小説『マスター、お腹減ったんでちょっと出掛け……すいません、ガンド撃たないで!』
作者:モアイ()

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    第七幕  マスター、今回は完全に蚊帳の外みたいです。






「なんだって言うんだ、あれは………!!」



ぜえぜえはあはあと息を切らしながら、それでもそんなことなどお構いなしに一心不乱に走る少年。



彼の名は衛宮士郎。



なぜ彼がこんなにも必死に走っているのか。



それは、少々時間を遡る。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





「はぁ〜〜、終わった終わった」



場所は穂群原学園の弓道場、そこに士郎はいた。



「げっ、もうこんな時間か。とっとと帰らないと」



ふと気がつけばもうとっぷりと日は暮れ、夜の闇が広がっていた。



なぜこんな時間まで彼が弓道場にいたのか。



理由は単純、彼の親友である間桐慎二に弓道場の掃除を頼まれたからである。



もともともう一人の親友である柳洞一成にストーブの修理を頼まれており、部活に所属していない生徒にしては遅い時間に帰宅しようとしていた。



そこへ弓道部の活動を終え、大勢の女子を侍らせた慎二が女の子と遊びたいから掃除を変わってくれと頼んだのである。



普通ならば断るであろう状況だが士郎はあっさりと承諾した。



そして感謝の気持ちをかけら程度にしか感じ取れないお礼を受け取り、開始した掃除に熱を入れ過ぎてしまい今に至ったのである。



いや、だいぶおかしな話ではあるが。



極度のお人よしと周りから言われ、自覚している士郎にとっては普段と大差ない出来事であった。




事実、もしこの出来事を彼の周りの人間が知れば苦笑いを浮かべたり、慎二に怒りを覚えこそするだろうが、誰もが衛宮士郎らしいと納得するだろう。




だが、しかし。



今日は、今日ばかりは笑い事では済まない。









「ほわあああああああああああああ!!!!!」





後片付けを終わらせ、帰宅するべく校門へと急いでいた士郎の耳になんとも情けない声が届く。




「なんだ、今の?人の声………?」




士郎はそう呟くと声が聞こえてきた校庭へと足を向けた。





もしも運命の分かれ道があったとしたならば、この時だっただろう。



もしも空耳と考え帰宅していれば、普通の日常を過ごせたのかもしれないがもう遅い。




運命は、もう定まった。













「…………ッ」



息を呑む。



フェンス越しに視界に入ってきたそれは、士郎から言葉を奪うには十分だった。



フェンスの向こう、校庭のほぼ中央。



紅い槍を振るう青い男。



その男が放つ槍は引き戻す様がまるで見えず、紅い壁かなにかを押し付けているようだ。



武術の心得などほとんどない士郎にもその技量が窺い知れる。



そしてそれとは対照的な、素人丸出しと士郎にも感じ取れるほど大袈裟な動きで、情けない悲鳴をあげながらなんとか回避出来ている男。



槍を振るう男がまるで全身タイツのような格好をしているのも相まって、なんとも現実味に欠けた状況だが、しかし。




たった一つ、現実味のない状況が他でもない現実だと理解させる要素がある。







殺気だ。



チリチリと肌を刺すような感覚。




情けない悲鳴をあげる男に向けられているであろうにも関わらず感じ取れるほどの殺気が、目の前の状況を現実だと理解させる。





ふと、昼休みに友人の一成が話していた内容が頭に浮かぶ。


最近、冬木市で起きている通り魔事件において使われている凶器は長物…日本刀や槍らしい。



昼食を食べながら話す内容ではないが、噂話としてはごくごく普通だろう。



ただし、あくまで噂話の領分であれば、だが。



今目の前で青い男が振るうのは紅い槍。


長物である’槍‘だ。



−−−もしかして、あの男が…………?



そう思い当たった士郎は、知らず一歩後ろへ足を下げた。






運命という物は、残酷な物らしい。




パキリ、と。



たった一歩後ろへ動かした足が、たまたま小枝を踏み折ってしまった。



さらに間の悪いことに、たまたま青い男が槍を振るうのを止め、校庭の二人の間に一拍の静寂が訪れていた。




踏み折った音を士郎の聴覚が知覚した瞬間、内から沸き上がる生存本能に従って士郎は校庭に背を向け走り出した。




その判断は、間違っておらず。むしろ正解だったろう。



背を向け一歩踏み出した次の瞬間に、士郎はその背に先程とは桁違いの殺気を感じたのだ。



正面から向けられれば、腰が砕けそのまま槍が身体を貫く状況が頭に浮かぶ程の物をだ。



頭に浮かんだあまりにも現実味のない、しかし現実的な予測を振り払うように士郎は走り出したのだ。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




