小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 そこから神の塔までの道のりはすこぶる順調だった。新しく仲間になったモンスター、『クックル』が大いに活躍したからだ。
 強靱な脚力と羽毛の体を持つクックルは、乗りこなせば優秀な『騎馬』となる。アランはクックルに頼み、マリアをその背に乗せた。マリアは最初こそ体の均衡を保つのに苦労したようだが、大きく揺れないようクックルが加減をしてくれたおかげですぐに慣れ、一行の進行速度は格段に上がった。
 風を切り、見事な金髪をたなびかせながら、マリアはクックルに言う。
「大丈夫ですか、クックルさん? 私、重くないですか?」
「クルックー」
「全然平気と言っていますね。『彼女』もあなたが気に入ったようですよ」
 ピエールが穏やかに言う。その脇で「こいつ雌だったのか」とヘンリーがつぶやいていた。その顔はややうんざりしたものになっている。
 どうやらアランと違い、あまり魔物に好かれる性質ではないのか、ヘンリーがクックルに乗ろうとすると彼女はひどく暴れた。アランの取りなしでようやく落ち着いたのだが、クックルの苦情を翻訳したピエール曰く、「何か気持ち悪い」からだったそうだ。
「不公平だ」
「まあまあ」
 ヘンリーのぼやきにアランは苦笑する。二人を含めた仲間たちは全員、馬車の中に入るか空を飛んで移動している。普段よりも速い速度で目的地へと進んだ。
 そのかいあってか、神の塔の入口にたどり着いたとき、まだまだ日は高い状態だった。
 馬車から降りたアランたちは自然と口数が少なくなっていた。塔の偉容に改めて驚いたということもあるが、何より周囲に漂う空気が他と異なることに気づいたのだ。肌身に浸透するような静(せい)謐(ひつ)さに、みな息を呑む。
 アラン、ヘンリー、ブラウン、ピエールの四人で、まずは巨大な両開きの扉に手をかける。かけ声と共に懸命に押し、あるいは引いた。しかし扉はびくともしない。
「やはり簡単には開かない、か」
「貴女の力をお借りするときが来たようですね」
 ピエールが振り返る。神妙な表情でマリアがうなずいた。
「わかりました。やってみます。皆さん、下がっていてください」
 マリアが進み出て、扉の前にひざまずく。そして両手を組み、瞑目して静かに祈りを捧げ始めた。
「そんなうまくいくかしらね。あの子、別に特別な力を持っているわけじゃないんでしょ?」
 メタリンが言った。アランは敢えて何も答えず、代わりに親友の横顔を見た。ヘンリーは自らも祈りを捧げるように静かに目を閉じている。その落ち着き払った態度にアランは確信する。きっとうまくいく、と。高飛車なメタリンもアランの表情を見て質問をあきらめたのか、それ以上何も言わずにマリアを見守った。
 そして。
 アランの直感を証明するかのように、やがて巨大な扉が薄く光を放ち始めた。間もなく、神の塔の扉はきしみをあげることなく静かに開いて、アランを迎え入れた。仲間たちが感嘆の声を上げる。
「すごいすごい! マリアすごい!」
「でも、何で? 何で開くのよ?」
 はしゃぐスラリン、ドラきち、クックルの脇で、メタリンが納得いかないとぼやいていた。
「マリアには確固たる信心と、信念があるんだ。神の塔はそれを認めたんだよ」
 額にうっすらと汗を浮かべながらも満面の笑みで振り返るマリアを見つめ、ヘンリーが誇らしげに言った。クックルがさっそく彼女に駆け寄り、背に乗るように促す。
 アランを先頭に、一行は神の塔の内部に足を踏み入れた。ずいぶん長い間閉ざされていたはずなのに、漂う空気に埃臭さ、黴臭さはない。呪文の力でも働いていたのか、外からではわからなかった窓が壁面にいくつも開けられている。そこから差し込む陽光で、塔の中は荘厳な輝きに溢れていた。
 しばらくまっすぐに歩く。やがて一行は巨大な吹き抜けの空間に出た。地面には草花が生え、その間を蝶がゆらゆらと飛んでいる。
「綺麗なところ」
 うっとりとマリアが言う。ヘンリーがうなずいた。
「確かに、神の塔と言われる理由がわかる気がするぜ。なあアラン」
 だがアランは返事をしなかった。怪訝に思ったヘンリーが親友の顔をのぞき込む。アランは眼を見開き、呆然と立ち尽くしていた。
「アラン?」
 仲間たちもまた主に声をかける。それでも反応しない。彼らはゆっくりと、アランの視線の先をたどった。
 ――誰かが、いる。
 光に満ちあふれる庭の中心、最もまばゆく輝くところに、うっすらと人の陰が見える。
 精悍な顔つきの一人の男と、吸い込まれるような不思議な瞳を持った一人の女。互いに向かい合い、じっと見つめ合っている。
 仲間たちだけでなく、マリアまで怪訝そうに目を細める中、アランと同じように固まる者がいた。ヘンリーと、ピエールである。
「……あれ、は……パパス、殿……?」
「間違いありません。十年前、私が見た英傑の戦士、その人です」
「だがっ! パパス殿は十年前に、奴らに……! あれはいったい、何なんだ」
「父さん……」
 ふらり、とアランが歩を進める。だがその直後、二人がこちらを振り返ろうとする前に、彼らの姿は霧となって消えた。
 胸の中にあふれる切なさを噛みしめ、アランはもう一度「父さん」と小さくつぶやいた。

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