小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 商人と別れたビアンカは、フローラの馬車に同乗していた。
 先ほどの襲撃によって一部破損した馬車を修理するため、馬足は反転、一路ルラフェンの街へと引き返す道を取っている。ちょうど街に用があった彼女は、「一緒に行きましょう」というフローラの誘いを受けたのだ。荒野のど真ん中にある休憩施設『噂のほこら』でルラフェンに向かう手段を確保しようとしていたビアンカにとって、まさに願ってもない申し出であった。
 これぞ渡りに船、人助けはするものだ――とはなかなか思わないのがビアンカである。当然のことをしたのだから、こんな手間をかけさせるのは何だか申し訳ない――それが彼女の本音だった。
 豪商の娘だというフローラは、そんなビアンカの心境を薄々察していたようだ。楚々とした雰囲気からは意外に思うほどの押しの強さで、ビアンカに馬車への同乗を同意させてしまった。
「飲み物はいかがですか?」
 きょろきょろともの珍しそうに馬車の中を見回していたビアンカに、フローラが微笑みを浮かべて言った。手には小振りの水筒が握られている。よく見ればところどころに精緻な文様が刻まれている。「ああ、彼女はお金持ちなんだなあ」とビアンカはぼんやり思った。
 フローラの隣に座っていた侍女らしき女性が慌てた。
「それはお嬢様ご自身の水筒ではございませんか。ビアンカ様のお飲み物でしたらわたくしが」
「大丈夫です。私は喉が渇いていませんし、まだたくさん残っているもの。それより私はメルフェさんの方が心配ですよ」
「え!? わ、わたしですか?」
「私はお父様に連れられて長旅には慣れているけれど、貴女はそうではないでしょう? 荒野は乾燥しているし、先ほどの襲撃でメルフェさん、かなり憔悴しているようでしたから。だから今は私のことは気にせず、貴女自身の身体の方を大事にして」
「フローラ様……」
「もちろんダグさんも。ずっと手綱を握っていれば貴方も馬も疲れてしまう。私は急ぎませんから、適度に休憩を挟んでゆっくり行きましょう」
 フローラは小窓から御者に声をかける。馬車を操る男は恐縮しきり、隣に座る侍女は胸に手を当てて感激していた。そんな二人の様子に苦笑を浮かべながら、フローラがビアンカに向き直る。
「ごめんなさい。こういう事情なので、お急ぎとは思いますが、どうかご容赦くださいね」
「ううん、とんでもない。お世話になっているのは私の方だし。無理は言えないわ」
「あら。無理を言ってビアンカさんに同乗をお願いしたのは私の方ですよ?」
 悪戯っぽく笑う。つられてビアンカも微笑む。思わず本音が漏れた。
「フローラさんはいい子だねえ。その上気だては良いし、美人だし」
「そ、そんなことはないですよ。ビアンカさんの方がお綺麗です」
「ふふ。赤くなっちゃって。可愛いな」
 フローラの鼻先にちょんと指を当てる。内心でビアンカは驚いていた。自分でも不思議なほど、このお嬢様に親しみを覚えている。それはフローラの方も同様らしい。照れながらも嫌がる素振りはなかった。
「何だかビアンカさん、私の姉みたいです」
「そうなの? というか、フローラさんお姉さんいたんだ」
「ええ。今回の旅路は姉さんの希望もありましたから。本当、奔放な姉で」
 言いかけて慌てて口を塞ぐ。
「す、すみません! ビアンカさんが奔放というわけではなく、その、明るいところとか、勇敢なところが似ているなって」
「わかってるって。それに、奔放っていうのはあながち間違っているわけじゃないしね」
 あはは、と自らの金髪を撫でながらビアンカは言った。肩の力を抜いたフローラはどことなく遠慮がちに申し出た。
「あの、ビアンカさん。もしよろしければ私のことはフローラと呼んでいただけませんか」
「いいの? それじゃあ私の事もビアンカで――」
「いえ、それはいけません。命の恩人を呼び捨てにはできません」
 きっぱりと言う。こういうところは頑固なのかなとビアンカは思った。
 やがて馬車は森林地帯に入り、ルラフェンの街まで辿り着く。御者のダグと侍女のメルフェは馬車の修理に向かい、街の入口にはビアンカとフローラが残された。
 燦々と降り注ぐ陽光の下、手で庇(ひさし)を作りながらビアンカは街の様子を見回す。サラボナへの中継地点であるこの街はそれなりに交易が盛んで、特に酒が特産だということを人づてに聞いている。だがそれ以上に特徴的なのが街の造りだ。人工的に盛った土の上に、大小様々な高さの四角い建物が林立している。父の薬を購入するため何度か足を運んだことがあるビアンカだが、いまだに迷ってしまうのもこの街の構造のためだった。道がひどく複雑に入り組んでいる上、時には民家の上がそのまま道となっているところまであって、自分が今どこにいるのかわからなくなる。
「ビアンカさんはお薬を購入するためにいらしたのですよね」
 フローラの言葉にうなずくと、彼女は笑顔で「案内します」と言ってくれた。すいすい進んでいく彼女に「よく道がわかるね」と言うと「頑張って覚えました」とえらく真剣な表情を向けられた。握り拳まで作っている。フローラもこの街には難儀したのだろう。地図を片手にむつかしい顔で道を覚える彼女の姿を想像し、ビアンカは微笑ましい気持ちになった。
 道具屋に辿り着き、無事薬を手に入れることができたビアンカは礼を言った。そして何気ない風を装って周囲を見回す。フローラが首を傾げた。
「どうしました?」
「えっ!? いや、何でも!? あは、あはは」
「? もしかして、まだ何かご入り用のものがあるのですか?」
「えっと、その。まあ、何と言うか」
 言葉を濁した後、意を決してビアンカは言った。
「フローラはさ、服のお店って知ってる?」
「服? 衣料品ですか」
「別に普段着る服なんて自分たちで何とかできるんだけど。ただ、ね」
 そう言ってビアンカは己の胸元に手を当てた。そこは同姓ですら羨望の視線を集めるほど大きく豊かに育っている。彼女は恥ずかしそうに言った。
「こればっかりは、どうにもならなくて。街に出れば、私に合う下着も見つかるかなあ、なんて」
「お任せください、ビアンカさん!」
 いきなりの力強い宣言にビアンカが驚く。フローラは満面の笑みを浮かべていた。どことなく頬が上気している。
「ビアンカさんは素晴らしいスタイルをお持ちなのですから、自信を持って下さいな。私が責任を持って選ばせていただきますから!」
「え? あの? フローラ?」
「善は急げです! さあ、こちらですよ」
 手を引かれ、ビアンカはさらに街の奥へと進んだ。
 困惑しながらも、唐突に彼女は思う。もし私に姉妹がいたらこんな感じなのかな――と。

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