小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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(それでチロルさ――チロル。ご相談というのは?)
 ビックアイが尋ねると、チロルはゆっくりと岩場を降りてきた。彼女の表情にはどことなく辛そうな色がある。
(また食糧が足りなくなってきた。だから今度確保する量の相談と、私が留守にする間の監視をお願いしたいのだけれど)
(まーたー?)
 嘆息するドロヌーバをビックアイが殴る。まほうつかいは顎に手を当て、思案しながらつぶやいた。
「しかしのうチロル。毎度思うが、お前さんがそこまでする必要があるかい?」
(爺の言う通りです。我らが食する分については十分なのですから、わざわざ貴女が人里に出て行く必要は無い)
(それーにーぃ)
 殴打されて地面に広がっていたドロヌーバが言う。
(チロルはー、たべものーを奪ってくるとき、いつーもー辛そうだーよー。やめたほーがーいいよ)
(……そうね)
 チロルはうなだれた。落ち込む彼女を見たビックアイが再びドロヌーバを殴る。(貴様はもう少し時と言葉を選べ!)(えええー……)と騒ぐ二匹を余所に、まほうつかいが再び諭す。
「お前さんが来てから、ここはずいぶんと平和になったわい。それは間違いない。じゃがの、だからといってチロルが全てを背負う必要はないのじゃ。もっと言えば、ここに留まる必要もないじゃろうて。洞窟でキラーパンサーはお前さん一匹、じゃがほれ、お前さんぐらいの美貌なら、キラーパンサーの巣に行けばモテモテじゃぞ? 古今東西の知を身につけた儂が言うのだから間違いない」
(ありがとう)
 チロルは髭を揺らして笑った。そして洞窟を振り返る。
(だけど、私はここを離れるわけにはいかない)
「それは、お前さんがここに来たときに持っていた『あの剣』が関係しているのか?」
(ええ。とても大事なものだから。あの剣を奥の奴らに押さえられている以上は、駄目)
 ぐるる、と我知らず唸り声を上げるチロル。その瞬間、普段は気が強くも思いやりに溢れる瞳が獰猛な獣の光を宿した。まほうつかいはため息をつき、チロルの首をぽんぽんと叩いた。
「やれやれ。困ったの。我らだけで奥の奴ら全員を相手にするわけにいかぬが、だからこそ平穏が保たれていると考えると皮肉なもんじゃ」
(口惜しい。あの剣さえなければ、チロルは自由なのに)
(ビックアイ)
 チロルが目を細めて職人気質のモンスターを睨む。普段強面の彼は途端に萎縮して頭を垂れた。
 それから四匹は一度洞窟の住処に戻り、食糧調達の算段を始める。奥に棲むモンスターの中で比較的仲の良い者と情報交換し、必要な分をチロルが近くの人里――カボチ村まで奪いに行くというものだ。本当ならもっと大人数で行けば効率が良いのだが、村人を傷つけたくないというチロルの意志を通した結果、彼女一匹が骨を折る結果になっている。『お前の顔を立ててやるから、その分働け』というのが奥のモンスターの言い分なのだ。
 大まかな調達量を把握したチロルが出発のための準備をしているとき、突然洞窟内にモンスターの警告が響いた。
(大変だ! 人間が攻めてきたぞ! 一匹!)
(余所者もいるぞ! こっちは多い!)
 チロルたちは顔を見合わせた。ここで言う『余所者』とは別地域に棲んでいるモンスターのことを指す。だがなぜモンスターが人間と一緒に攻めてくるのだろう。
「ほほう。なるほどこれは珍しい。魔物使いか」
 まほうつかいが意味ありげに言った。ビックアイが大きな目を細めて怪訝そうに老人モンスターを見る。
(何だそれは)
「読んで字のごとく、ってお前さんらは文字が読めなかったな。我らモンスターの邪気を祓い、味方に引き入れる能力を持った人間のことじゃ。おそらくやってきた余所者はみな人間の味方じゃぞ」
(要するに裏切り者ということではないか)
「ま、そうとも言えるが……良いのか、ビックアイ? お前がチロルの前でそのようなことを言って」
 見事に凍りつくビックアイ。チロルがかつて人間と共に冒険していたことを彼も聞き及んでいた。恐る恐るキラーパンサーを見る。彼女は怒った様子はなかったが、表情は真剣だった。
(この時期に来るということは、やはり村の人間と考えるべきかしら)
「でしょうな。大方、村が金で雇った傭兵といったところじゃろう」
(まほうつかい。傭兵というのは人を攫ったりする者のことか?)
 チロルの口調の変化に眉をひそめながらまほうつかいは首肯する。
「そういうことをする輩もいるじゃろ」
(では洞窟の奥でたまたま剣を見つければ、躊躇なくそれを奪うこともある?)
「あるじゃろうな」
 敢えてそれだけを告げる。ちょうどそのとき、さらなる警告が響き渡る。
(奴ら手強いぞ! 奥に行かれた!)
(チロル!)
 ビックアイが声を上げたときには、すでにキラーパンサーは火炎色の鬣を翻して洞窟の奥へと駆け出していた。

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