小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 ルラフェンからサラボナに到る道はあまり旅に適しているとは言えない。荒野あり、山脈あり、森林ありで、平坦な草原地帯がほとんどないからだ。ゆえに、よほどの腕利きでない限りは徒歩ではなく馬車を使って一気にこの地域を抜ける。その際も土地勘のある者の案内は欠かせない。
 ここを通る人々はそのほとんどが荒野を抜けてサラボナ、あるいはルラフェンへと一直線に向かうのだが、近年、付近の村で珍しい鉱物が見つかったことが秘かな話題になって、わざと道を外れ山岳地帯を越える向こう見ずな冒険家気取りの商人がちらほらと現れるようになっていた。山を越えた先、名もなき小さな村にその鉱物はあるという。
 当然、街道など気の利いたものなど整備されていない。迷う者も出てくる。そんなとき、親切な村の人間がふもとの街道まで案内してくれていた。
 助けられた商人はたいてい村人の健脚さと方向感覚に感心する。しかしこの日に限っては、また別の意味での驚きが待っていた。
 今回道に迷った初老の商人を助けた村人――それが眩いばかりに輝く、見目麗しい女性だったからだ。
 彼女は自らの名を『ビアンカ』と名乗った。


 踏みしめる大地の起伏がだいぶ穏やかになってきた。傾斜も緩くなり、麓が近いことが肌で感じられる。手拭いで安堵の汗を拭いながら、商人は前を行く村人に再度の礼を言った。
「いやあ、助かったよ。危うくのたれ死んでしまうところだった」
「どういたしまして」
 振り返った村人、ビアンカはにっこりと笑った。橙色の外衣が柔らかに揺れ、その下に着た深緑の衣服が持ち主の躍動に合わせて陰影を作る。何より目を惹くのはその見事な金髪だ。三つ編みに結って背中に流した髪は、木漏れ日を受けてそれ自身が輝いているような印象を受ける。
 年の頃は二十歳くらいか。体のめりはりが同世代の若者と比べても群を抜いて素晴らしい。商人の男にも年齢的に同じくらいの娘がいるが、親の贔屓目を差っ引いても目の前の女性は可憐で美しかった。活動的な性格も相まってさらに魅力的に映る。まさか山奥の村にこんな美人が住んでいるとは思いもしなかったというのが彼の正直な感想だった。
「それにしてもおじさん、商売したい気持ちはわかるけど、あんまり無茶しちゃ駄目よ? ここ、慣れている私たちだって迷うことがあるくらいだから」
 細い指を立て、ビアンカが注意した。こういう仕草にもいちいち愛嬌がある。
「返す言葉もないな。ま、年寄りの冷や水になったのが今回の収穫かな」
「ちゃんと体は労ってください。渡した薬草は筋肉痛によく効くから、戻ったらちゃんと張り替えておくこと」
「はいはい。しかしビアンカちゃんは凄いね。このまま街で医者か、それか商人にでもなったらいいんじゃないか? もしよかったらいいとこ紹介するよ。今回のお礼も兼ねて」
「うーん。魅力的なお話だと思うんだけど」
 彼女は苦笑し、「やっぱりやめておくわ」と言った。おそらく家に残した父親のことが気になるのだろう。心優しい、まったく出来た娘さんだと商人は笑った。少々お転婆なところが親からすれば心配になりそうな点ではあるが。
 やがて視界が開ける。街道とは名ばかりの、均(なら)した砂地が見えてきた。少々の名残惜しさを感じながら、商人が別れの挨拶をしようとしたときである。
 突然、馬の激しい嘶(いなな)きが聞こえてきた。直後に何かが壊れるような音。
 商人は見た。一台の馬車に三人の男たちが群がり、囃(はや)し立てている。人数と装備からしてちゃちな盗賊風情だろう。しかしこの広い街道で捕まるとは運が悪い。
 馬車に乗る人間には申し訳ないがここは退散させてもらった方が身のためだろう――そう思って商人がビアンカに避難を促そうとしたとき。
「ビ、ビアンカちゃん!?」
 すでに彼女の姿は商人から遙か離れ、馬車の前にあった。三つ編みを揺らし、びしりと盗賊たちに指を突きつける。
「あなたたち、何やってるの! その馬車を解放しなさい!」
「な、なんだてめえは」
 突然の闖入者に目を白くさせる。それはそうだろう。自分たちを邪魔したのがたったひとり、しかもうら若い乙女とくれば面食らうのも当然だ。
 盗賊たちが呆(ほう)けた隙をビアンカは見逃さなかった。全身に呪文の力を漲らせて叫ぶ。
「は・な・れ・なさい!」
 両の掌に炎が渦巻いた。火炎呪文ギラの二連発。足元を焼かれた盗賊たちは泡を食って逃げ出した。まったく、と小さくつぶやいて腰に手を当てる彼女の仕草からは、恐れや緊張は微塵も見て取れない。むしろ当然のことをしたまでという気魄で溢れていた。
 呆気に取られたのは商人も同じだ。ビアンカの元まで近づいて「怪我はないか」と尋ねると、彼女は片目を閉じて親指を立てて見せた。商人は再び呆れた。
 すると馬車の中から御者と思しき太った男が出てきた。彼は何度もビアンカに頭を下げ、礼を言っていた。「気にしないで下さい」と彼女は何度も手を振る。
 置いて行こうとした自分は立つ瀬がないなあ、と頬を掻いていた商人は、続いて馬車から出てきた女性を見て三度(みたび)呆けた。
 蒼穹のように深く青い髪、妖精のように華奢で儚げな立姿、その肢体を包む純白のワンピースが驚くほどよく似合う。何もない荒野に突如として淑やかな一輪の花が咲いた錯覚を抱いた。
 ビアンカとは正反対の、しかしとびきり美しい娘だ。ビアンカ自身も彼女の可憐さに打たれたのかぽかんとしている。娘はその大きくてつぶらな瞳に感謝の色を一杯に湛え、ビアンカの手を握った。
「私からもお礼を言わせてください。本当に助かりました。あの、お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「え? あたし?」
 自分を指差し、突拍子もない声を上げる。わずかに照れながら彼女は「私はビアンカ。よ、よろしく」と自己紹介した。青髪の娘は大きくうなずいた。
 我に返った商人はふと首を傾げた。この娘、どこかで見たことがあるような気がしたのだ。その疑問は他ならぬ彼女自身が明かした。
「私はフローラ。この度はありがとうございました。ビアンカさん」
 その微笑みの前に商人は硬直する。彼は内心で叫んだ。
 サラボナの蒼き花フローラ、豪商ルドマンの愛娘!

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