小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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「へっ、お先!」
 ヘンリーが最初に飛びかかる。鎌の柄を握り、大上段から豪快に振り下ろた。咄嗟に首を引っ込め体を丸めたガメゴンの背に、刃の切っ先が襲いかかる。
 きぃぃ……ぃん、と金属音が長い余韻を残した。
 甲羅の部分に当たったくさりがまの刃が、弾かれたのだ。顔をしかめたヘンリーが、ガメゴンの背中を器用に転がり、背後に着地する。顔を上げた彼は涙目を浮かべていた。
「か、硬ってぇー!」
「見ればわかる」
 ブラウンが言い放つ。彼女はアラン以外に対して冷たかった。
 その彼女は、自慢のおおきづちを手に側面から飛びかかる。踏ん張ったガメゴンの四肢を狙った一撃だった。低い唸り声を上げ、ガメゴンが首を出す。牙を剥き出しにしてブラウンに噛み付こうと迫ったところを、アランは狙い澄ました。
 独特の金属音を響かせながらチェーンクロスが空気を裂く。先端の槍穂先がガメゴンの眉間に突き刺さった。
「ゴァァァッ!」
「よっしゃ! 今度こそ!」
 背後から再び跳躍したヘンリーが、今度は横薙ぎにガメゴンの首を狙う。
 が、またも一撃を与えられない。すんでの所で首を引っ込められたからだ。無様に転がり、癇癪の声を上げる。
「ああ、ちくしょう! ちょこまかと」
「ヘンリー、下がって! 呪文で勝負を付ける!」
 チェーンクロスを手元に戻したアランが大きく息を吸う。精神を集中し、呪文の形を思い描く。
 つい最近、頭と体に馴染む感覚を手にした、あの呪文を高らかに唱えた。
「――、行くぞ! バギマ!」
 上位風刃呪文。バギとは比べものにならない大きな風の塊が、あらゆる方向からガメゴンに向かって襲いかかった。首を甲羅に引っ込めたままのガメゴンの体をふわりと浮き上げ、直後、甲羅ごと細切れに引き裂いた。ばらばらに吹き飛ばされた瞬間、ガメゴンの体は無数の閃光と化して、やがて消えた。
 洞窟内には、まだ風の音が余韻として残っている。
「また派手にぶちかましたな。アラン、それ新しい呪文か?」
 壁に付いた傷を見ながらヘンリーが言う。アランはうなずいた。やはり自分は戦いの中で相応しい呪文を見出していくのだと改めて感じる。
 どういうわけか、ヘンリーはひどく呆れた口調になった。
「お前よぉ、いつも俺に自重しろとか考えろとか言うくせに、時々お前の方がとんでもないことしでかすよな」
「え?」
「見ろよ、壁の松明」
 指差す。ヘンリーの言葉通り、ガメゴンがいた場所周辺に備え付けてあった松明は軒並み無惨に切り裂かれ、まったく役立たずになってしまっていた。冷や汗を流すアランの肩に、したり顔をした親友が手を置く。
「まあ気にすんなって。たとえお前が途中で精神力が切れてぴーぴー泣くことになっても、俺は温かく見守ってやるからな」
「……ヘンリー。根に持ってるだろう、さっきの僕の話」
「さぁて。何のことやら、私(わたくし)は存じません」
 白々しく両手を挙げる。
 仏頂面を浮かべていたアランは、おもむろに自分の手を見た。過酷な奴隷生活で鍛え上げられたその手は、アランの年齢以上にごつごつしている。酷使してこなければ細く繊細な指先になったであろうが、今はいたるところに豆ができて皮が剥け、それが新しく丈夫な皮膚を生む土壌となっている。
 バギマの威力を思い起こすかのように、アランは手を握ったり開いたりを繰り返した。
 ――父さんにはまだまだ追いつけない。けど、僕は着実に戦う力を身につけることができている。
 十年前のあのとき。一太刀も浴びせられずいいようにあしらわれ、魔物の前で突っ伏すより他なかったときから、アランは自らの強さを引き上げることをひとつの命題に据えていた。あの偉大なパパスの後を継ぐ――それは生(なま)半(なか)な覚悟と強さでは到底成し得ないだろうと考えているからだった。
 松明をくわえたまま、ハラハラとこちらを見つめていたスラリンを呼ぶ。松明を受け取ると、スラリンは真っ先にアランの懐に飛び込んだ。ちょっと怖かったのかも知れない。
「もう大丈夫だぞ、スラリン」
「だいじょうぶ? だいじょうぶ?」
「ああ。……ヘンリー、君は大丈夫かい? 最初の一撃、ずいぶん腕に衝撃を受けてたみたいだけど。捻挫とかしてたら回復呪文をかけるよ?」
「こんくらいぜんぜん平気だぜ。むしろ俺の攻撃がほとんど通らなかった方が落ち込むって。まあ、やっぱ自分の頭の中でいろいろ考えるのと現実に動くのとは違うってことだろうがよ」
「ヘンリーならきっと良い遣い手になれるさ。それなりに」
「やっぱ一言多いわ」
 一呼吸置いて、再び洞窟内を歩く。子どもの頃サンタローズの洞窟を歩いていたときはまったく耳にしなかったが、ここでは時折水滴が落ちる音がする。頭上が川だからだろうかとアランは思った。
 しばらく歩くと、次第に通路が広くなってきた。民家が二、三軒は収まりそうなほど広い空間に出る。水滴が落ちる音はここから響いていた。
「こう広いと松明の灯りも全体には届かないな」
 そうアランが呟いたときである。突然、体が沈み込んだ。
「アラン!」
 間一髪、ヘンリーとブラウンが引き上げてくれたおかげで事なきを得る。驚きで荒い息をつきながら、振り返った。松明の火をかざす。
 地面が心なしか照り輝いていた。表面に薄く水が張っている。アランの足が踏み抜いた痕はくっきりと残っていて、そこからも水が染み出ていた。
 慎重に足元を調べていたヘンリーが呻いた。
「マジかよ。ここ、沼みたいになってるぜ。下から水が溢れてる」
「地下水、か。上からも水は降ってきているし、水気を含んだ地面が池にならずに沼になった状態、というところかな。それにしたって初めて見るよ」
「どうするよ。さっきのお前の様子を見ると、はまると厄介そうだぜ?」
「仕方ない。道はここだけじゃないみたいだし、どこか迂回路を探そう」
 そう提案したときだ。
 彼らの背後で、モンスターの甲高い声が聞こえてきた。

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