小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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「あれが、アランさんのお父様……。では、隣にいた女性は」
「おそらく、あいつの母親だろう」
 庭の中央で周囲を見回しながらヘンリーは言った。アランは先ほどからずっと頭上に視線を向けている。まるで父と母の影をもう一度その目で捉えようとするかのように。
「神の塔が見せた幻、か。パパス殿はともかく、あいつの母上は俺も初めて見たが……それにしても、神の塔もなかなか残酷なことをするもんだぜ」
「そうですね……確かアランさんのお父上は、もう……」
 二人してうつむく。ふと、マリアが目を見開いた。
「そういえば、聞いたことがあります」
 顎に手を当て、記憶をよみがえらせるように一語、一語丁寧に言葉をつなげる。
「神の塔は、かつて、尊き魂の流れ着く場所、と呼ばれていたそうです。過去の偉人、聖人たちの記憶が、時折塔の中で像を結ぶ……そんな彼らが塔の中で逝き場を見失わないように、神は正しき道を指し示す鏡をお創りになった、と。修道院の書庫で目にした記録ですが……」
 マリアは胸に手を当て、心を痛めたようにアランを見た。それから彼女はおもむろにひざまずき、祈りの言葉を捧げ始めた。
「どうか彼の者の魂が、安らかならんことを」
「マリア……」
「私にはこのくらいしかできませんから。アランさん、その……どうかお気を落とさないでくださいね」
「ありがとう。僕は大丈夫」
 アランはヘンリーとマリアに微笑みかけた。スラリンやドラきち、クックルが心配してすり寄ってくるが、彼は笑顔のまま仲間の背を撫でた。
 それから一行は馬車を中庭に置いて、神の塔の本格的な探索に乗り出した。パトリシアを残して進むのは気が引けたが、この中庭は聖なる気が満ちる場所、周囲のモンスターも近づけないはずというマリアとピエールの進言を受け入れ、敢えて馬車の護衛を置かず全員で塔の内部へと進むことにした。
 一階部分は特にこれといったものもなく、邪気もさほど感じなかったが、いざ二階に上がっていくと次第にモンスターの気配も濃くなっていった。どうやら滅多に人が近づかないこの塔を根城にしている輩が存在するらしい。
「まったく、神の塔って言うわりにはモンスターが大勢いるじゃねえか」
 何度目かの戦闘を経てヘンリーがぼやく。それに対し、周囲を警戒していたピエールが応える。
「長い時間を経て、神気が濃く残っている場所はごく一部になったのでしょう。邪気も感じられます。ただ、ここが特異な場所というのは変わらないですね。神の塔周辺とは明らかに姿の違うモンスターが多く棲息しています」
「とにかく先に進もう。速く攻略すればそれだけ危険も減る」
 アランが進んで先頭を歩き出した。
 さらに塔の内部を上へ上へと進む。どうやら建物の外周に沿って各部屋が作られ、中央部分は全て吹き抜けという構造になっているらしく、手すりも何もない巨大な渡り廊下を歩く際は一行も肝を冷やした。
「こりゃあ、落ちたら助からねえな」
 こわごわとヘンリーがつぶやき、隣でマリアが「怖いことを言わないでください」と身をすくめた。
 何とか廊下を渡りきり、再び上へと続く階段を上り始めたときである。ピエールが何かの気配を察した。
「アラン。お気を付けて。この先に何者かいます」
「何者か……って、モンスターとは違う?」
「いえ、魔物には違いないでしょう。ですが、この気はただの雑魚とは少々違うようです。何か、私に近いものを感じます」
「ピエールに近いもの?」
 眉をひそめる。一行の中で随一の実力者である彼の言葉は見過ごせない。マリアを守りつつ、さらに慎重に歩を進める。すると上階が近づくにつれ、剣戟の音が聞こえてきた。鬨の声は聞こえず、不気味な沈黙の中での争い。その激しさは姿を見なくても想像ができるほどだった。
 どうやら、複数のモンスターが互いに激しく争っているようだ。気配を殺し、聞き耳を立てていると、次第に剣戟の音が少なくなってきた。それにあわせ、何やら固い金属が地面を打ち付ける音が耳に届くようになる。
「これは……甲冑の音?」
「そうですか。ここは彼らの住処となっていたのですね」
 ピエールがうなずく。同時にアランに強く警告した。
「アラン。気を引き締めてください。他の者たちも。この先に待ち受けているのはおそらく『さまようよろい』です。闇に落ちた騎士たちの魂が憑依した、命ある鎧。強敵です」
「わかった。皆、これから補助呪文をかける。集まって。スラリン、手伝って」
「うん、わかったよ。アラン」
 守備力上昇効果を持つスカラ、スクルトをかけるため、アランとスラリンは精神を集中する。その間、ヘンリーはマリアを傍らに置きながらひとりつぶやいた。
「しかし、だとしたらさっきの剣の音はどういう意味があったんだろう。まるで同士討ちをしているみたいだったが……」
「彼らの矜持は私の知るところではありません。私はただ、我が主の行く手を遮る者を退けるのみ」
 ピエールが言う。その手には抜き放たれた剣がすでに握られている。
 やがて準備の整ったアランたちは、意を決して階段を一気に駆け上った。できるなら先制攻撃を――そのための突撃である。
 しかし、上階に出たアランたちの足は見事に止まってしまう。
「これは」
 アランが呻く。
 そこに広がっていたのは、無惨にひしゃげたおびただしい数の鎧の残骸と、その直中に佇む全身甲冑を身に纏った一人の騎士であった。
 甲冑の騎士――『さまようよろい』が、兜だけの空虚な瞳をこちらに向けた。

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