Episode22『目出井組系粟楠会幹部四木』
ISが発表されてから三年。
終焉が十歳となった頃、臨也は、とある場所に足を運んでいた。
「どうも、お久しぶりです、四木さん」
「ええ、本当に久しぶりですね。 もう、貴方が直接こちらへ顔を出すことはないと思っていたんですがね」
その場所とは、東京池袋にある暴力団組織『目出井組系粟楠会』の事務所だった。
臨也が向かい合っているのは、粟楠会の幹部である四木であった。
「……それと、彼は貴方の息子さん、ですか? よくもまあこんな場所へ連れてきたものですね」
「そうですよ。 名前は終焉。 僕の後継者になってもらおうと思いましてね。 池袋に来たついでに、お得意様である粟楠会と面識を持っていたほうがいいだろうと思ったので、連れてきたんですよ」
そう、四木の言う通り、臨也は終焉を連れてきていた。
ちなみに、火織同伴であるが、明久と麗奈も池袋へとやってきている。
この面談が終わり次第、三人と合流する予定である。
「初めまして。 貴方が四木さんですね? 父から話は伺っております。 私は折原終焉。 以後、お見知りおきを」
終焉がそのように挨拶して一礼すると、四木は少々驚いたように目を開いた。
「ほう……まだ幼いのに、よく出来た子だ。 流石は最強の超能力者、というところですか」
三年前のISを知らしめるためのマッチポンプである『白騎士事件』、『超能力事件』などとも呼ばれる事件の後、長点上機学園の名はより知れ渡り、特にミサイル撃破にで圧倒的存在感を見せ付けた終焉は誰もが知るほどに有名となった。
「終焉が出来ているのは、能力だけじゃないですよ。 環境がそうさせたんですよ」
「あれほどの力を持てば、それは大変だったでしょうね。 少々気になるのですが、話、伺えませんかね?」
終焉の名が有名になったとはいえ、終焉が表に出てくることは早々ない。
今現在、取材を受けているのは臨也なのだ。
生徒たちには、一度たりともマスコミの手が及んでいない。
だから四木は、普段聞けないことを、超能力を持った本人にしかわからないことが聞いてみたくなったのだ。
「私の話せる中で、ある程度なら大丈夫です。 何について聞きたいですか?」
「そうですね……その力を持って、一番大変だったこと、ですかね」
「大変だったことですか……いろいろありますけど、やっぱり必然的に人の上に立つことになったことですね。 長点上機学園で過ごす人は、皆常人とは逸脱した何かを持っています。 そんな彼らの上に立つ存在は、誰よりも逸脱していないと務まらない。 そんなことで、私が長点上機学園の長をすることが強制的に決まったことですよ。 年下ならまだしも、年上の人を含めての頂点ですから、いろいろと気苦労が耐えなかったんですよ」
年功序列という言葉が絶対的に当てはまらないので、それを気にする者たちからの不満というものが、過去にあったのだ。
それに、終焉は前世の年齢を入れればそうでもないのだが、年下ということもあり、年長者を立てようとしなければならないなどと考えてもいるのだ。
心労がないわけがない。
「なるほど、年長者というのは、年下に支配されるというのを嫌う傾向があるので、まだ若い君に頂点に立たれるのは、不満があるようですね」
「もっとも、今はもう不満は少ないですけどね」
「皆、あの事件があってから、元々神聖視してた終焉を、さらに崇めるようになったからね。 それに、元々も終焉は人の上に立つ存在。 終焉は、この世界に存在する全ての中で、最も『神』に近い存在。 デュラハンや罪歌なんて目じゃないほどの力を持っている。 そんな終焉が、人の上に立たない人間のわけがない」
デュラハンとは、池袋に住み着いているアイルランドの妖精で、今では『首無しライダー』として有名である。
そして、『罪歌』とは、池袋に存在している妖刀だ。
どちらも、常識から逸脱した存在だ。
もっとも、終焉ほどではないのだが。
「まあ、あれほどの力を持っていれば、そう思えるのも必然でしょうね。 もっとも、貴方のことだ。 確証できる何かがあるんでしょうがね」
臨也と十年以上の付き合いのある四木は、臨也の物言いにそう推測した。
四木としては気になったりもするのだが、そういう系統の話は受け入れないというのは知っているので、黙っておいた。
「まあ、それはありますよ。 それを言うわけにはいきませんけどね」
「それはわかっているのでご安心を」
「それなら助かりますよ。 僕とて、いくら出されても売りたくないことはありますからね」
臨也は情報屋だが、売る情報と売らない情報の区別くらいはある。
殊に長点上機学園の事となれば、臨也は大抵のものは売らない。
「構いませんよ。 今後とも、ご贔屓にしてくれればね」
「大丈夫ですよ。 僕としても、長い付き合いである粟楠会と話を切るつもりはありませんから」
「それなら安心です。 折原さんの情報には、いつも助かっているのでね」
「まあ、後数年もすれば、僕から息子に代わりますけどね」
「ふと思ったのですが、息子さん、信頼してもいいんですよね?」
四木は、品定めするような視線で終焉と臨也を見る。
「大丈夫ですよ。 情報屋としての経験はないですが、情報収集をさせてしまえば、終焉の右に出る者はいませんから。 情報の質は、信頼できますよ」
「なるほど、能力の応用ですか。 それなら、信頼できそうだ」
「ああ後、四木さんなら大丈夫でしょうけど、終焉を甘く見るのだけは止めたほうがいいですよ。 終焉は、人に騙されたり、利用されるほど、馬鹿じゃないのでね」
「常識の通用しない相手を、甘く見るほど私は愚かじゃありませんよ。 相手が、異能者たちの頂点ともなればなおさらです」
「それを聞いて安心しました。 終焉を怒らせるようなことをして、粟楠会が壊滅、なんて話になったら、お得意様が一つなくなってしまいますから」
「父さん。 たとえ怒ったとしても、壊滅はさせませんよ。 まあ、その対象の心ぐらいは、破壊させてもらいますけどね」
さらりとそんなことを言う終焉に、四木は表情を変えずに驚いていた。
(これは……さすがは折原臨也の息子、と言うべきか。 あの眼は、冗談じゃない。 本物だ。 彼は、もしものときならば、本気で殺るだろう)
終焉の表情から、真意を読み取る四木。
(彼が味方で助かった、というべきか。 敵であることを想像すると、寒気どころではないな……)
そして、終焉と敵対していることを想像して、冷や汗が流れた。
「さて、今日は終焉の紹介に来ただけなので、僕たちはこれで失礼しますよ。 妻も娘たちを連れて、僕たちが来るのを待っていますからね」
「そうですか。 ならば、長く引き止めておくわけにはいきませんね」
「僕たちからの方から押しかけたのに、すみませんね」
「いえ、先ほども言った通り、今後ともご贔屓にしてくれるのなら、気にしませんよ。 今後のメリットの方が大きいのでね」
時間を取ったことよりも、終焉という圧倒的かつ絶対的な存在が味方についただけ、大きすぎる収穫なのだ。
多少の時間くらい、安いものなのだ。
「そう言ってもらえると助かりますよ」
「さあ。 奥さんたちが待っているのでしょう。 急いだ方がいいのでは?」
「そうですね。 では、今日はこれで失礼します」
「失礼します、四木さん。 今後とも、情報屋折原をご贔屓にお願いします」
「ええ。 貴方と貴方のお父さんの情報、期待していますよ」
そう挨拶して、臨也と終焉は粟楠会の事務所を離れ、池袋の街の雑踏へと紛れていった。