小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>


 カボチ村を出発して数日後。
 一行は再びポートセルミの港を訪れていた。ボトルシップの支払い、天空の装備についての聞き込みなど、以前やり損ねた大事な用をこなすためだ。
 魔物の巣での探索を経てさらに頭数が増えた一行は、宿の一室では到底収まりきらない。モンスターたちは自然と街外れの安全な場所で羽を伸ばすことになった。
 これはアランとピエール、そしてマーリンが一行から抜けていた間のことである。


(どうしたの、メタリン)
 魔物の巣にいたころの習慣で周囲の見回りに出ていたチロルは、戻ってくるなり首を傾げた。彼女の視線の先、木陰の下でメタリンが頬を膨らませて拗ねていた。その横では弟分のスラリンと、最近ようやく皆と一緒にいることに慣れたというホイミンが揃って寝息を立てている。よく見るとヌーバまでだらしなく体を広げていた。
 同じく木陰で休んでいたクックルがくちばしで海辺を示す。
(あれですわ、あれ)
 見ると、ブラウンとガンドフが武器を片手に熱心に話し込んでいた。ちなみにパパスの剣の鍛え直しはすでに終わっており、無事アランの手に委ねられている。
 クックルがチロルに尋ねた。
(チロルお姉様、ガンドフという方はいつもああですの?)
(ええ。彼はとても手先が器用だから、戦いよりも道具や武器の作成に興味があるのは知っている。どうやらブラウンも同じ興味を持っていたようね。それよりクックル)
(はい? 何でしょう)
(その、チロルお姉様っていうのは止めてもらえない? 私はこの中では新参者なのだし。何だかこそばゆいわ)
(何を仰いますか!)
 チロルが尻尾を揺らすと、何故かクックルは勢い込んで立ち上がった。
(誇り高く孤高の存在であるキラーパンサーでありながら、アラン様と深い絆で繋がっているお方、しかもこれだけの美しさを兼ね備えているとなれば、これはもう最上級の敬意を表するに値しますわ! お姉様という呼称すらまだ生ぬるいくらいです!)
(そ、そう)
(クックルは綺麗なものに目がないんだな)
 ドラきちが木の枝にぶら下がりながら言う。どうやら彼はポートセルミの熱気が少々苦手らしい。
(ということで、チロルお姉様をより気高く呼び表すための表現を絶賛募集中ですわ!)
(ちょっとは落ち着いて下さい、クックルさん)
 クックルの頭上で羽ばたき、コドランがまじめくさって言った。ぶーぶー言うお嬢様に手を焼く付き人といった様子にチロルは苦笑した。
(本当に兄さんの周りは賑やかになったのね)
 その声には深い感慨がこもっていた。盛り上がる仲間たちからそっと離れ、チロルは停めてある馬車に向かって歩いた。パトリシアがちらりと顔を上げるが、すぐに足元の草を食べる作業に戻る。キラーパンサーの自分が近づいても小揺るぎもしない。無口で忠実な彼は、ある意味この面子の中でもっとも度胸がある者のひとりかもしれない。
 馬車の傍らにはもう一人の騎士が寡黙に佇んでいた。街外れの草原に目を向け、侵入者がいないかずっと見張っている。大した忍耐力だった。
(お疲れさま、サイモン)
(チロル殿。貴女も、見回りお疲れ様)
 さまようよろいの彼女は若干緊張を緩めた。凛とした立姿はまさに騎士の中の騎士。アランにとってピエールが攻めの宰相ならば、さしずめサイモンは守りの親衛隊長といったところだとマーリンが言っていた。
(市中は特に異常はなかったわ。そちらは?)
(ええ、こちらも。チロル殿が危惧していたような追跡はなさそうよ。油断はできないけれど、警戒水準はもう少し下げてもいいかもしれない)
(用心しておくに越したことはないわ。彼ら、気性がとても荒いから)
(索敵能力は貴女の方が上だから、いざというときは遠慮なく報せて。すぐに助力に走るから)
(お願い)
 性格的に近いものがあるからだろう。サイモンとは非常に気が合うし、話しやすい。ヌーバやガンドフ、マーリンとはまた違う友人関係と言えた。
(ところでチロル殿、貴女にひとつ相談したいことがあるのだけれど)
 ふとサイモンが声を潜めた。彼女の視線の先にはブラウンたちの姿がある。彼女らがどうかしたのかとチロルが尋ねると、サイモンは(もともとはブラウン殿から受けた相談だけれどね)と前置きした。
(ここに来る途中、ガンドフ殿が送り壺の話を聞いたそうなの。それでアラン様が造ろうとしている魔物たちの楽園に興味を持って、そこで自分の技術を生かしたいと言ってきたそうよ)
(そんな世界を兄さんが? でもそうね、確かにガンドフなら興味を持つ話かもしれない)
 うなずきながらチロルは薄々話の流れを把握した。
(つまりブラウンは、ガンドフと一緒にその世界に行くかどうか迷っている、と?)
(戦いに関してはいくらでも助言できるけれど、私はこういう方面には疎くて。どう話をするべきか掴めない。だから貴女に相談をしようと思ったのだけれど)
 そこでサイモンは言葉を濁した。彼女もまた、チロルと自分が似たもの同士だと思ってくれているのだろう。つまりお互い『どうするのが最良かはわからない』ということだ。
(……やはり兄さんの判断になる、のかしら?)
(わかったわ。私から、は無理だから、ピエール殿を交えてお話を上げてみる)
 歯がゆさを感じながら、彼女らはブラウンとガンドフを見つめた。


 その後。
 サイモンから報告を受けたアランが直接ブラウンとガンドフに話を聞き、彼らの意向を確認した。アランは「君たちの好きなようにしていい」と言ったが、「君たちが楽園造りに力を貸してくれるなら心強い」とも言った。隣でマーリンが「ブラウンの気持ちを後押しするために敢えて言った台詞じゃろうな、今のは」とつぶやく声をチロルは聞いた。
 一晩、時間をおいた結果――ブラウンとガンドフ、そしてヌーバの三人がモンスター爺さんの元に送られることになった。メタリンは珍しく泣いて引き留めたが、ブラウンの決意は変わらなかった。
「迷惑、かけちゃ駄目よ」
 そう言い残し、彼女は送り壺の中に身を躍らせた。光がブラウンたちを包み、そしてその姿を取り込んでからもずっと壺を見続けるメタリンがチロルの印象に残った。
 親しい者との別れは自分にも経験がある。その辛さはよくわかる。
「逢えなくなったわけじゃない。オラクルベリーに行けば、またいくらでも話ができるよ。そのときに君が頑張っている姿を見せてあげればいい」
 アランはそう言ってメタリンを慰めていた。
 それからしばらくの間メタリンの口数は極端に減ったが、スラリンの存在もあってやがて彼女は立ち直る。
 古参の仲間が抜けた一行は、一路西を目指して出発した。ポートセルミで入手した情報により、勇者が持っていたという『盾』が遙か西のサラボナという街にあるということを突き止めたからだ。
 まずは中継地点である街、ルラフェンが次の目的地となった。

-176-
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える




ドラゴンクエストV 天空の花嫁 公式ガイドブック(ニンテンドーDS版) (SE-MOOK)
新品 \1500
中古 \439
(参考価格:\1500)