小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 金髪のお下げが歩く度にぴょこぴょこ揺れる。
 ビアンカの後ろを歩くのは楽しい。色んなものが新しく見える――
「? どうしたのアラン」
「ううん。何でもないよ」
 振り返ったビアンカにアランは手を振って見せた。まさかビアンカの後ろ頭を見ながら楽しんでいたとは言えない。
 もちろん、それ以外にもアランにとってアルカパの街は十分以上に新鮮だった。
 まず、街を歩く人の数が違う。サンタローズも季節によって村人の服装は変化するが、アルカパの人々は色とりどりの服を身に付けていた。だが、毒々しいほどの派手さはない。品がある、とでも言おうか。旅人も訪れるのだろう。時折、鎧兜に身を包んだ大男も通る。
 建物の大きさはすでに目抜き通りで体験済みだが、よくよく見ると建物の種類もさまざまだ。平屋建て、窓も少ししかないこぢんまりした家もあれば、大きな煙突からぽっぽっと煙を出し続ける家もある。もちろん、ビアンカの家である宿屋が街の中で一番大きい。
 そして何よりアランが驚くのが、道ばたに植えられた綺麗な花々の数だ。特に街の中心部にある教会の周囲には、教会をぐるりと囲むように色とりどりの花が植えられている。春の陽気に似つかわしくない寒さに襲われているのはアルカパでも同じはずだが、少なくとも見た目においては寒々しさとは無縁だった。
 都会都会しているわけではなく、さりとて寒風吹きすさぶ田舎でもない。不思議な調和を保った街だった。
 道具屋、武器屋などを冷やかし、教会のおじいさんの長い話に苦笑いを浮かべ、酒屋のお姉さんに「逢い引きだ」とよくわからない単語を言われながら、アランはすっかりこの街に魅せられていた。
 だが――街の南にある小さな広場にさしかかったとき、初めてうきうきした気持ちにかげりが差した。
 猫が唸り声を上げている。明らかに警戒し、威嚇する声だった。
 アランと同じか、それより少し年上の少年が二人、猫を取り囲んでいた。彼らは手に持った棒で猫を突っついている。猫はさかんに威嚇の唸りを上げているが、いかんせん身体が小さい上、弱っているのか声自体に力がない。首に巻かれたひもが広場に突き立てられた棒に繋がれ、身動きが取れないようだった。
 彼らの姿を見た途端、ビアンカが声を張り上げた。
「こらぁっ! 何やってんの!」
「げ、ビアンカ!?」
 少年の一人がびくりと肩を震わせる。それに構わずビアンカはずかずかと彼らの側まで近づいた。びしり! と眼前に指を突きつける。
「そんな可愛い猫さんいじめて、何が楽しいの!」
「いや、だってなあ」
「こいつ、面白い声で鳴くんだぜ」
 言うが早いか、少年が棒で猫をつつく。すると「ふがなぁおう……」という鳴き声が漏れる。
 やめなさい、とビアンカが言うより早く、アランは少年から棒をひったくった。むっとする少年を真正面から睨む。少し相手がひるんだ。その様子をビアンカが少し驚いた表情で見つめる。
 アランは猫に目を向けた。どこかで迷ったのか、身体は泥だらけ、毛並みは乱れ放題、身体もどこかげっそりしている。
 だがアランは眉をしかめることもせず、ただじっと猫を見つめた。
 猫もまたまっすぐにアランを見返す。
 綺麗な目だな、とアランは思った。心の中で語りかける。
 君は、誰?
 どこから来たの?
 僕と友達になれるかな?
「……アラン?」
 ビアンカに声をかけられ、我に返る。猫との間に少年たちが割り込んだ。
「と、とにかくこいつは俺たちが見つけたんだ。俺たちのだ」
「何言っているのよ。いまスグはなしなさい!」
「えー……」
「うーん。じゃあ、こうしようぜ!」
 いかにも名案、という風に少年が手を叩く。
「お化け退治さ!」
「え?」
「アルカパの北にお城があるのは知ってるだろ? そこに出るんだってさ。夜な夜なお化けがさ。そいつらを追いはらったら、この猫はあげるよ!」
「それはいいな! お化け退治だ、お化け退治!」
「い、いいわよ。そのかわり、お化けを退治できたらちゃんと猫ちゃんははなしてあげるのよ!」
「うん。わかった」
 売り言葉に買い言葉か、ビアンカが怒り心頭に宣言した、その脇で。
 アランはじっと、猫の瞳を見つめていた。猫もまた唸り声を上げるのをやめ、じっとアランを見つめていた。
 ほら、行くよ――とビアンカに襟首をつかまれ、引っ張られる。去り際、猫が「なぉん……」と小さく鳴く声が聞こえた。

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