小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 ――三日経った。
 地図を頼りに、一路北へ向かう。数年前に造られたという頑強で大きな橋を越え、小高い山々を左に望みながら、ひたすら草原地帯を歩いた。
 アランとヘンリーは、基本的に自分の足で歩いた。パトリシアの牽く馬車に乗って移動することも考えたが、そうすると突然襲ってくるモンスターに対抗できない。馬体が大きく、かなり気も強い馬ではあるが、やはりパトリシアとモンスターを戦わせるわけにはいかなかった。
 アランがパトリシアを、ヘンリーが馬車を守るという隊形で進む。
「しっかしまあ、賑やかになったもんだなぁ」
 先頭を歩くアランの背中を見ながら、ヘンリーは言った。親友の言葉に思わず苦笑する。
 アランの足元では、スライムが楽しそうに走り回っている。
「アラン、アラン。どこいく? どこいく?」
「僕の故郷だよ、スラリン。もう少しだからね」
「もうすこし!」
 何が嬉しいのか、スラリンはくるくると回転しながら飛び跳ねた。最初こそ人の言葉を理解していなかった彼だが、この三日間でそれなりに言葉による意思疎通ができるようになっていた。まだまだ舌足らずではあるが、意外と学習能力は高いのだなとアランは思う。
 その小さな仲間の体を、横から伸びた手がむんずとつかんだ。その手もまた小さく、スラリンの体がぐにゃりと歪む。
「うるさいわ」
「ピィー、ブラウン、いたい!」
 スラリンが悲鳴を上げる。スラリンをつかんだのは、新しく仲間になったモンスター、『ブラウニー』のブラウンだ。かつてアランがサンタローズの洞窟で出会った『おおきづち』の仲間である。
「頭(かしら)、あげる」
 ブラウンは、手にしたスラリンをひょいと投げて寄越した。胸元で受け止めると、スラリンは即座にアランの懐に隠れる。うっ、うっ、というすすり泣きが聞こえて来た。
「たたかえないなら、かくれてて」
「ブラウン、そう言うもんじゃないよ。スラリンは自分たちの住処から離れたことがないんだし」
 苦笑しながら言うと、ブラウンはわずかに目を細めた。丸っこい三角の体に不釣り合いな大きな木槌を、「よいしょ」とばかりに担ぎ直す。そのままアランのさらに前を歩き出した。
「……あれ、メスなんだよな?」
「ブラウンかい? そうだよ」
「普通に会話できるのも驚きだったけど、モンスターに性別があるなんて初めて知った」
 ヘンリーが言うのも無理はない。襲いかかってくるモンスターは通常、オスもメスもなく凶暴だ。こうして邪気をはらい、仲間になって初めて彼ら彼女らの特徴が見えてくるのだ。
 とは言え、前を歩くブラウニーは、性別こそメスだが性格はかなり男っぽく寡黙だとアランは見ている。だからこそ『ブラウン』という響きの名前が浮かんだのだが。
「ま、スラリンと違って戦闘もできるし、見た目に反してすげえ力持ちだから、助かるといえば助かるけどよ」
「またそんなこと言う」
 ぽんぽんと懐を優しく叩きながらアランは言った。確かにまだスラリンは力も体も弱く、モンスターとの戦闘は不得手だ。だが場を明るくしてくれるという意味では、彼もまた大切な存在だとアランは思っている。
「頭、森」
 ブラウンが言う。彼女はアランのことを『頭』と呼ぶ。まるで大工か何かだが、ブラウンが持っている大きな木槌を見るとその呼び名が妙にしっくりきてしまう。
 ヘンリーが地図を確認した。
「この森を抜けた山の麓がサンタローズだな」
「……見覚え、あるよ」
 アランが感慨深くつぶやく。脳裏にはパパスに連れられ二年ぶりに村へと帰還した、あのときのことが甦っていた。
 スラリンが懐から出てきた。どことなく心配そうにこちらを見上げてくる。
 アランは微笑んだ。
「大丈夫。さあ、行こう」

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