「そういえば、ビアンカはまだサンタローズにいるんだっけ」
宿屋の前を通ったとき、ふとアランは思い出した。まだ胸のもやもやを抱えていたアランは、せっかくだからこっちから遊びに行こうと思った。
扉をくぐる。
「いらっしゃい……おや。パパスさんとこの坊主じゃないか」
「こんにちは」
ぺこりと頭を下げてから辺りを見回す。小さいながら小綺麗に掃除がされた室内の奥には、いくつかの部屋が続いている。だが当然のことながら、どこの部屋にビアンカがいるのか見ただけではわからない。
すると宿屋の主人が気を利かせてくれた。
「もしかして、ダンカンさんとこのお嬢さんに会いにきたのかい?」
「うん。こっちにまだいるって聞いて。一緒にあそぼうと思ったんだ」
「なるほどね。ま、坊主にとっちゃ久しぶりに同じ年頃の子と会えたってことなんだろうなあ。いいよ、案内してあげる」
人の良い笑みを浮かべ、宿屋の主人が二階へとアランを連れて行く。
西側奥の、いちばん日当たりのいい部屋にビアンカたちは居るという。
「この寒さで、なかなか旅人がやってこないからなあ。ウチとしては商売あがったりだ。だけど、そんな中でもはるばるアルカパからやってきたあのふたりは相当の大物……というか強者だよ」
廊下で主人が言う。そしてふいに声を潜めて、
「……でも今の話は、ふたりにはナイショだよ」
「うん」
「良い子だ。……っと、この部屋だよ坊主。すみません、おかみさん。いらっしゃいますか」
主人が呼びかけると、しばらくして扉が開いた。怪訝そうに首を傾げていたおかみさんは、アランの姿を見つけるなり表情を崩す。
「おや、アランじゃないか。もしかしてビアンカに?」
「うん。いっしょにあそぼうと思って」
アランが言うと、おかみは何故か複雑そうな顔をした。
「うーん。いつもなら思いっきり遊んでおいでと言うところなんだけどねえ」
「?」
「あ! アランだ。どうしたの?」
部屋の奥から声がする。ビアンカが小走りに近づいてきた。アランはどこかほっとしながら笑った。
「こんにちは、ビアンカ。あそびにきたよ」
「え、ホント!?」
「駄目だよビアンカ。いつ薬が届くかわからないんだから」
表情を輝かせるビアンカにおかみさんが言う。
「薬が手に入り次第、アルカパに戻るんだからね。父さんが待ってるんだよ」
「……うん。ごめんなさい」
「ねえ。なにがあったの?」
ビアンカが哀しそうな顔をするので、アランもまた哀しい気持ちになりながらたずねる。落ち込んではいられないと思ったのか、ビアンカはむりやり笑顔になった。
「あのね。アルカパにいるわたしのお父さんが病気になっちゃったの。それで、よくきくお薬がサンタローズのどうぐやさんにあるって聞いて、お母さんといっしょにとりに来てたの。でも、そのどうぐやさんがなかなか帰ってこなくて、少しこまってるのよ」
「かえってこない?」
「お弟子さんの話じゃ、どうやら洞窟に材料を取りに出かけて帰ってきてないみたいなんだよ。まあ、こういう時がないわけじゃないらしいし、大事ではないとは思うんだけどね。ただあんまり日が経ちすぎるとウチの人が心配だから、できるだけ早く薬を持って帰りたいんだよ。それでビアンカにもあんまり外には出るなって言っているのさ。すぐに出発できるようにってね」
そう言っておかみさんはため息をついた。
「誰か洞窟まで様子を見に行ってくれないかねえ……」
「お父さん」
ビアンカもどことなくしゅんとしている。
とても遊びに行けるような雰囲気ではなかった。アランはすごすごと部屋を後にする。
しばらくうつむき加減で廊下を歩いていたアランは、ふと立ち止まった。腰にさげている『ひのきの棒』を見る。
『誰か洞窟まで様子を見に行ってくれないかねえ……』
「……よし!」
アランは決意の表情で柄を握りしめた。