小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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「こ、のっ。てめえ、何しやがる!」
 クラリスに近づいていた男が怒声を上げる。だが腰が退けていた。アランのバギに慌てふためいたのは明らかだった。ちらりとクラリスに視線をやり、アランは諭す。
「クラリスさん、嫌がっていますよ。離れてください。それから、そこの男の人も解放してあげて」
「あ!? なにわかんねえこと言ってンだてめえ!」
 男が腰に手をかける。提げていた剣を鞘から引き抜いた。
「叩っ切られたいか!? あ!?」
「離れてください」
「うるせえ! 文句あるならかかってこ――」
「いいから離れろと言ってるんだ!」
 一喝。その声量に男たちだけでなく、クラリスまでもびくりと体を震わせる。彼女はすぐにアランの意図を悟り、男たちから距離を取った。仲間の踊り子たちに下がるよう身振りで指示し、気丈にも男たちに告げる。
「お客さん。そこのお兄さんの言う通りです。早々にお引き取りください」
「く、くそ!」
 クラリスに冷たい視線を向けられた男は歯がみした。アランに威圧された悔しさからか、手にした剣が激しく震えている。やおら血走った目をアランに向けると、男たち三人は一斉に蛮声を上げながら飛びかかってきた。
 クラリスが悲鳴を上げる。「逃げて!」という声をアランは聞いた。
 アランは剣を抜かず、静かに構えを取る。
 男たちは威勢こそ良いが、身に纏う空気はこれまで対峙してきた強敵たちとは比べるべくもない。怖れる必要など微塵もなかった。
 ――彼女のステージを、血で染めてはいけない。
 強くそう思ったアランは、あろうことか、迫り来る剣を素手で掴む。
「なっ!?」
 まるで岩でも叩いたかのような感触と音に男たちが目を剥く。アランの手は呪文の光に覆われていた。防御力強化呪文スカラ――体の一部に呪文の力を集中させることで、一時的に鋼鉄をもしのぐ強度を持った彼の手は、男の剣を文字通りへし折った。ステージの灯りに照らされ輝々と舞う鉄の欠片に、男は口を真円に開け、呆けた。
 アランの動きは止まらない。
 空いた手で剣を砕いた男を地面に引き倒すと、鋼の剣を収めた鞘でもう一人の男の脛を打ち付ける。苦痛に呻いて屈み込んだ男の顎先を、鞘尻をかち上げてさらに殴打する。
 残った一人を睨み据えると、その男は剣を振り上げた姿勢のまま固まった。隙を見逃さず、彼の手元目がけて素早く呪文を唱える。
「――バギ」
 威力を絞った風の刃が剣の鍔を正確に打ち据え、そのまま男の手から剣を奪って二階の手すりに突き刺した。
 びぃぃ……ん、という剣が震える音が、静まり返ったステージに鋭く響く。
 持って行かれた自らの剣を呆然と眺めていた男の鼻先へ、アランは抜き身の剣を突きつけた。
「まだやるかい?」
「ひっ……!?」
 引きつった顔で男は尻餅をつく。気がつくとステージ上のクラリスを始め、観客や従業員たちが男を取り囲んで見下ろしていた。顔中に脂汗を流し始めた男は、まるで迷子の子どものように視線を彷徨わせ、やがて無理に強面を作った。
「き、今日のところは勘弁してやる!」
 上ずった声で捨て台詞を吐き、男は宿の出口へ駆け出した。
「待て」
 アランは彼を呼び止める。面白いように男の足が止まった。
「残りの二人も連れて行くんだ。君の仲間だろう?」
「ち、ちくしょう!」
 悔しさか、怒りか、それとも羞恥か、男は顔を真っ赤にしながら吐き捨て、大の字に伸びた二人の男を引きずりながら宿を出て行った。彼らの姿が完全に見えなくなってから、アランは息をついた。鋼の剣を鞘にしまう。
 脅されていた男とクラリスは大丈夫か――そう思って様子をうかがおうとした直後、大きな歓声と拍手がアランを包んだ。
「いや、凄いぞあんた! いいもの見せてもらった!」
「あいつら時々ここに来ては何度も暴れてたからな! いい気味だ!」
「きゃああっ、お兄さんカッコいい!」
「え……と?」
 アランは戸惑った。彼にしてみれば、とりわけ特別なことをしたつもりはないのだ。奴隷時代のときと行動は変わらない。あのときと違うのは、問答無用で捕えられ、鞭の洗礼を浴びることがないことと、周囲の歓声の大きさだった。
「助けた人が無事ならそれでいいんだけどな」
「本当に凄い人ね、あなた」
 苦笑しながらつぶやいたアランの一言を、クラリスは耳にしたらしい。ステージから降りた彼女は、アランの手を握ると華のように笑った。
「ありがとう。あなたのおかげで助かりました。踊り子たちを代表してお礼を言わせてください」
「いや。僕の方こそ申し訳ないことをした。ステージ、台無しになっちゃったね」
「ふふ。お客さんはむしろ盛り上がったみたいだけれど。ちょっと悔しいな」
 クラリスは片目を瞑った。
「私の名前はクラリス……って、もう知ってるか。あなたの名前、聞かせてもらってもいいかしら?」
「僕はアラン。よろしく」
「そう、アラン。覚えておくわ、格好いい英雄さん」
 そう言ってクラリスはステージに戻った。彼女は振り返ると、アランに向かって投げキスを送った。
「またこの宿に来たときは、ぜひ私たちに逢いに来てね。きっと皆、あなたとお話したいと思っているから。もちろん私もね」
「はは。うん、きっと」
 アランは手を振り、ステージの奥に戻っていくクラリスたちを見送った。興奮冷めやらぬホールの中、さて、どうしたものかと思案していると、不意に声をかけられた。
「んだ! あんたなら信用できるだ!」
 振り返ると、あの農夫の男が金袋を手にこちらに駆けてくるところだった。彼は赤ら顔で言った。
「おねげえだ、オラたちの頼み、聞いてはくれんか!?」

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