小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 興奮気味の農夫をなだめ、とりあえず手近な席に座る。男はアグリと名乗った。体型こそずんぐりとしているが、太っているわけではない。むしろ足腰も肩もがっしりしていて、日焼けも濃かった。日がな一日畑仕事に精を出している男の体付きである。
「ごほん。頼みっちゅうのは他でもねえ。あんたの腕っぷしを見込んで退治してもらいたい化物がいるだよ」
「化物?」
「んだ」
 アグリはうなずき、語り出した。
 彼らの住む村カボチの付近に、しばらく前から化物が棲みついて、畑を荒らし回っているのだという。その荒らし様も凄まじく、時には畑に大穴が開くこともあった。化物はもっぱら夜に現れるため、その姿を直に見た人間は少ないのだが、目撃者の話では大人の腰ほど丈がある巨大な四足獣だったらしい。
 幸い、まだ村人自身に被害は出ていないが――
「このままじゃオラたちゃ揃って飢え死にだ。だけんど、だからと言ってオラたちだけじゃ化物相手に歯がたたねえ。そこで人がたくさん集まるポートセルミさ来て、強そうな戦士見つけて化物退治をお願いしようっつー話になっただよ」
「その役目を、僕に?」
「んだ! 見たところ、あんちゃんはすげえ強いお人だ。きっと化物も何とかしてくれる。オラはそう思ってる」
 アランは黙り込んだ。話を聞く限り、化物というのは獣型のモンスターのことなのだろう。困っている村人たちを救うことに否やはないが、アラン自身、そういったモンスターたちと共に冒険をする人間だ。わざわざ人目を忍び、夜に人里に出てきて畑を荒らすという行為に彼は微かな違和感を覚えた。畑に大穴を開けるほど凶暴な力を持っているにも拘わらず、人的被害がないということも気にかかる。
 沈黙を否定と捉えたらしい。アグリは必死になって身を乗り出した。
「もちろんタダとは言わね! 三〇〇〇ゴールド! 無事に化物を退治してくれたらお礼にあげるだよ。その証拠にほれ、ちゃんと前金として半分、用意してある!」
「いや、ですが」
「村人みんなでコツコツ貯めた金だ。引き受けてくれたらこの場で半分、一五〇〇ゴールドをあんたにやる! だから頼まれてくんろ!」
 お金の問題ではない、そう口にしようとしたとき、アグリは椅子から立ち上がりアランの側で土下座をした。
「お願いだ、このままじゃオラたちは死ぬしかねえ! オラの、オラたちの頼み、どうか聞いてくれ。この通りだ!」
 床に額を打ち付ける勢いで頭を下げる。アランはゆっくりとアグリの側に膝を突いた。
「アグリさん、顔を上げてください。あなたのお気持ちはわかりました」
「おお、それじゃ!?」
「どれほど力になれるかわかりませんが、できるかぎりのことをやってみましょう。今のお話、僕もこの目で確かめてみたいし」
「おお、おおっ! そうか、頼まれてくれるか! ありがとう、ありがとう!」
 感激のあまり涙ぐみながらアグリがアランの手を握る。そしてすぐに、持っていた金袋を差し出した。
「約束だ、前金で一五〇〇ゴールド。確かに渡すべ」
「アグリさん、僕は別に」
「いんや! 田舎モンにだってそれなりの誇りはある! 受け取ってくんろ!」
 強引に押し付けられる。わずかに困惑の表情を浮かべながら「もしかしたらこの押しの強さがあったからこそ村の代表として送り込まれたのかな」とアランは思った。
 大任を果たして満足したのか、アグリは実に晴れやかな表情で立ち上がる。
「オラたちのカボチ村は、ポートセルミからまっすぐ南に下ったところだかんな。できるだけ早く来てくんろ! んじゃ!」
 という言葉を残し、彼は軽やかな足取りで宿を出て行った。
 アランはしげしげと金袋を眺める。もしカボチ村が農業だけで生計を立てている村ならば、これだけの金を用意するのは相当の努力が必要だっただろう。実際の重量以上の重さをアランはその手に感じた。
「大変なことを引き受けちゃったね、アラン君」
 ふいに声を掛けられた。椅子の背もたれに手を乗せ、クラリスがアランのすぐ後ろに立っていた。深紅の踊り子衣装ではない。淡い桃色を基調とした、簡素な貫頭衣を着ている。
 こういう格好でがっかりした?とクラリスは舌を出した。
「私、私服はあんまり買わないの。普段生活できればそれで十分だから」
「クラリスさん。さっきの話、聞いて――」
「ごめんなさい。どうしても気になって」
 そう言ってクラリスは先程までアグリが座っていた椅子に腰掛ける。改めて相対すると、質素な衣服にもかかわらず舞台上にいるときと同じような華をクラリスから感じた。これはこの人の人柄だなとアランは感心する。
「南のカボチ村は、以前に一度だけ訪れたことがあるわ。年に何度かある地方巡業のときにね」
 とにかく『田舎』という言葉がぴったりくる村だったと彼女は言う。
「一緒にいた後輩たちは『寂しいところだ』って不満そうだったけど、私は結構素敵なところだなって思ったわ。こう見えて私、田舎の暮らしって馴染み深かったりするから。ただ、ね」
「どうかしたんですか」
「うん、カボチ村は良くも悪くも本当の『田舎』だから。さっきのアグリさん?、は違うみたいだけど、あまり余所から来た人にいい顔をしないの。特に男衆の態度は顕著。だからアラン君も、村を訪れるときはあらかじめ心構えをしておいた方がいいかもしれないわ」
 それから、と彼女は付け加える。
「こっちが言いたいことの本題。君なら大丈夫だと思うけど、相手が相手よ。絶対に無理しちゃ駄目だからね?」
「ええ、わかってます。要はもう二度と村を襲わないようにすればいいわけですから」
 クラリスが首を傾げる。アランの言葉の意味を掴みかねたのだろう。アランはそれ以上は何も言わず、ただ苦笑を浮かべた。この心の引っかかりを彼女に説明しても、おそらく共感はされないだろうと彼は思った。
 まあ、まずはこのことをどう仲間に――特にピエールに説明するかが先だよな、とアランは静かに嘆息した。その拍子にじゃらり、と金袋が重苦しい音を立てた。

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