小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 カボチ村の外縁に辿り着く。アランはその時点で村の異変を感じ取っていた。
 視線だ。
 家の鎧戸から、井戸の陰から、木陰の中から。村人たちがアランをじっと見つめている。その視線に乗せられているのはほとんどが蔑みと怒りと、恐怖だ。思わず足を止めたアランはしばらく周囲を見回し、目を瞑って呼吸を整えた。
『あいつだ』
『あいつだよ』
『騙しやがったんだ』
『これだから余所者に頼むのは反対だった』
 まるで肌に直接染みこんでくるような言葉の数々。長閑な陽光と景色の中で、村の中だけが異様に冷たい空気に満ちていた。
 アランは眦を決し、村の中へ一歩踏み出した。途端に強くなる視線の圧力。
 自分の足音がひどく大きく感じる。戦闘後でもないのに汗が滲む。初めて感じるあからさまな『人の悪意』に胸を締め付けられながら、それでもアランはしっかりとした足取りで村長宅へと向かう。いや、それしか自分にできることが思い浮かばなかったのだ。
 やがて村唯一の二階建ての家屋に辿り着く。何と長い道のりかとアランは思った。戸口に手を掛けようとしたところで、声を掛けられた。
「お早いお戻りだべな」
「あ……」
 見ると、村長宅の脇にある畑に一人の男が立っていた。鍬を杖代わりにして顎を乗せ、アランを笑いながら見つめている。村長宅を初めて訪れたとき、入れ替わりで出て行ったあの男だった。
「あのバケモンは一緒じゃないのか」
「……。チロルは化物なんかじゃありません。人を襲うなんてことはない、あの子はただ」
「はっはっは。いいっていいって。今の言葉でよーくわかっただべよ。しかし傑作だ! あんた、よく考えたもんだ!」
「考えた?」
「そだろ? バケモノとグルになって金をせしめるとは、上手いことやったもんだべ」
 その台詞の意味を悟った瞬間、アランの頭に血が上った。「違う!」と叫ぶ。彼の剣幕に一瞬怯えたような表情を浮かべた男は、しかしすぐに元の表情を取り戻した。
「ま、いいさね。こちとら畑に被害が出なくなればそれでいい。ほれ、村長が中でお待ちだ。さっさと行って金もらって、出て行ってくんろ」
「……!」
「あのバケモノをまたけしかけられたらたまらんでな」
 そう言うと男は農作業に戻った。アランは言うべき言葉が見つからず、ただ胸の内に渦巻く激情を鎮めようと何度も深呼吸をして、それからようやく戸口に手を掛けた。
 村長宅の中は淀んだ空気で満ちていた。魔物の気持ちに敏感なアランの感覚は、そこに滞留する失望と諦念と拒絶の気配を感じ取っていた。急に切なくなってきた。
 造りが粗雑な頼りない階段を上る。その先では最初に訪れたときと同じ面々が顔を揃えて待っていた。アグリと目が合う。彼は気まずそうに視線を外した。
 村長の手招きに従い、彼の対面に座る。大きなため息とともに村長は口を開いた。
「話は村のモンから聞いただ。あんた、あのバケモノとグルだったんだってな」
「村長さん、僕は」
「ええ、ええ。わかっとるだ。なーんも言うな。心配しなぐても、約束の金はちゃーんと渡すだよ」
 疲れ切った顔で村長が指示をする。アグリが部屋の隅からゴールドの入った袋を持ってきた。一度も顔を合わせることなく、アグリは袋を机の上に滑らせる。「アグリさん」とアランは彼の名を呼んだ。
「どっちなんだべか」
 ぽつりとアグリはつぶやく。
「オラを助けてくれたあんたと、バケモノとグルだったあんたと。ホントのあんたはどっちなんだべさ」
「僕は、あなたたちを騙そうと思ったことはありません。あなたがたがバケモノと呼ぶモンスターは、本当はとても心の優しい子なんです。ただ彼女には彼女の事情があった。だから僕はあの子と共にいます」
「よくわがらんよ。結局、バケモノと一緒にいるってことだよな?」
「バケモノじゃない。仲間です。僕の大切な仲間です」
