小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 旅装を整えるため席を立ったマリアを待つ間、ヘンリーは礼拝所を落ち着きなく歩き回っていた。
「一国の王子ともあろう人間が情けないですね。少しは落ち着いたらどうですか」
 呆れたように告げるピエールにもヘンリーは反応しない。アランは騎士をたしなめた。
「彼なりに覚悟を決めようとしているんだよ。今はそっとしておいてあげよう」
「あなたがそう仰るなら」
 椅子に座り、じっとその時を待つアランの背で、コドランが「グアッグアッ」と鳴いた。やがて二階の私室から、着替え終わったマリアが出てくる。後ろには心配そうな表情をしたシスターがついてきている。確か、マリアに聖書を教えていた女性だ。
「マリア、本当に良いのですか? 道中は危険な魔物で溢れているのですよ」
「大丈夫です、シスター」
 うなずくマリアだが、やはり緊張しているのか表情は若干強張っている。アランたちの前まで来ると、彼女は深くお辞儀をした。
「アランさん、ヘンリーさん。道中、どうかよろしくお願いします。私、できるだけ足手まといにならないように頑張りますから」
「うん。わかった」
 すでに彼女の表情から決意のほどを感じ取ったアランは敢えて反対せず、短くうなずいた。ヘンリーもじっとマリアを見つめるだけで止めようとはしなかった。
 二人の青年の様子に、マリアの後ろに立つシスターは不安そうに院長を見た。視線を受けて、院長は静かにマリアに問う。
「決意は変わらないですね、マリア」
「はい。私はこのお二方のおかげで今こうしていられます。いつか必ずご恩返しをしようと心に決めていました。お二人のお役に立てるなら、私はどんなこともします」
「わかりました。あなたの出立を許可しましょう」
 その答えにシスターは慌てるが、院長は微笑みまで浮かべてマリアに手を差し伸べる。
「あなたのその強い心があれば、必ず神の塔は道を示してくださるでしょう。ただ無理はせず、必ず無事に戻ってくるのですよ。よいですね」
「はい。ありがとうございます」
「アラン、ヘンリー。マリアのこと、よろしく頼みますよ」
 二人は声を揃え、「はい」と返事をした。
 それから一行は修道院の面々に短い出立の挨拶を済ませ、院の正門前に集まった。
「出発前にお伝えしておきましょう。神の塔は試練の場であり、同時に神の世界に最も近い場所とも言われています。目の前のことに囚われてしまえば、神の塔は道を示してくれないでしょう。確固たる信心を持って進むこと、それをゆめゆめお忘れなきよう」
「わかりました。ありがとうございます」
 院長の助言にアランは深くうなずいた。
「神の塔はここよりさらに南に下ったところ、半島の先端にあります。アラン、ヘンリー、そしてマリア。気をつけて行くのですよ。あなた方に神のご加護がありますように」
 その言葉を胸に受け、アランたちは修道院を出発した。


 この日の道中は平穏に過ごすことができた。天候も良く、風も穏やかで、魔物の気配も少ない。もっとも、ピエールを始めとした気配に鋭い仲間たちが最大限の警戒をしてくれていたことも大きかった。
「アランさんやヘンリーさんは、こうして旅を続けているのですね」
 馬車の中から顔を出し、マリアが言った。当初、自分も歩くと主張したマリアだったが、ヘンリーやピエール、そしてアランの強固な反対で今は馬車の中にいる。聡明な彼女はその意味をすぐに理解し、また受け入れた。彼女の出番はもっと後、それまで体調を崩したり脱落したりするわけにはいかないということを、改めて説得するまでもなく理解してくれているのだ。
 今では、ゆったりと進む馬車での旅をどこか楽しんでいる風もある。
「まあな。今日は特別順調に進んでるよ。きっとマリアがいるからだな」
 しばらく体を動かして気持ちの整理がついたのか、ヘンリーの口調もいつもの軽妙さを取り戻している。マリアは口元に手を当て微笑んだ。まるで大神殿で一緒に働いていたときのような雰囲気に包まれる。
「私、奴隷生活を送る前もこうして旅をする機会なんてありませんでしたから、とても新鮮な気持ちです」
「なぁーに暢気なこと言ってンのよ」
 ぴょん、とマリアの膝の上にメタリンが乗る。じろりとマリアを見上げる。
「今はザコどもが近づいてこないからいいものの、ホントはもっと大変なのよ。特に戦いが始まればね」
「メタリン、下がる」
 例によってブラウンがむんずと彼女を掴み、無理矢理マリアの膝からどける。「姐さん痛いってば!」とメタリンが騒いだ。その様子に微笑みを浮かべていたマリアだが、ふいに表情を引き締める。
「でも、メタリンちゃんの言う通りですね。戦いが始まれば、私は何もできない」
「心配すんな」
 馬車の隣を歩きながらヘンリーが言った。
「マリアのことは俺が守る。絶対にだ」
「ヘンリーさん……」
「なーにさ、格好つけちゃって――もががっ!?」
 悪態をつくメタリンをブラウンだけでなくアランとピエールも押さえた。スラリンが呆れたようにため息をつく。
「もう。だめだよメタリン。そんなこと言っちゃあ」
「もがもがもー!」
 アンタに言われたくないわよっ、と言いたげにメタリンは暴れた。そんな仲間の様子に苦笑しながらも、アランは改めて、親友とマリアのそれぞれが持つ芯の強さに触れた気持ちになるのだった。
 ――そして、数日後。
 敵の気配を極力避けながら進んだことが幸いし、特に大きな困難に見舞われることもなく、アランたちは目的の地を視界に捉える。
 海と森を背景に、天空へとそびえる『神の塔』、その偉容を――

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