小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 まさかこんなにも楽しい買い物ができるとは思ってもみなかった。
 宿への道すがらフローラはそんなことを考えていた。
 蝶よ花よと愛されてきた彼女ではあるが、もともとが代々続く豪商の家庭に育った娘である。物を買うこと、売ることにはそれなりに関心があった。もっとも父親以上に姉の存在を目の当たりにしてきた彼女であるから、富豪の娘にしては質素倹約が板についているところがある。
 良い商品を、それに相応しい価格で買う。その満足感は知っていたが、心通じる者とわいわい騒ぎながら、迷い、驚き、そして商品を無事手に入れて喜び合うことの楽しさは知らなかった。
「どうですか、ビアンカさん」
「うん。フローラが選んでくれた下着、とっても良い感じよ。痛くないし、すごく軽い」
「ビアンカさんは活動的な方ですから、下着もそれに見合ったものを選ぶといいですよ。洗濯と保管ときちんとすれば長持ちしますし」
「そうよね。でも何か不思議な感じ。私、こういう話をあんまり誰かとしたことなかったからなあ」
「村には同世代のお友達はいらっしゃらないのですか?」
「うーん、確かに少ないわね。おしゃれに気を遣う子はみんな街に出ちゃうし。私もそういうのに興味がないわけじゃないんだけどね」
 少し寂しそうにビアンカは言った。フローラは深く感じ入る。年頃の娘なら誰でも憧れるであろう華やかな生活よりも、父と一緒の慎ましやかな生活を選ぶ。それは誰にでもできることではないと思えた。
「私もビアンカさんを見習わないと」
「え? 私べつにフローラに教えることなんてないわよ?」
「気持ちの問題です」
 ふーん、とビアンカが小首を傾げた。その仕草すら愛らしく、フローラは微笑んだ。
 空は次第に黄昏色に染まっていく。二人は肩を並べゆっくりと街の中を歩いた。
「あ、街外れの煙が収まってますね」
 何気なくフローラは言った。ルラフェンの街にはある意味名物と化した老人がおり、日がな一日家に籠もって何かの研究に没頭しているという。あまりにも毎日繰り返されるものだから、煙突から煙が出たり消えたりする時を街人が時間の目安にしているほどだ。
 噂では呪文の類を扱っているという。幼少の頃のとある出来事がきっかけで呪文に興味を持っているフローラは、いつか機会があれば訪ねてみたいと思っていた。
「あんまり家に籠もってばかりだと、体に良くないと思うんだけどな。お布団、きちんと干しているのかしら」
「なぜお布団?」
「太陽の光をたくさん浴びてふかふかになった布団ってね、明日への活力の源になってくれるのよ。家にいるばかりの人の布団は、じめっとしていることが多いから。ああ、ごめんね。私、家が宿屋だったからそういうことが頭に浮かんじゃうの」
「まあ。それでは村でも宿を?」
「ううん。村にはもう他に宿があるし、お父さんは病気療養中だからね。ただ昔取った杵柄ってやつで、宿屋の主人を育てる修行みたいなことはしてるよ」
「そうですか。でもビアンカさんがお勤めになる宿でしたら、とても繁盛するでしょうね。ビアンカさん目当てで来るお客様もたくさんいらっしゃると思います」
「あはは。そうだといいけどね。ま、フローラの家には遠く及ばないけど、引っ越す前の私の家って結構大きな宿だったんだ。知ってる? アルカパって町なんだけど」
 言われてフローラは地図を思い浮かべた。
「確か……ラインハットの南西に位置する町ですよね。すみません。父から町の名は聞いているのですが、実際に足を運んだことは」
「そっか。もし訪ねたことがあるのだったら、今宿がどうなっているか聞いてみたかったんだけど」
 すると不意にビアンカが視線を落とした。口元に寂しげな微笑が浮かんでいることに気づき、フローラは心配そうに眉を曇らせた。ビアンカは小さく首を振った。
「実はね、私の幼馴染に引っ越しのこと伝えられなくて。もしその人がアルカパを訪ねてきたとしたら、すごくがっかりさせるんじゃないかって思って。宿がなくなってたらなおさら……それがずっと心残りなの」
「まあ……」
 フローラは口元に手を当てた。彼女にも幼馴染と呼べる青年がいるが、確かに何も伝えられずに姿を消すのはとても心苦しいことだと思えた。
 しばらく地面を見つめていたビアンカは、気を取り直したように顔を上げた。
「お父さんが完治したら、一度アルカパまで行ってみるのもいいかなって思ってる」
「お一人で、ですか?」
「そう。さすがにお父さんをずっと一人にはしておけないから、すぐに戻ることにはなると思うけど。知ってた? 私これでも、結構冒険とかに憧れてるのよ」
 フローラは苦笑した。商人を案内するために山越えをしたり、ひとりで野盗を撃退したりする姿を見れば、ビアンカが冒険者としての素質を持っていることは十分に理解できた。
「フローラはそういうのに興味ない? あ、でもここまで少人数で来たんだから意外と大丈夫かも」
「今回は姉のことがありましたから。でもいざ一人で旅をするとなると、お父様がお許しにならないかもしれません」
「そっか。じゃあ、二人なら?」
 ビアンカの言葉に首を傾げる。それはビアンカと一緒に旅をするという意味だろうかと思っていると、彼女は意外な言葉を口にした。
「確かフローラって、今年で一七になるでしょ? 私はこういう性格だからあんまり考えたことがないんだけど、フローラくらい可愛くていい子ならあるんじゃないかしら? 結婚のお話」
 結婚、と口の中でつぶやく。ふと見ると、ビアンカの顔がかすかに上気していた。「あんまり考えたことがない」と言いつつも、彼女には花嫁への憧れがあるのかもしれない。
「フローラの旦那様になる人が世界を股に掛けるような旅人だったら、きっと一緒に旅に出ようって話になるわ。そうなったら、どうする?」
「そうですね……」
 空を見る。
 唐突に脳裏に浮かんだのは、十年前のあの光景だった。自分と同い年の男の子が魔物の騎士相手に真正面から挑む姿。大人たちに囲まれ大事に育てられてきたフローラにはない勇気と逞しさが、その後ろ姿から滲んでいた。
 我知らず顔が赤くなったことを自覚し、彼女は両手をこすり合わせた。
「そうなったら、きっと私はその人を支えたいと考えるんじゃないかと思います。だから」
「ああ、もう。やっぱりフローラは可愛いなあ」
 ビアンカが抱きついてくる。驚くほど柔らかい肢体に包まれ、フローラは目を瞠りながらも微笑んだ。もう一度空を見る。
 ――きっと、その話は遠い将来のことではない。
 予感めいた想いが脳裏を過ぎる。事実、フローラの父ルドマンは最近、彼女の結婚相手について真剣に考えるようになっている。サラボナに戻れば十中八九、その話が出てくるだろう。でも。
「……結婚相手は、自分の意志で選びたいです」
 ぽつりと呟いたフローラの頭を、ビアンカは優しく撫でた。
「大丈夫。フローラならきっと素敵な人が見つかるわ」
「ありがとうございます」
 はにかみながら礼を言った。それからそっと『ビアンカさんにも、素敵な男性との出逢いがありますように』と願った。

 翌日。
 存外早く修理が済んだ馬車に乗り、フローラとビアンカは街を出た。そして『噂のほこら』まで辿り着くと、二人は互いに別れを惜しみながらそれぞれの故郷に帰っていく。
 ビアンカは山奥の村へ。
 フローラはサラボナへ。
 ――それはルラフェンに魔物を連れた青年が訪れる、ほんの数日前のことである。

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