士郎side





校庭であまりにも現実味のない闘いに遭遇した俺は、すぐさま全力で強化魔術を用い家へと全力疾走した。




…………………そう、魔術を使ってだ。



今は亡きじいさん、十年前の大災害でなにもかも失った俺を引き取った衛宮切嗣から教わったのである。



ともかく、校庭にいたあの青い男、そして持っていた槍から魔力を感じた。



もうすでに家の中にまで来ることが出来たし、途中であの濃厚な殺気を感じることもなかったから振り切れたとは思う、がしかし。



魔術を使えるとなると話は別だ。



幸い桜……間桐桜、親友である間桐慎二の妹でちょっとした出来事から家へと来るようになった後輩だ…はもう家に帰ったらしくテーブルの上に料理と手紙が置いてあった。





今手元には藤ねぇ……藤村大河、担任にして保護者。ただしここ最近はご飯を食べに来るくらいしかしていないので保護者と呼べるかどうかは微妙である…が持ち込んだ鉄製のポスターがある。





……………。



なぜ鉄製のポスターなんて代物がこの世の中に存在するか少しばかり気にはなるが、今は関係ない。



手に持ったポスターに強化魔術を施す。




あの青い男とまともにやり合えるなんて思っちゃいないが何もないよりもマシだろう。



「それにしても、あいつは一体なんだったんだ………?」



あがっていた息も落ち着いてくると疑問が浮かんだ。




あいつは人間だったのか?


幽霊?いや、向けられた殺気は間違いなく本物だった。




なら一体……………………。



「ッ!!」



背中に氷の塊を入れられたかのような悪寒。




「あいつだッ!!!!」



ポスターを握る手に力を入れる。




勝てる、いや。


まともに闘うことも叶わないだろうが。



「なにもせずになんか、居られるかッ!!」



立ち上がり構える。




真後ろに物音。



「うっ、うあああッ!!」




そのまま振るわれた紅い槍を避ける。



どちらかと言えば転んだと言った方がいい情けない回避。



だか避けることは出来た。



そのままへたりこむ訳にはいかないので慌てて立ち上がる。




目の前にはあの青い男。




「悪いな坊主、ここまで来れたのは大したもんだが運の尽きって奴だ。せめて痛みを感じないよう、楽に殺してやる…よっ!!」



紅い槍が心臓目掛け突き立てられる。



だが。


見えない訳じゃ、ないッ!!



「クッ、ぐぅっ………」


「ほぉう、なるほど」



紅い槍は心臓に突き立てられはしなかったが、完全にはそらしきれず腕を掠る。



「ここまで来れたのは、運がよかったって訳じゃあなさそうだな。かすかだが魔力を感じる」




痛みをこらえポスターを正面に構える。




「何もしなけりゃ楽になれるってのによ………こんな弱い者イジメみてぇな真似したかねぇんだが、仕方ねぇ………行くぞッ!!」



気合いとともに紅い槍が振るわれる。



校庭の時とは比べ物にならないほど遅く、素人である俺にも防ぐことは出来るがあくまで直接槍が身体に当たらないだけだ。



二度三度と受けただけで強化の魔術で素の状態よりも頑丈になっているはずのポスターがもう見るも無残にベコベコで。



受けた腕は痺れてまともに力も入らない。




よろついたところに繰り出された突きを飛びのいて避ける。




校庭の時とは違い目に見えるが、ただそれだけで。



こんなにも手加減されていても、勝てるどころかまともに相手にすることもままならない。



このままではいずれ体力が無くなり突き殺される。




距離が離れたからか青い男が槍を投擲する。



それを再び飛びのき避ける。



ただし今度はガラス戸を突き破り、庭に出る。



もはやポスターはまともには使えまい。



だから庭にある倉へと走る。



がらくたが詰め込まれたあそこならまだマシな物があるだろう。




だがやはり青い男は人間ではないのか、恐ろしい速さで追い縋ると蹴りを放つ。



ただでさえ速いその蹴りを、ボロボロに疲れた俺が避けることなど出来る筈がなく。



脇腹へと吸い込まれるようにぶち当たり文字通り身体が飛ぶ。



勢いはそのままに俺の身体は倉の頑丈な扉に衝突する。



受け身など取れる筈もなく、肺の中の空気が根こそぎ吐き出される。



全身に走る鈍い痛みで飛びそうになる意識を必死に保ち、倉の扉を開く。


だが足がもつれへたりこむ。



「鬼ごっこは、これで終いだ。…………諦めな」


「ぐぅっ、くそおおぉぉ!!!!」


ポスターを振るうが、紅が一閃。



まるでガラス細工のように強化魔術を施したポスターが砕け散る。



ヒュンヒュンと二度ほど空気を切った槍がピタリと喉元へ向けられる。


「これで詰めだ」



言われるまでもない。手元にはすぐに構えることの出来る代物などなく、あったとしても取ろうとした瞬間に貫かれるだろう。



「ここまで持ちこたえるたぁ、わりと驚かされたぜ。ひょっとするとお前が七人目だったのかもな、坊主」



「し、七人目……?」



一体なんのことだ…なにを言っているんだ、こいつは………?



