飛び上がった一匹を追いかけるように、残りの二匹のおおきづちもまっすぐアランに突進してくる。
統制が取れた――というより、我慢できずに各々が勝手に飛びかかってきたという感じだ。アランは横っ飛びにかわした。勢い余ったおおきづちたちはたたらを踏む。
アランは力強く踏み込んだ。全身を使って、手にした『かしの杖』を振り回す。
ぴりっ、と脇腹が痛んだ。
「くうっ!」
それでも武器を手放さず、アランは振り抜いた。
空気を押しのけ、硬い杖の先端がおおきづちの身体を打ち据える。鈍い音が響き、おおきづちが吹き飛んだ。他の一匹を巻き添えにして、壁に叩き付けられる。
「坊主、危ないっ」
職人の男が声を上げる。無事な一匹が横合いから木鎚を振りかぶっていた。
『かしの杖』はアランの身体よりも大きく、重い。一度大振りしてしまうと構え直すのに時間がかかる。その隙を突かれた。
嫌な記憶がアランの頭をよぎる。あれを頭に受けたら――と考え、身体が一瞬固くなる。
アランは叫んだ。自らを鼓舞し、無我夢中で『かしの杖』をそのまま振り回し続けた。先端で円を描き、踏み込むと同時に真上から打ち下ろす。
木鎚と真正面からぶつかり――そのままはじき飛ばす。
『かしの杖』はおおきづちの頭頂部を直撃した。鈍い感触が両手に広がる。
おおきづちは倒れたまま動かない。もしかしたら隙を見て立ち上がってくるのでは、とアランは思ったが、すぐにおおきづちの身体は粒子となって消えていった。
全身の力が抜ける。直後、思い出した。
「そうだ、あといっぴき!」
慌てて武器を構え直そうとするが、気が緩んでしまったのか全身に力が入らなかった。
早く、早く――自らを急かしながら、何とか杖を持ち上げる。
顔を上げた。
おおきづちの姿はどこにもなかった。
「……あれ?」
「逃げたよ。ついさっきな」
安心したような、呆れたような声を出し、職人の男がアランに声をかけてきた。
「それにしても見事だったぞ、お前さん! まさかその年で、おおきづち三匹を退けるとはのお!」
「……うん。僕もちょっと信じられないかも。あ、そうだ! おじさん、怪我はない?」
「おお。お前さんのおかげでぴんぴんしとるわ。世話をかけたの」
「よかった……」
息をつく。すると今度こそ脱力で立っていられなくなった。尻餅をつき、『かしの杖』を落とす。
男が手を差し伸べてくれた。
「よく頑張ったな。ここから先はわしに任せろ」
「え?」
「子どもひとりにいい格好ばかりさせられん。出口まで送っていくよ。それに……ほれ。なかなか言えんじゃろ。岩の下敷きになって子どもに助けられ、道中もその子に送ってもらいました、なんて」
「……ぷっ」
思わずアランは吹き出す。男はひげもじゃの顔に苦笑を浮かべた。
「よし、そーれ」
男はかけ声とともにアランを背負う。アランはびっくりしながらも、かつてパパスに肩車してもらったときのことを思い出して嬉しくなった。
「モンスターから逃げ出したこと、これでお父さん許してくれるかな」
「はて。お前さんの父親は」
「パパスって言うんだ。とてもつよいんだよ」
「パパス……おおっ!? お前さん、あのパパス殿の息子さんかい!? いや、どうりで強いわけだ!」
「えへへ」
アランは頬をかいた。しみじみと男は言う。
「えして立派な親を持った子はどこか難しいところを心に抱え込んでいるものじゃが、お前さんは違うようじゃな。心配せんでもええ。パパス殿ならきっと許してくれる。胸を張って、強く生きる事だ」
「うん」
「よし。いい子だ」
男は笑った。
――こうしてアランは初めてのひとり冒険を無事、乗り切ることができたのであった。