小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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「聞いたぞ、アラン」
 職人の男とともに無事、洞窟を抜けたその夜。
 少し切れていた口の痛みを我慢しながら、夕食のスープを飲んでいたアランに、パパスが声をかけた。思わずびくり、とアランは身体を震わせる。
 何となく、怒られると思ったのだ。
 落ち着いて考えればちょっと無茶なことをしたかなと自分でも思う。それに、アランは一度モンスターの前から逃げ出してしまっていた。パパスにはそのことを伝えていない。何となく、後ろめたかったのだ。
 恐る恐る顔を上げる。父の顔は怒ってはいなかった。いつもの精悍な顔に、どことなく呆れたような表情を浮かべていた。
「親父さんから聞いたぞ。ひとりで洞窟の奥まで入っていったそうじゃないか」
「ご、ごめんなさいっ」
 思わず頭を下げる。するとパパスは「ふっ」と笑った。
「まあ、無事に帰ってきたのだ。よくやったな」
「え?」
 呆然とするアラン。サンチョが困惑の声を上げた。
「しかし旦那様、私は気が気じゃありませんでしたよ……。お昼になっても坊ちゃんは帰ってきませんし、帰ってきたら帰ってきたで怪我をされていたじゃありませんか。もう私は心配で」
「はっはっは。お前は心配性だな。あの洞窟はモンスターこそ出るが、村人も入る整備された場所だ。確かにひとりきりで入ったのは感心せんが……何事も経験だ」
「はあ……さようでございますか」
「そうとも」
「あ、あの。お父さん」
 アランの呼びかけにパパスが振り返る。しばらくうつむいてもじもじと手を合わせていたアランは、意を決して告げた。
「僕……モンスターからにげちゃった。こわくなって、痛くて……。お父さんなら絶対ににげないはずなのに。僕、お父さんのこどもなのに」
「それは本当か、アラン?」
「……うん」
「そうか」
 深くうなずくパパス。今度こそ、アランは叱責を覚悟した。
「それはますます、お前のことを見直さなければならないな。アラン」
「……?」
「人間、誰しも怖くなるときがある。強大なモンスターの前には敗れ去ることもあるだろう。そんなとき大切なのは、命を粗末にしないことだ」
「それって」
「逃げたことを気にしているのなら、それは筋違いということだ、アラン。時には逃げて、自分の身を守る必要もある。生きていれば再戦の機会もあるだろう。それがさらなる成長へと繋がることもある。だが死んでしまっては、元も子もないのだ」
「お父さん……」
「大切なのは生き残ること、生き残る意志を持つことだ。……しかし」
 そこでふと、パパスは遠い目をした。
「時には、たとえ命を捨てることになろうとも戦わなければならないときがある」
「旦那様……」
 何かに思い至ったのか、サンチョの声が沈んだ。
 パパスがスプーンを置いた。真っ直ぐにアランを見つめる。
「アランよ」
「はい」
「逃げるなとは言わない。だが自分が何のために戦っているのか、何のために生きようとしているのか、それは忘れてはならぬ」
「……」
 アランは目を伏せた。父には申し訳ないが、アランには難しすぎる内容だった。ただ、自分のしたことが間違っていなかったということだけは、何となく理解することができた。神妙にうなずく。
 パパスが破顔一笑した。
「そろそろ、お前にも剣の稽古をつけなければならないな。まだ小さいと思っていたのに、月日が経つのは早いものだ。まあ、しばらくは子ども用のナイフからだが」
「お、お父さんっ」
「はっはっは」
 頬を膨らませるアランの前で、パパスは気持ちよさそうに笑っていた。

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