見た上で私が槍って言ったでしょうが!?目や耳もバカになったのバカーチャー!!」



「まったくだ!てめぇにゃ緊張感ってもんがねえのか!?」



「まあまあ、お二人さん。あんまり怒鳴ると喉痛めますよ。落ち着いて落ち着いて」




「「誰のせいだ誰の!!!!」」



ぜえぜえはあはあ息を切らした様子の二人は互いの顔を見遣ると、しっかと固い握手を交わす。



互いにバカーチャーに対するツッコミで親近感でも湧いたのだろうか。



笑顔を浮かべ、今にも互いを労い始めそうである。



ツッコミがきっかけなのだからツッコミ同盟とでも呼ぶべきか。



もうこの二人で聖杯戦争に参加してもおかしくはない雰囲気である。




「いやいや、鎧っぽいのは肩ぐらいで割れてる腹筋とか筋肉がピクッて動くのがくっきりはっきり見えるようなそれが鎧な訳ないでしょ。タイツでしょタイツ。全身青タイツさん」




「やかましいわ!!こいつは魔術的な加護があるからそのへんのちゃちな甲冑よりもしっかりしてんだ!!なあ、魔術師の嬢ちゃん」




「………ぷっ、くくく」




「お嬢ちゃぁぁぁんん!?」



ツッコミ同盟、あっさりと瓦解。




なんとか吹き出さないようにしようとしてはいるが堪え切れておらず。



そもそも横に顔を背けている段階でもうほとんどごまかせていない。







「…………………………………………さて、見れば分かる通り、俺はランサーだがお嬢ちゃんの言い方からするとてめぇはアーチャーか?」




話が進まないと思ったかランサーが大幅にズレていた話の軌道を修正する。





若干目元に輝くなにかがあるのは気のせいだろう。……………気のせいにしておこう。




「そうっすよ」




やはり緊張感が著しく欠如した返事を返すバカーチャー。




ランサーの口元がひくつく。額に青筋が浮かんでいるのも気のせいではないだろう。



「バカーチャー…ぷっ、あんた…クッ、クククッ……大丈夫なの?」



「いや、マスターこそ大丈夫っすか?そこまでツボにはいることでもないでしょうに……」




人間、ふと気が付いたことはわりと長い間目につくものである。



「まあ、大丈夫っす。死にはしないように頑張りますから」



「へっ、言うねぇ。遠くから狙い撃つのが取り柄の弓兵が」




ランサーが、手に持った紅い槍を引き絞り構える。



「いいわ、バカーチャー。あんたの実力、私に見せてみなさい!」





「ぼちぼち頑張ります。」


「そこまで言うならやってみな。ただし、手加減なんかしてやんねぇがな」




「………お手柔らかにお願いします」



「はっ、断る」




再び殺気と闘志、緊張感が場を満たす。



しばしの静寂の後。





「ハアアアアァァァァッ!!!!」



裂帛の気合い、同時にランサーが駆け瞬きする間もなく自身の間合いへアーチャーを収める。




そして放たれるは神速という表現でなくば表せられない突き、突き、突きの嵐。



本来ならば点でしかない突きが引き戻すことすら確認出来ない速さで繰り返される。



一度の突きでさえ比喩でなく弾丸の速さで繰り出されるにも関わらず、その速度は衰えることなく。



むしろより速くなる。


それはもはや点ではなく面。


紅い壁。




凛の目には突きの繰り返しではなくただ紅い壁を押し付けられているようにしか見えない。



おそらく、どんな武術の達人だろうとランサーの突きを見切ることは出来ず、一突きでただの骸になり果てるだろう。



そんな紅い壁と化したランサーの神速の突きを。



「ほわあああああああああああああ!!!!!」



飛びのき。


「ひいいいいいぃぃぃぃぃいいいい!!!」



屈み込み。



「へあああああああああぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁ!!!!」




地面を転げ回りながら回避するアーチャー。




その様はどこまでも無様でどこまでも滑稽。



まるで道化の如く、まるでギャグ漫画の如く。



ランサーの武芸とは対極な有様である。




−−−−ああ、完全に詰みだわ。どう足掻いたって勝てる気がしない…………。



凛がこのように思っても誰も責めはしないだろう。



むしろ慰められて然るべきである。








「アアアアアアアアァァァッ、オラァァァァッ!!!」



「ひぎいいいいぃぃぃぃぃぃいいいい!!!!」



ランサーの壁を連想させる何百何千、何万もの突きの嵐を、無様に滑稽になんとか回避したアーチャー。



「ちっ、ふざけやがって!俺の突きを真正面から回避し続けるなんざ、どこの弓兵だてめぇはぁぁぁぁ!」



「んなっ、ことっ、ひぎッ、言われっ、てもっ!!」



