小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 『さまようよろい』はアランたちをじっと見据えたまま動こうとしない。抜き身の長剣を片手にだらりと下げ、もう片方の手には頑強な大盾を握っている。
 アランは周囲に散乱した残骸を見た。よく観察すると、それはばらばらに砕かれた、何体ものさまようよろいの成れの果てだとわかった。すでに息絶えた彼らは、光の粒子となって消えていく。
 『さまようよろい』はこちらを見つめ続けていた。アランの視線と交差する。静かな緊張が辺りを包んだ。
「……疲弊している」
 アランはぽつりとつぶやいた。そして。
「あ、おい! アラン!」
 突然、無造作に歩き出したアランにヘンリーが驚きの声を上げる。アランは振り返らずに一言、
「大丈夫」
「だ、大丈夫って。いや、信じてるけどさ。おいってば!」
 ヘンリー同様、他の仲間たちもうろたえる。そんな中、ピエールだけが静かに彼の斜め後ろに付いてきた。
「我が主。あなたが何を心に決めようと、あなたの剣となり盾とならんとする者がいることをお忘れなく」
「ありがとう。君も使えるね? 回復呪文」
「そういうことですか。御意」
 短くつぶやき、ピエールは影のように付き従う。
 やがて『さまようよろい』の数歩手前まで近づいたアランは、立ち止まって問いかけた。
「君は、ここで何をしているんだい?」
「……」
「見たところ、皆君の同胞だ。君もかなり弱っている。もし君がこんな無茶をしたのなら、その理由を聞きたい」
「……」
 さまようよろいは無言だった。


「あの。アランさんはどういうおつもりなのでしょうか……?」
 おずおずと、マリアが口を開く。確かに普通なら、モンスター相手に何を聞いているのかと思うところだろう。ましてや目の前にいるのは同胞を何体も屠った凶暴な輩である。本来なら、ここでこちらの数的優位を最大限に利用し、一気に倒してしまうのが得策だった。
 しかし、付き合いの長いヘンリーは気づいていた。アランが何かしらの確信、決意を抱いていることに。もう何度目か数えるのも馬鹿らしいほどお決まりのため息をつき、ヘンリーは苦笑した。
「マリア、ここはあいつのやることを見守ろうぜ。君も知っているだろ? 大海原でしびれくらげの群に出会ったときのこと」
「え、ええ……」
「きっとあいつは今、あのときと同じようにモンスターの気持ちを汲み取っているんだ。だからこそ、あんな無謀にも見える会話をしてる」
 ヘンリーの言葉に、しばらく不安そうにアランと『さまようよろい』を見比べていたマリアは、やがて眦を決した。腹をくくった表情だった。
 足元でスラリンが飛び跳ねる。
「で、でもでも。あのヒト、なんだか怖いよっ」
「そりゃあお前がビビりだからだ。スラリン」
「そっ、そうかもしれないけど。なんか、『邪魔するなら容赦しないぞ!』って感じでどなられているみたいなんだもん!」
「敵意はそんなにない。今のところ」
 ブラウンが言う。アランの意を察して、彼女はおおきづちを地面に下ろしている。
 仲間たちが固唾を呑んで見守る中、アランはしばらく『さまようよろい』に語りかけ続けた。
 ふと、そのときである。
 吹き抜けとなった空間の下から、ふよふよと小さな影が現れた。スライムのような目鼻立ちに加え、体からはいくつもの触手が生えている。――『ホイミスライム』だった。
 ホイミスライムはしばらくアランたちに怯えたようにうろうろと中空を彷徨っていたが、やがて『さまようよろい』の背後にぴったりと隠れ、こっそりとホイミを唱え始めた。ヘンリーは眉をしかめる。
「あの鎧の仲間か?」
「傷を癒しているようですね。何だか……とても一生懸命に見えます」
 マリアの言う通り、ホイミスライムは『さまようよろい』の背後で何度も触手を上げ下げしながら呪文を唱え続けていた。癒しの光がさらさらと『さまようよろい』に吸収されていく。だが『さまようよろい』はホイミスライムの呪文の詠唱を遮ると、まるで「まだ隠れていろ」とでも告げるように腕を振る。その動きは鈍重で、あまり呪文の効果が出ていないことがうかがえた。次第にホイミスライムは泣きそうな表情を浮かべ始める。
「まるであんたね、スラリン」
 メタリンが揶揄すると、途端にスラリンは頬を膨らませた。
「僕泣いてないよ! それにあの子、とっても一生ケンメイだよ!」
「頑張ってるのは認めるけど。あの鈍くさいところはあんたそっくりって言ってんの」
「もぉー!」
「おいおい……止せよ、こんなときに」
 騒ぎ出す二匹をヘンリーがなだめ、改めて『さまようよろい』たちを見た。アランがなぜ最初に説得を試みようとしたのか、その理由をおぼろげに察する。
 ――さしずめ、あの『さまようよろい』は誰かさんを守るために同胞に牙を剥いた、と。それにアランは気づいて、もうそんな無茶は止めろと説得している。そんなところかな。
「……まったく。ことモンスターのことに関しちゃ、どうしてこうもうちの大将は勘が働くかねえ」
 笑いながらぼやくヘンリーの前で、アランはベホイミの呪文を唱えていた。『さまようよろい』とホイミスライム、両方にかける。彼の顔にはすでに、ヘンリーと同じように笑みが浮かんでいた。
 すでに敵対意志なしと判断したピエールが剣を収め、アランに告げた。
「この神の塔を出たい――彼らはそう申していますが、いかがされますか? 我が主」
 答えなど分かっているくせに――ヘンリーはそう思いながら、親友の側まで歩いて行った。ちょうどそのとき、アランが彼らに名を与えた。
 さまようよろいの『サイモン』。
 ホイミスライムの『ホイミン』。
 彼らが一行に加わることを受け入れたのは、それからすぐのことだった。

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