小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 獣道にも似た場所を歩く。道幅は狭く、大型の馬車を引き連れるアランたちはひどく難儀した。
 ぬかるみにはまった馬車を後ろから押していたヘンリーは悲鳴を上げた。
「おいっ、お前の故郷はこんな辺鄙なところにあるのか!?」
「確かに田舎なのは間違いないけど、こんな感じじゃなかったよ」
 彼の隣で同じく馬車を押していたアランは眉をひそめる。息を合わせ、ぬかるみを脱した。パトリシアが「もういい加減にしろ」とばかり高くいなないた。
 額の汗を拭いながら、辺りを見回す。ここはサンタローズへと繋がる唯一の整備された道だったはずだ。十年前はここを通って村へと帰還し、ここを通ってアルカパへと向かったのだ。
 なのに今は雑草が生え木々が生え、それによってひどく荒れ果ててしまっている。道幅は記憶よりもずっと狭隘(きようあい)になっていた。轍(わだち)の跡すら消えていて、人が踏みしめたと思しき表土はわずかに残るのみである。
「……」
「頭(かしら)、大丈夫か?」
 ブラウンが声をかけてきた。その体には、すでに『変化の石』の首飾りが付けられている。スラリンはともかく、ブラウンの姿を村人が見たら驚くだろうとの判断だった。
 アランは黙って首を振り、先を急ぐ。胸の中で渦巻き始めた疑念を振り払うべく、さらに早足になる。
 やがて、森の密度が薄くなってきた。視界が開けてくる。
 懐かしい村の門が、見えてきた。
「あ……」
 アランの足が止まった。
 本当は駆け出そうと思ったのに、凍りついたように動かない。
 一度目を瞑り、大きく息を吸い込む。ゆっくりと吐き出して、再び目を開いた。
 山から吹き下ろす風が森を鳴らす。その合間から、から、から、と乾いた音がした。壊れ、垂れ下がった門の一部が風に煽られ力なく揺れる音であった。
 ただならぬ雰囲気を感じ取ったヘンリーは親友を呼び止めようとしたが、アランはふらりと歩を進めた。いつもの悠然とした足取りではない。どこか夢の中にいるような、そんな覚束なさを感じさせるものだった。
 先へと進んでいく主に促されるように、スラリンとブラウンも彼の後に続く。
 門の表面を一度、二度と撫でたアランは、斜面を登る階段に足をかけた。小高い丘の上にあるサンタローズの集落に入るには、この階段を上る必要があるのだ。
 かつて父の後ろで大勢の人たちから声をかけてもらいながら歩いた場所。今、石造りの階段は足を置き力を入れるだけで壊れてしまいそうなほど風化していた。
 一段、一段上るごとにアランの歩くペースが落ちる。
 やがて全段を登り切る。村の全体が視界に映った。
「…………ああ……そんな……」
 ――ほとんど、何も、なかった。
 ビアンカが泊まった宿屋も、落とし物騒ぎのときに鍋をなくして難儀していた老夫婦の家も、パパスに憎まれ口を叩いていた威勢の良い男がやっていた武器屋も。
 まるで火をかけられ鎚で破壊されたかのように、建物の無骨な土台を残して消え去っていた。
「こ、こりゃあ一体……」
 ヘンリーもまた村の惨状を見て声を失う。沈んだ空気を盛り上げようとしてか、スラリンが陽気に飛び跳ねる。すかさずブラウンがわしづかみにして黙らせた。
 一行は、ゆっくりと村の中を歩く。ほぼ更地となった村は、よく風を通した。ひどくもの悲しい気持ちにさせる風だった。
 まだ残っていた小さな橋を渡ったときである。道の向こうから男の子が走ってきた。手に木の枝を持ち、それを振り回しながら遊んでいるところだった。
「あれ、お兄ちゃんたち、だあれ?」
 アランたちに気づいた男の子が首を傾げる。その無邪気な様子に、ようやくアランの頬に笑みが浮かぶ。視線を合わせ、ゆっくりと言った。
「お兄ちゃんたちはね、旅をしているんだよ。ずっと昔、僕がまだ君くらいだったころ、ここに住んでいたんだ。……すぐに、また旅に出なくちゃいけなくなったんだけど」
「ふぅーん。そうなんだ。ねぇねぇお兄ちゃん。旅のお話、聞かせてもらっていい?」
 目を輝かせる男の子に対し、アランは曖昧に笑った。
「まだ、お話しできるほどたくさん旅をしたわけじゃないんだ。ごめんね」
「ざんねん。たまにしかお客さん来ないから、お話、楽しみにしてたのに」
「本当にごめんね。それで……この村には、誰か大人の人はいないの?」
「どして?」
「できれば話をしたいんだ。誰か、いる?」
「いるよ。お母さんもいるし、お爺ちゃんもいるし、あと、シスターさんも!」
「シスター……。それじゃあ、そのシスターさんのところへ案内してもらえるかな? えっと……」
「ぼくはルラキ!」
「そう。僕はアラン。ルラキ、案内をお願いできるかい?」
「わかった! こっちだよ」
 ルラキ少年は飛ぶように走っていった。寒々しい光景の中にあっても溌剌とした光を放っている。
「ああいうのを見ると、ちっとだけ救われた気分になるよな」
「うん」
 親友の言葉にアランは口数少なく応えた。
 少年の後を追う。その途中、アランは心臓が止まりそうな光景を目撃した。
 右手。少し道を上った所に、墓標のように家の骨組みが立っていた。至る所が風雨に晒され腐ってしまった木の姿が、空の青を背にくっきりと浮かび上がっている。
「あ……あ」
 ――間違いなかった。
 あれは、かつてアランたちが住んでいた家。まだパパスが生きていた頃の、暖かい空気に包まれていた我が家……。
「アラン?」
「……何でもない。行こう」
 苦心して廃墟から視線を逸らす。心臓が高鳴り、涙が滲むほどだった。

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