紅い弾丸と化した突きに線にしか見えない薙ぎ払い、巧みなフェイントを織り交ぜた猛攻をやはり奇声をあげながら避ける。




その動きは大振りで、武術のかけらも見当たらない。




だが運がいいのかなんなのか、未だにランサーの槍をその身に受けずにいるアーチャー。




「埒が明かねえ、しょうがねぇ。使うか………ッ!」


「ひぃ、ッ!」



突如動きを止めある方向を向く二体のサーヴァント。


凛も釣られてその方向へ顔を向け、息を呑む。



そこに見えたのは穂群原学園の男子制服を着た背中。




関係ない一般人のもの。




−−−しまった!巻き込んだ!!!


凛が思うとほぼ同時。




「ちっ、この勝負預けた!!!!」





口封じの為にランサーが跳び。




「断る」





アーチャーが跳躍したランサーの足首を掴んだ。





「「はっ?」」




一瞬の空白。



そしてランサーは万有引力の法則に従い。



「あべしッ!!」



着地した。




ただし、顔面から。



「てめぇ、なにしやがる!!!!」



がばり、と跳ね起きたランサーが鼻血をたらしながらキレる。


いや、当然ではあるが。



英霊としての威厳的ななにかは感じ取れない。



「いやぁ、隙あったんで」


ある意味で正論を吐くアーチャー。


ただし、空気は読めていない。



「見られたんだ!口を封じに行こうとしたんだよ!!」


「なるほど、俺が面倒な口封じをするから見逃せと」


「ぐっ…………まあ、そんなとこだ。じゃあな」



再び跳躍するランサー。



「だが断る」



またしても足首を掴むアーチャー。



結果ランサーは万有引力に従い。



「ひでぶッ」



再度、顔面から不時着。



「てめぇ、離しやがれえええぇぇぇ!!!!」


「ひわぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」



振るわれた紅い槍に飛びのくアーチャー。



ひょっとしたら阿修羅を凌駕するほどの怒りが浮かぶ顔面のランサーに凄まれたからかもしれないが。





ランサーはそのまま文字通り消え去る。



霊体化したのだろう。



フゥ、と息をつくアーチャー。



「バカーチャー、あんたこれから回避に集中し続けなさい」



いつのまにかアーチャー、もといバカーチャーの横にいた凛はそう呟いた。






凛side




「あいあい、マスター」




バカーチャーが気の抜けるような返事を返す。




いくら知名度補正がないとはいえ、ああも圧倒的だと鬱になるわね…………。




それにしても。




「あんた、ギャグ補正でも掛かってんじゃないの?」



あんな素人丸出しな動きでよく回避し続けたものだ。




「漫画じゃないんだから三次元にんなもんないですよ、マスター」


「………三次元?」




「いや、なんでもねえっす。気にしないでくだせぇ」



「まあ、いいわ。ところであんた、よくランサーの足首なんか掴めたわね」



「勘っすよ。俺、ウナギとか掴むの得意でしたし」



「サーヴァントをウナギと一緒にすんな、バカーチャー」



「そんなもんすか?」


「当たり前よッ!!」




…………なんかやたらと疲れたわ。



「帰りましょ、バカーチャー」


「あれ、良いんすかマスター?」



うん?



「なにがよ。くだらないことだったらガンドよ」



「いや、俺らのこと見ちゃった一般人のことっすよ」




……………………………………………………………あっ。





「そんな大事なこと、もっと早く言いなさいよバカーチャー!!!!」



なんで私はこんな一大事を忘れてるのよ!!!!




「すいませんっす!!!確か赤毛だったっすけど家とか分かったりするんすか」




………………嘘。なんでよりによってあいつなのよ………。





「知ってるわ、とっとと行かないと手遅れに…………なんで鳩が豆鉄砲食らったような顔してんのよ」


「いや、心の贅肉云々はどうしたっすか」




「ッ!!私はこの冬木のセカンドオーナーなのよ。勝手にこの町の人間を殺されちゃ困るの。だからバカーチャー、ニヤニヤするな!とっとと行くわよ!!」



「はぁ〜〜〜〜〜〜〜い」



「返事は短く一回よ」



「ちょっ、マスター、潰さないで」


「返事はまだかしら、バ カ ー チャ ー ? 」


「はい、マスター!!わかりましたのでガンドは勘弁を!!!!」


「ならとっとと行くわよ!」
















……………………………この聖杯戦争、勝てるかどうかどころか生き残れるかも不安になってきたわ。







-6-
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