「オラには、その仲間がおっかなくてしょうがねえ。たぶん、他の連中も似たようなもんだべ。あんた自身は悪いやっちゃないのかもしんね、けんど、やっぱり駄目だ。あんたに頼むんじゃなかったんだべな」
「……僕は後悔していませんよ」
「なぬ?」
「アグリさんを助けて、こうしてこの場にいること、後悔はしていません。ただとても残念に思うだけです」
 アグリはうなだれた。それから彼は自分の頭を数回、軽く叩いた。初めてアランの顔を見る。
「残りの一五〇〇ゴールド、受け取ってくんろ。約束だかんな」
「アグリさん、僕は」
「最初に言っただろ? 田舎モンにだってそれなりの誇りはあるべさ。仕事をしてくれたモンにはきちんと礼をしなくちゃならね」
 アグリは力なく笑った。
「許してけろ。今のオラにはこれで精一杯だよ。まだ気持ちの整理がうまくつかねえんだ」
「……わかりました」
 アグリの葛藤を感じ取ったアランは、言葉を飲み込んで金袋を受け取った。「落ち着いて気持ちに整理がついたら、オラの方から皆に言っておくべ」とアグリは言い、最後に「すまなんだな」と言った。
 村長宅を出る。表ではあの男が畑仕事に精を出していて、アランを一瞥さえしなかった。
 再び幾多の視線を感じながら村の出口に向かって歩く。もう少しで村を出るというところで、ふと誰かに呼び止められた。村はずれの一軒家から小さな男の子が走ってくるのが見えた。
「ねえおにいちゃん、もう行っちゃうの?」
 含みのない口調にアランが驚いていると、男の子は村はずれを指差した。
「あれ、おにいちゃんのモンスターなの?」
「え? あ!」
 指差された方向を見ると、いつの間にやってきたのかチロルを始めとした仲間モンスターたちがアランを待っていた。何と言えばいいのか迷っていると、男の子は特に恐怖を感じた風もなく尋ねてくる。
「あそこにいるの、みんなおにいちゃんのともだち?」
「う、うん。そうだよ。皆、大事な友達。仲間だよ」
「へえ、すごいや! それじゃあおにいちゃんって、『モンスターつかい』なんだね!」
 満面の笑みを向けられ、アランは大いに戸惑った。まさかカボチ村の人からそのように言われるとは思ってもみなかったのだ。
 すると男の子が出てきた民家から、今度は母親と思しき小太りの女性が出てきた。アランの姿を認めると、笑みを浮かべながら近づいてくる。彼女は開口一番、こう言った。
「すまないね、あたしらのせいでずいぶん嫌な思いをさせちまったみたいで」
「いえ、その。確かに嫌だなって思った事はありますけど、この村の人たちの気持ちも考えると、それも仕方のないことなのかなって」
「あんた、見かけどおりの良い人だねえ」
 男の子の頭をぽんぽんと叩きながら女性はしみじみと呟く。
「実はね、ちょっと前にこの子が川に落ちちゃってね。それを助けてくれたのがあんたの連れてるあのモンスターだったんだよ。それ以来、あたしはどうしてもあのモンスターが憎めなくてね」
 それから自らの家を彼女は指差した。
「あたしの家、ちっちゃいけど宿屋もやってるのさ。もしまた村に来ることがあったら遠慮なく訪ねておいで。村外れだから、そんなに目立たず来れるしね。……まあ、あんなことがあった後だから、もうこの村には来たくないかもしれないけど」
 アランは何も答えられなかった。ただ深く頭を下げ、「ありがとうございます」と言った。女性は苦笑した。
「あたしは仕事柄、余所の人とも話す機会はあるからわかるけど、ここは狭い村だもの。良いところもあるけど、やっぱり悪いところもある。ただこの村に住む人間のひとりとして、できればこの村のことは忘れないでいて欲しいな。あたしたちみたいなモンを変えることができるのは、やっぱりあんたみたいな人間だと思うもの」

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