小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 時の流れによって自然に作り上げられた洞窟は、確かに魔物の巣と呼ぶに相応しい場所であった。人の出入りがないためか洞窟内に道らしい道はなく、ごつごつとした岩場が延々と奥に続いている。時折大きく口を開ける空洞が足元に現れることもあり、流れ込む風で不気味な音を立てていた。もちろん気の利いた灯りが設置されているわけもなく、アランたちは自前の松明を使って周囲を照らしながら進んでいた。
「ここは粗暴な輩が多いですね」
 ピエールのつぶやきにアランは無言で表情を強張らせる。
 カボチ村を出発し、例の化物が出るという西の洞窟に辿り着いたのは少し前のことだ。周辺を探索するがそれらしい魔物は見つからなかった。洞窟内はとても馬車が進めるようなところではなかったので、アランは探索組と待機組の二つにパーティを分け、洞窟に足を踏み入れた。彼に付き従うのはピエール、メタリン、ブラウン、コドラン、ドラきちの五匹。できるだけ闇目が利き、気配に敏感で、なおかつ狭い空間でも立ち回れる者たちを選んだ。
 これまでのところ、アランたちは難なく敵襲を退けている。ただ奥に進めば進むほど、魔物たちの攻撃は頻繁に、そして激しくなっていた。縄張りに踏み込んできた者たちに剥き出しの敵意を見せる様は、確かにピエールの表現した通りに見えた。
 だがアラン自身は別の思いを抱いていた。魔物の騎士に尋ねる。
「ピエール。何か変だと思わないか。洞窟の入口と奥では雰囲気が違うように感じる」
「確かに出会う魔物たちの気質は異なるようです。おそらく、戦いを好む者と好まざる者との住み分けがされているのでしょう。神の塔と同じように」
「そうか」
 アランは目線を伏せる。どうも胸騒ぎがして仕方なかった。
「それよか、目当てのバケモノってのはどいつよ? 見た感じ、それらしい奴はいないんだけど」
 メタリンがどこか怒ったように言う。彼女曰く、襲いかかってくる敵がとにかく粗暴な言葉を吐き続けていて、いい加減うんざりしているということだった。
「アラン。この様子じゃ、あんたが思ってるような説得はやるだけ無駄かも。こんだけ乱暴なヤツらが揃ってるんだもの。きっと例の奴もあたしたちの話なんて聞きゃあしないわよ」
「わかってる。どうしても説得が無理なら戦うしかない。カボチ村がこれ以上の被害を受けないためにも」
「やれやれ。あんな人間どものためにアランが頑張る必要なんてないんじゃない?」
 メタリンが言うと珍しく彼女の意見に仲間たちは賛同した。村を出てきたアランから話を聞いた彼らは、少なからず村人に対して反感を抱いたようだ。アランは首を振った。
「放り投げるわけにはいかないさ。皆、もう少し頑張ってくれ」
「はいはい。心配しなくてもちゃんとやるわよ。で? どこまで進む気?」
 メタリンが尋ねる。アランはしばらく前方に目を凝らし、答えた。
「とりあえず一番奥まで行ってみようと思ってる」
「……マジ?」
「それが貴方の直感なのですね」
 唖然とするメタリンの横でピエールが言った。無言でうなずくアラン。
 やがて一行は洞窟の突き当たりらしい大きな空間に出た。寄ってくる魔物たちを振り払い、手にした松明で周囲を照らす。すると中央部分に岩がせり出してできた自然の洞(ほら)があることに気づいた。
 アランが額の汗を拭う様子に気づいたピエールが怪訝そうに尋ねる。
「何か感じたのですか? 汗がひどい」
「わからない。でもさっきから心臓が鳴って仕方ないんだ」
「わかりました。ブラウン、コドラン、ドラきち」
 すぐさまピエールが仲間たちを振り返り、指示を出す。
「ここから先、最大限の警戒を。ささいな気配も逃さないように」
「ちょっとピエール。あたしには何の指示もないってどういうことよ!?」
 頬を膨らませてメタリンが抗議の声を上げると、ピエールとブラウンが揃って振り向いた。
「貴女の仕事は説得が失敗した後です。それまで大人しくしているように」
「わかった? メタリン」
「ね、姐さんまで。うう」
 ぶつぶつ言いながらも彼女は口を閉じ、アランの肩に大人しく身を寄せた。
 アランを先頭に、ゆっくりと広間を進む。ピエールたちは索敵で神経を尖らせていたが、アランは別の意味でひどく緊張していた。
 ――さっきから胸騒ぎが続いてる。何なんだろう、この胸を締め付けられるような苦しさは。
 やがて洞の前までたどり着く。覗き込むと山小屋ほどの大きさの空間が広がっていた。濃い闇が沈んでおり、中の様子ははっきりとはわからない。
 何かに導かれるようにアランが手にした松明を洞の奥に掲げたとき、ドラきちが甲高い声を上げた。
「アラン、警戒を! 敵が近づいてきます! 一匹!」
 ドラきちの警告をピエールが翻訳する。直後、軽やかで力強い足音とともに何者かがアランたちの頭上から襲いかかってきた。咄嗟に飛び退き、その攻撃を躱す。
 すでに戦闘態勢に入ったピエールに守られながら、アランは襲撃者に向けて松明を突き出した。闇を切り取る橙色の光に浮かび上がったのは、一匹の魔物。
 黄金に見まがう体毛と炎のような鬣(たてがみ)、力強さと美しさを兼ね備えたしなやかな体付き。凛々しい豹顔には敵意を剥き出しにした牙が覗いていた。喉から響く獰猛な唸り声は、並の人間ならば耳にするだけで卒倒してしまうだろう。
「地獄の殺し屋キラーパンサー。なるほど、おそらくこの者がカボチ村を襲った張本人でしょう」
「ひぃぃっ。こんなおっかない奴を説得すんの!?」
 ピエールが緊張感を滲ませながら告げ、メタリンが震える声で驚く。他の仲間も似たり寄ったりの反応だった。
 ただ。
 アランだけがまったく異なった印象を抱いた。
 ――綺麗な瞳をした獣(子)だな。

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