カボチ村を出発して数日後。
一行は再びポートセルミの港を訪れていた。ボトルシップの支払い、天空の装備についての聞き込みなど、以前やり損ねた大事な用をこなすためだ。
魔物の巣での探索を経てさらに頭数が増えた一行は、宿の一室では到底収まりきらない。モンスターたちは自然と街外れの安全な場所で羽を伸ばすことになった。
これはアランとピエール、そしてマーリンが一行から抜けていた間のことである。
魔物の巣にいたころの習慣で周囲の見回りに出ていたチロルは、戻ってくるなり首を傾げた。彼女の視線の先、木陰の下でメタリンが頬を膨らませて拗ねていた。その横では弟分のスラリンと、最近ようやく皆と一緒にいることに慣れたというホイミンが揃って寝息を立てている。よく見るとヌーバまでだらしなく体を広げていた。
同じく木陰で休んでいたクックルがくちばしで海辺を示す。
見ると、ブラウンとガンドフが武器を片手に熱心に話し込んでいた。ちなみにパパスの剣の鍛え直しはすでに終わっており、無事アランの手に委ねられている。
クックルがチロルに尋ねた。
チロルが尻尾を揺らすと、何故かクックルは勢い込んで立ち上がった。
ドラきちが木の枝にぶら下がりながら言う。どうやら彼はポートセルミの熱気が少々苦手らしい。
クックルの頭上で羽ばたき、コドランがまじめくさって言った。ぶーぶー言うお嬢様に手を焼く付き人といった様子にチロルは苦笑した。
その声には深い感慨がこもっていた。盛り上がる仲間たちからそっと離れ、チロルは停めてある馬車に向かって歩いた。パトリシアがちらりと顔を上げるが、すぐに足元の草を食べる作業に戻る。キラーパンサーの自分が近づいても小揺るぎもしない。無口で忠実な彼は、ある意味この面子の中でもっとも度胸がある者のひとりかもしれない。
馬車の傍らにはもう一人の騎士が寡黙に佇んでいた。街外れの草原に目を向け、侵入者がいないかずっと見張っている。大した忍耐力だった。
さまようよろいの彼女は若干緊張を緩めた。凛とした立姿はまさに騎士の中の騎士。アランにとってピエールが攻めの宰相ならば、さしずめサイモンは守りの親衛隊長といったところだとマーリンが言っていた。
性格的に近いものがあるからだろう。サイモンとは非常に気が合うし、話しやすい。ヌーバやガンドフ、マーリンとはまた違う友人関係と言えた。
ふとサイモンが声を潜めた。彼女の視線の先にはブラウンたちの姿がある。彼女らがどうかしたのかとチロルが尋ねると、サイモンはと前置きした。
うなずきながらチロルは薄々話の流れを把握した。
そこでサイモンは言葉を濁した。彼女もまた、チロルと自分が似たもの同士だと思ってくれているのだろう。つまりお互い『どうするのが最良かはわからない』ということだ。
歯がゆさを感じながら、彼女らはブラウンとガンドフを見つめた。
その後。
サイモンから報告を受けたアランが直接ブラウンとガンドフに話を聞き、彼らの意向を確認した。アランは「君たちの好きなようにしていい」と言ったが、「君たちが楽園造りに力を貸してくれるなら心強い」とも言った。隣でマーリンが「ブラウンの気持ちを後押しするために敢えて言った台詞じゃろうな、今のは」とつぶやく声をチロルは聞いた。
一晩、時間をおいた結果――ブラウンとガンドフ、そしてヌーバの三人がモンスター爺さんの元に送られることになった。メタリンは珍しく泣いて引き留めたが、ブラウンの決意は変わらなかった。
「迷惑、かけちゃ駄目よ」
そう言い残し、彼女は送り壺の中に身を躍らせた。光がブラウンたちを包み、そしてその姿を取り込んでからもずっと壺を見続けるメタリンがチロルの印象に残った。
親しい者との別れは自分にも経験がある。その辛さはよくわかる。
「逢えなくなったわけじゃない。オラクルベリーに行けば、またいくらでも話ができるよ。そのときに君が頑張っている姿を見せてあげればいい」
アランはそう言ってメタリンを慰めていた。
それからしばらくの間メタリンの口数は極端に減ったが、スラリンの存在もあってやがて彼女は立ち直る。
古参の仲間が抜けた一行は、一路西を目指して出発した。ポートセルミで入手した情報により、勇者が持っていたという『盾』が遙か西のサラボナという街にあるということを突き止めたからだ。
まずは中継地点である街、ルラフェンが次の目的地となった。