「アルカパだーっ。お母さん、早く早く!」
「ビアンカ。あんまり急ぐと転ぶよ」
「お父さんに早くお薬持っていってあげなきゃ!」
草原の先、サンタローズと同じように森に囲まれた場所にアルカパはあった。先を行くビアンカたちの後ろ姿を見ながら、パパスがつぶやく。
「ビアンカは心優しい子なのだな」
「うん。ビアンカはやさしいよ」
アランがうなずくと、なぜかパパスは苦笑を浮かべた。首を傾げるアランに、パパスは「何でもない」と答えた。
街に入ると、綺麗に整備されたレンガ造りの道がまっすぐに延びていた。道沿いの建物はみな立派な造りで、サンタローズと比べるととても大きな街だということがわかった。アランは素直に驚く。
「すごいね、アルカパって」
「うむ。この辺りでは一番大きな街だろう」
「ここよりもっと大きなまちがあるの?」
「あるさ。少し遠いが、ラインハットはここよりもさらに大きい。世界にはまだまだたくさんの街があるのだ」
「うわぁ……。僕もいつかいきたいなあ……」
物珍しさからアランはきょろきょろと辺りを見回す。晴れ渡った空から降りてくる風は心地よく、歩くたびにこつこつと鳴る石畳が楽しくて、アランは笑いながらスキップをしていた。
しばらく歩くと、突き当たりに大きな建物が見えてきた。周囲の建物が二、三件入ってしまいそうな程の大きさだ。アランは思わず立ち止まり、口をあんぐりと開けた。
「あれがビアンカのご両親が開いている宿屋だ」
「えっ!? あれがビアンカのおうち!?」
「待たせては申し訳ない。急ぐぞ、アラン」
パパスに連れられ、扉をくぐる。初めて聞くような重厚な音がした。
建物の中に一歩踏み入れた途端、外とは違う空気がアランの肌に触れた。どこか暖かみがある、不思議な感覚だった。
受付カウンターを横切り、裏手にある部屋へと向かう。そこがビアンカたち家族の居室だった。入ってすぐ、ビアンカがパパスたちを部屋の奥へと案内する。
「いま、お母さんがお薬をあげています。おはなしもできますよって、お父さんが」
「うむ。ありがとう」
ビアンカの案内で寝室に入る。おかみさんに介抱され、宿屋の主人が横になっていた。
「ごほ……おお! パパスじゃないか……ごほごほ」
「ほらあんた。まだ薬を飲んだばっかりなんだか、安静にしてな」
「ダンカン。具合はどうだ?」
「なに、ただのカゼさ。心配かけてすまなかったな……ごほごほっ」
「ウチのひと、気は大きいのに身体が弱くてねえ。まったく情けない」
「はは。しかし大事ではなくて安心した。サンタローズの薬はよく効く。おかみさんの言うとおり、安静にしているのがいいだろう」
「ごほ。それよりパパス、今度の旅の話を聞かせてくれないか――」
旧知の仲なのか、話が盛り上がるパパスたち。邪魔をしては悪いとアランはそっと寝室を出た。同じように部屋の外で大人しく待っていたビアンカと顔を合わせる。彼女は肩をすくめた。
「やっぱり、大人たちのお話ってながいのよね」
「うん。でもしかたないよ。ひさしぶりに会ったんだから」
「お父さん、寝込んでからはあんまり笑わなかったけど、いまはとってもうれしそう。だからそっとしてあげましょ。……あ、そうだ。アラン」
ビアンカが手を合わせる。
「もしお外に行くなら、いっしょに行きましょ。アルカパの街を案内してあげる」
「え? ほんと?」
「うん。お薬のお礼もしなきゃ」
満面の笑顔を見せるビアンカに、アランは喜んでうなずいた。