小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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「ここがサンタローズの洞窟か。お前が最初にひとりで冒険したとこ、だっけ?」
「うん。あのときは整備された鉱路を歩いたから、今みたいに水路を進むのは初めてだけど」
 ひんやりとした空気が、櫂を動かす体に心地良く触れる。ヘンリーとふたり、息の合った櫂さばきで水路を進む。ただ、筏と言えばあの地下神殿を思い出してしまうためか、二人ともいつもより口数は少なめだった。
「ひえひえー」
「うるさいわ」
 スラリンとブラウンの二人は相変わらずである。彼らは筏の前に座り、もの珍しげに周囲を見回していた。ともすれば転げ落ちそうになるスラリンを、ブラウンは乱暴な手つきながら支えている。あれはあれで良い組み合わせなのかも知れないなとアランは笑った。
 やがて筏は、水路の真ん中に浮かんだ小島に辿り着いた。その先の水路は狭く、とても筏を漕いで進めるようなところではない。
 小島には、筏を横付けできるように係留用の杭が打ち込んであった。おそらくパパスもこれを利用したのだろう。
「頭、階段がある」
 まっさきに降りたブラウンがそう報告する。確かに、小島の真ん中には下におりる階段が造られていた。螺旋状に岩が削られているところを見ると、自然にできあがったものではないことがわかる。
 冷たい空気に乗って、微かにモンスターの気配がする。アランたちは武器を構え、慎重に階段を下りていった。次第に光は消えていき、足元すら覚束ない暗闇に包まれていく。
「ヘンリー。松明をお願い」
「おう」
 道具袋から簡易松明を取り出し、ヘンリーはそれに火を点けた。火打ち石も持っていたはずだが、彼は素早く呪文を唱えて掌に火の玉を作り出す。松明の先端に火を移し、彼は手に持った。
 アランは嘆息する。
「もう。火を熾すのにできるだけ呪文は使わないでって言ったじゃないか。いざというとき精神力が尽きていたら困るんだから」
「いいじゃねえか。暢気にカチカチやってるのは性に合わないんだよ。せっかく俺にも呪文が使えるようになったんだ。少しは練習させてくれよ」
 悪びれた様子がない。確かに修道院に辿り着いてから、彼が密かに呪文の特訓をしていたことは知っていた。彼には魔法使いの才があるのか、今ではメラだけでなく爆発呪文イオまで使えるようになっている。アランはそれ以上の説教を諦め、先に進んだ。
 微かに粉塵の舞う洞窟内を歩く。松明の光に照らされて壁面の様子が露わになった。
「おい、こんなところに松明が置いてあるぞ。あ、あっちにも」
 ヘンリーが言う。彼の言葉通り、垂直に整えられた壁には等間隔に松明の木が据えられていた。明らかに通路の照明として設置されたものだ。どうやらこちらも、かなり整備された洞窟のようだった。
「こんな場所、何に使うんだろうな」
「わからない。けど父さんがこの洞窟を見つけて、何かの保管場所にしようとしたことは確かなんだ」
「アラン、アラン!」
 スラリンが飛び跳ねながらしきりに声を出す。かなり慌てている様子だった。
「なにかいるよ!」
「頭、敵」
 ブラウンもまた木槌を構える。
 通路の奥からゆったりとこちらに歩いてくる足音が聞こえてきた。その音はやけに重い。
 ぬぅっ、と通路から姿を現したのは、巨大な亀のモンスターだった。太い四肢で地面を踏みしめ、龍の頭のような顔をこちらに向けている。――『ガメゴン』だ。
 牙を剥き出しにして威嚇するガメゴンに、アランはチェーンクロスを構えた。ヘンリーもまた空いた手でくさりがまを持ちながら、軽口を叩く。
「奴も愛を持って戦うってか?」
「真剣に戦うんだよ。スラリン!」
「ピ?」
「ヘンリーから松明を受け取って。この辺りの壁にある松明に火を点けるんだ。わかるね?」
「ひをつける、ひをつける!」
 嬉しそうに繰り返すと、スラリンはヘンリーの手から松明を受取り、それをくわえて壁に走る。跳躍力があるスラリンによって、ひとつ、またひとつと通路に灯りが灯っていく。
「むーっ、むーっ!」
「頑張れスラリン、その調子だぞ!」
 仲間を励ましながら、アランは勢い良くチェーンクロスを張った。がしぃん、と鎖が鳴る。それを挑発と見たガメゴンが、地面を揺らしながら走ってきた。
「行くよ、ヘンリー! ブラウン!」
「おおよ。任せとけ!」
「お仕事」
 各々の得物を手に、三人はガメゴンに向けて一斉に飛びかかった。

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