小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 焦げた空気の匂いが滞留する。
 じ……じ……、と余熱を残す地面に、アランたちは突っ伏していた。
「くくく」
 よろめきながらも偽太后が笑みを漏らす。その口から溢れた炎が小さく渦を巻いていた。
「なかなかしぶとい連中だったな。まあ、よく保ったというところか」
「……まだだ」
「なに!?」
 アランが手を突き体を起こす姿に偽太后は驚愕する。彼だけではない。隣でアランを守っていたピエールとサイモンも起き上がった。
「油断しました。まさか火炎の息を使うとは。アラン、サイモン。動かないでください」
 炎に耐性があるのか比較的軽傷のピエールが主と仲間に回復呪文をかける。サイモンはすぐに動きを取り戻したが、やはり生身のアランはそうはいかない。苦しそうに眉をしかめたままだ。
 アランもまた回復呪文の遣い手。だが彼は自らを治療する前に他の仲間を振り返った。ピエール以上に炎に強いコドラン、メタリンは無事だったが、ドラきちとヘンリーの火傷が酷い。彼らは地面で呻き声を上げていた。とりわけヘンリーは悔しそうに歯を食いしばり、必死に体を起こそうとしている。
「ち、くしょう……お前なんかに、負けるかよ。まだまだ、俺はお前を殴り足りないんだ……!」
「ヘンリー、待ってて。すぐに傷を――」
「アラン、いけません! 次の攻撃が来る!」
 ピエールの警告通り、偽太后の体は再び膨れあがっていた。
「しぶとい奴らめ! 今度こそ、これで消し炭にしてくれるわ!」
「しつっこいのはアンタの方よ! ムカツク!」
 メタリンが怒声を上げながら突っこむ。しかし、直前でがいこつへいに阻まれる。数は少ないが、偽太后は再び仲間を呼び寄せていた。
 偽太后との間に壁のように立ちはだかるがいこつへい。偽太后は自らが召喚した魔物もろとも、アランたちを再び火炎の息で焼き払うつもりなのだ。
 アランが歯を食いしばった、そのとき。
「――、ニフラム!」
 どこからか呪文の声が響く。同時にがいこつへいの頭上に光の輪が現れ、その白く眩い光の中へ彼らを吸い込んでいった。目を瞠るアランたちの横を、何かが高速で過ぎ去っていく。
「クルルルルッ!」
 高らかに鳴き声を響かせ、クックルが偽太后にたいあたりを仕掛けた。腹に直撃を受け、偽太后の口から炎が切れ切れに吐き出される。
 クックルの背に乗っていたのはスラリンとブラウンだった。おおきづちを背負ったブラウンがひらりとクックルから飛び降り、地面に着地するなり得物を大きく振りかぶった。
「会心の」
「むうっ!?」
「いちげき」
 目を剥く偽太后の腹目がけて、ブラウンの渾身の打撃が炸裂した。凄まじい衝撃で皮膚がうねり、偽太后は天に向かってまるで噴水のように炎を吹き出した。
「――、ホイミ」
 さらに呪文の声。遅れてやってきたホイミンが、倒れ伏すヘンリーとドラきちに回復呪文をかけていた。おどおどした仕草ながら懸命に仲間を癒す。そのかいあって、間もなくヘンリーたちは立ち上がった。
「助かったぜ、ホイミン。ばっちりの機だ!」
 片目を閉じて笑みを見せるヘンリーに、ホイミンは照れくさそうに触手をもじもじさせた。
「アラン、前を」「頭、前」
 ピエールとブラウンが声を揃える。アランが視線を向けた先には、焼け焦げた石畳とサイモンらの手によって斬り伏せられたがいこつへいの姿、そして歯がみする偽太后しかいない。
「道が開けました。突撃の好機です。ご命令を」
「うん」
 アランは鋼の剣を構えた。ひとつ息を吸い、腹の底から叫ぶ。
「これで終わりにするぞ! 全員、突撃ィィッ!」
 アランを先頭にヘンリーが、仲間モンスターたちが一気に偽太后に向かって駆けた。正面から、右から、左から、上から――偽太后を追い詰める。
 だが相手も一筋縄ではいかない。痛打を浴びながらも偽太后はその強靱な両腕を振い、迫り来る敵を弾き飛ばそうと躍起になっている。
 力を、権力を集中し、ひとりですべてを牛耳ろうとした者と。
 仲間と力を合わせ、それぞれの長所を生かしながら戦う者と。
 両者の差は、やがて決定的な結果を生んだ。
「ぐおおおおっ」
 偽太后が絶叫した。その腹には三方向から戦士たちの剣が突き刺さり、両の腕は度重なる攻撃で力を失い、さらには視界までも呪文によって奪われた。
 偽太后の体に突き立てた剣を握りながら、アランは叫んだ。
「今だ、ヘンリー! 行けぇっ!」
「おう!」
 応えるヘンリーの体はクックルの上にあった。強靱な足腰で飛び上がったクックルの背からさらに飛び上がる。遙か頭上から、ヘンリーはくさりがまの刃を偽太后に向けた。
「偽太后! お前がこの国で犯した数々の罪の報いだ。今ここで受け取れ!」
「こ、この小僧どもがっ。誰のおかげでラインハットはここまで強く……っ」
「お前が持ち込んだのは本当の強さじゃねえ!」
 風を切り、ヘンリーは体ごと刃を叩き付けた。その刃先は過たず、偽太后の眉間に深々と突き刺さった。
 目を極限まで見開いた偽太后と顔を合わせ、ヘンリーは拳を握った。
「人、舐めんなよ?」
 その一言と同時に、偽太后は長い長い悲鳴を残して崩れ去った。

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交響組曲「ドラゴンクエストV」天空の花嫁
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