小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 ――主たる貴方が決めたこと、私に否やはありません。しかし、せめて一言ご相談頂きたかったです。
 それが事情を聞いたピエールの第一声だった。呆れた様子がありありと伝わってきて、アランは苦笑せざるを得なかった。「それもまた、貴方という人間の人徳なのでしょう」と言われればなおさらだ。
 一行は今、ポートセルミを出発して南を目指していた。すでに数日が経過し、ようやく目的地らしき小さな村を視界に捉えたところである。あれがアグリの住むカボチ村だろう。
「なーんにもなさそうな村ね。これならまだ、ちょっと前のサンタローズの方がましだったわよ」
 アランの肩に乗りながらメタリンが嘆息する。相変わらず遠慮のない口調だった。複雑な表情を浮かべたアランに気づいたのか、空からコドランがメタリンを軽く小突いた。「メタリン、こりないね」とスラリンが呆れる。
「う、うるさいわねっ。ちょっと口が滑っただけじゃない!」
「だめだよ。もっと思いやりがなきゃ」
「ううう」
「ほら、ふたりとも。仲良くするんだ。僕なら大丈夫だから」
 アランが取りなし、ピエールを振り返った。
「これから詳しい事情を聞きに村に入るけど、僕が一人で行こうと思っている。いくら変化の石があると言っても、小さな村だからね。何を言われるか」
「そうですか」
 嘆息するような口調だった。彼のことだ、きっとアランの本音に気づいたのだろう。
 クラリスの話からして、カボチ村の住人は余所者の来訪にいい顔はしないはずだ。仲間たちが白い目で見られるくらいなら自分一人で十分――と、アランは考えていた。ピエールは彼の思いを悟った上で、無用の混乱を避けるために主の言葉に頷いたのだろう。ただ、どことなく不満そうな空気が兜で隠れた顔から伝わってきたが。
「お気を付けください。このような場所で貴方が遅れを取ることはないかと思いますが、万が一、村人と争いになったときは躊躇ってはいけません」
「起こらないよ、そんな万が一なんて」
「私は時々、貴方がどうしてそこまで人間を信用できるのか不思議でなりません」
 忠実な騎士の心からの台詞にアランは再び苦笑を浮かべた。わずかに首を振るピエールの肩をサイモンが叩き、アランに向かって自らの胸を叩いて見せた。『私たちにお任せください』と言っているのだとわかった。
「それじゃ、行ってくる。すぐに戻るよ。後はお願い」
 仲間たちにそう告げて、アランはひとりカボチ村へと歩を進めた。
 村に近づくと、まず目に入ったのはいくつもの柵だ。あり合わせの材料で拵(こしら)えたらしく粗末な造りだが、柵そのものは新しい。おそらく例の化物対策に村人たちが腐心した結果だろう。
 村長宅への道すがらアランは村の様子を観察した。思ったより人影は少ない。化物が暴れたと思しき畑の痕はまだいくつか目に付いた。そのうちのひとつに近づく。なるほど、鋭い爪で力強く抉った痕が見て取れるが、よく目を凝らすと抉られているのは畑の一部のみで、他の部分は無傷だった。
 目線を下げ、地表を観察する。化物が付けた足跡は驚くほど広い間隔が開いていた。アグリは巨大な四足獣と言っていたが、素早い身のこなしと高い跳躍力も併せ持った獣なのだろうとアランは思った。
「おい、あんた」
 ふいに声をかけられ、アランは振り返る。藁帽子に薄汚れた白い短衣を着た男が、手に鍬を持ちながらアランを見据えている。その視線はクラリスが言う通り、とても友好的とは言えない。
「もしかしてアグリが言ってた冒険者だべか?」
「え、ええ。依頼を受けたので、今日ここに」
「ふん。遅かっただべな」
 男は鍬で村の奥を指す。
「アグリも村長もこの先だ。さっさと行ってくんろ」
「あ、はい。ありがとうござ、い、ま――」
 礼を言い切る暇もなかった。男は早々に踵を返すと、いずこかへと歩き去った。
「苛立っているみたいだ、村の人たち」
 これは早めに何とかしないととアランは思った。
 指示された通りに歩くと、やがて柵で囲まれた比較的大きな家屋に辿り着く。近隣の建物と違い二階建てだ。裏手には数頭の山羊の姿もある。ここが村長の家だろう。
 心なしか妙な威圧感を覚えながらアランは扉に手をかける。
「とにかくオラは反対だ! どうせ金だけふんだくられて、それで終わりだべさ!」
 扉越しにそんな声が聞こえ、アランは手を止めた。家の中ではなおも数人が言い争っているようだったが、やがて乱暴な足音が近づいてきた。扉が内側から開くと同時に怒声が飛ぶ。
「もういい! オラは仕事に戻る! ……あ!? なんだオメは?」
「あの」
「どいてけれ!」
 出てきた男はアランを一瞥するなり肩で押しのけるようにして歩き去った。気まずさを抱えながらも、アランは開け放たれた扉から家の中に入る。するとちょうど二階に上がろうとしていたアグリと鉢合わせた。
「おお! あんちゃん、来てくれたか!」
「はい。遅くなりました、アグリさん」
「構わん構わん。ささ、中に入ってけろ。村長は二階にいるでな」
 アグリに促され、二階へと上がる。不安定で狭い階段を踏みしめながら、仲間モンスターを連れて来なくてよかったとアランは内心で息をついていた。
 二階に上がると、部屋の中央に大きくて背の低い丸机が置いてあり、机を囲むようにして三人の男が顔を突き合わせていた。
 もっとも奥まったところに座る老人が口を開く。
「アグリ、その人が例のかえ?」
「はいな、村長」
「アランといいます」
 会釈する。村長に促され、丸机の端に腰を落とした。緊張しているのか、村長は軽く咳払いをして背筋を正した。
「こんたびはワシらの頼み聞いてくれて、すまねえこって。ほんに助かるだよ。で、さっそく退治してもらいたい化物のことなんじゃが」
 言葉を探すように長く白い髭をいじる村長。
「これが、まんず狼のような虎のような、おっとろしい化物でなぁ。しかもどこに住んどるかわからんときたもんですわ。ただ西の方からやってくるっちゅうことだけは皆知ってるだよ。そこは恐ろしい魔物の巣になってて、村のもんならまんず近寄らん」
「西……魔物の巣、ですか」
 んだ、と村長はうなずき、そして身を乗り出した。
「おねげえだ、お前さんは強いんだろ? どうか西から来る化物を見つけて、退治して来てくんろ!」
 そう言うと村長だけでなくアグリたちも深く頭を下げた。

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