「まっ、だとしてもこれで終わりだ……」



「ふざけるな………救ってもらった命だ………簡単には死ねない………」



十年前、何人も何十人も見捨てて生き残った俺がッッ…………。



「こんなふうに意味もなく死ぬ訳にはいかないんだ!!………殺されるもんか!!!!」



突如、まばゆい光。



直視出来ないのは暗闇に目が慣れてしまったからという訳ではないだろう。



背に受けてそう判断出来るほどの光。



瞬間、後ろから風のようになにかが飛びだし男へと向かう。



その勢いに押されて、思わず尻餅をついてしまう。



そして俺は正面へと視線を向けて。



「……ッ!!」



息を、呑んだ。



「サーヴァント、セイバー。召喚に従い参上した」



俺は言葉を失った。あまりにも唐突に、さながらジェットコースターのように続けざまに非日常を体験したからなのか。



「問おう、貴方が私のマスターか」



いや、そうじゃない。


突然目の前に現れた少女に。


そのあまりにも現実離れした美しさに、俺は言葉を失ったんだ。




士郎side end





士郎の目の前に唐突に現れた少女は、およそ現実離れした容姿だった。



輝くような金色の髪に、エメラルドのような濃い緑の瞳。


それらを含め、さながら人形のように顔のパーツが整えられており可憐かつ、清廉な印象を受ける。



だがその装いは、青と白を基調としたドレスに鎧を縫い込んだかのような物々しい、武骨な物である。



しかし、その両方を持って凛々しいと感じさせる物だ。



背に倉の入口から差し込む月明かりと相まって、幻想的な芸術と化している。



士郎が言葉を失うのももっともだろう。



「マス……ター……?」



士郎が少女…セイバーの問いに言葉を返す。




「サーヴァントセイバー、召喚に従い参上した。マスター、指示を」




士郎は状況をほとんど把握していないが、セイバーは構わず言葉を続ける。



「これより我が剣は貴方とともにある。貴方の運命は私とともにある。ここに契約は完了した」




……………士郎にとって見ればなにもかもがちんぷんかんぷんだ。




ただし、言葉の端々に剣や運命などあまり穏やかとは思えない言葉は聞き取れた。




「……な」



「ッ!!」




−−−なんの話だ。



そう尋ねようとしたちょうどその時、セイバーは倉の扉の方向を一瞥し駆けた。



「なっ…まっ、待てッ!!」


突然の行動に一瞬面食らった士郎だがすぐに後を追う。




倉の外に出た士郎が見たのは、青い男と比喩でもなんでもなく火花を散らし闘うセイバーの姿だった。





青い男が槍を振るう度、セイバーの眼前や手元のなにも見えない空中で火花が散り、槍が弾き返される。



足元を突かれれば事もなげに青い男の頭を飛び越え距離を置く。



それを一飛びで詰め再び突き、薙ぎ、攻める青い男。



その攻めをなにも持たない筈の腕を振るい、火花を散らし受け流し、攻め掛かり、華奢に見えるその細腕で人を超えた速さと力で繰り出されたそれを受け止めるセイバー。



やはり、なにもない空中で。



「見えない……剣……?」



士郎の呟きは宙に浮かび、セイバーが青い男の突きごと腕を、見えない剣を振り下ろした際の甲高い金属音で掻き消された。



「卑怯者めっ!!自らの武器を隠すとは何事だッッ!!!!」



セイバーの一振りを後ろに飛びのき回避した青い男が吠える。



その言葉にセイバーは幾度かの斬撃で答える。



「どうしたランサー、止まっていては槍兵の名が泣くぞ。」



セイバーは言葉を紡ぐ。



その身の力も緊張も途切らせることなく。



「そちらが来ないのならば、こちらからゆくぞ」



「その前に一つ聞かせろ。貴様の宝具、それは剣か」



肉食獣を彷彿とさせる獰猛な笑みを浮かべ青い男、ランサーは尋ねる。



「さあ、それはどうかな。斧か、槍か、いや…もしや弓ということもあるかもしれんぞ?」




セイバーはそれに曖昧な言葉で答える。



「クッ、クククッ。ハハハッ!」



それを受け、俯き笑う。



可笑しくて堪らないとでも言うように。




「………どうした、ランサー。そちらが動かないならばこちらからゆくと言う言葉、忘れ「ヨッッシャァァァァァァ!!!!」…なぁっ!?」




まるで今まで散々な苦労をして努力してきたことが報われたかのような大きなガッツポーズを決めるランサーに思わず目を白黒させてしまうセイバー。




そんなセイバーの様子などお構いなく、ランサーは声高だかに吠えた。




「そうだよなぁっ!!サーヴァントなら軽々しく自身のクラスについて口にしやしないよなっ!!!ましてや相手がクラス言い当てたからってあっさりと認めやしないよなぁ!なっ!!」


「えっ、あっ、ああ。当たり前だ」



血走った目で同意を求めて来るランサーにどもりながらも言葉を返すセイバー。


いまだ大声で、



−−−そうだよなぁ、あいつらがおかしかったんだよな。俺は悪くないよなぁ!



と先程までの武人とは思えない様子で吠えるランサーに困惑しながらもその構えを崩さない。



さすが最優のサーヴァント、セイバーと言ったところだろう。






………………………ランサーがぶっ壊れた原因である、おとぼけ弓兵とは違って。









ちなみに、もうじきランサーの気持ちを彼女が文字通り痛感することになるとは誰も知らないし、知らない方が幸せだろう。






知らぬが仏とはよく言ったものである。




-7-
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