小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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「ゴオオォォ……」
 熊のような巨体でありながら梟の頭部を持った魔物『モーザ』が断末魔の悲鳴を上げながら消えていく。
 とどめの一撃を放ったアランは、手にしたパパスの剣を一振りした。刀身には血曇ひとつ付いていない。空気を斬る音が何かの楽器を打ち鳴らしたかのように澄んで聞こえた。
「さすがの名剣です」
 残りのモンスターを片付けたピエールとサイモンが満足気にうなずいた。剣を捧げ持ち、アランはじっと鍔に刻まれた紋章を見つめる。傍らにはチロルが立ち、「なぁご」と低く鳴いた。
 剣を収めたアランは微笑む。
「父さんの、そして何よりこの剣を鍛え直してくれたブラウンとガンドフに恥じないようにしないとね」
「もう十分なような気がしますがのう。アラン殿のお父上はよほどの豪傑だったと見える」
 マーリンが戦々恐々としながら言った。呪文の扱いに長けた彼は十分に戦える実力を備えているが、あまり正面切った荒事は苦手らしい。先ほども仲間たちが激しい戦闘を繰り広げている様を、半ば感心しながら観察していた。
 ぴょんぴょんと近づいてきたメタリンが噛み付く。
「ちょっとお爺ちゃん! あんた何で遠くで見てるばっかなのさ!?」
「いやほら。儂って頭脳派じゃから。年寄りは労らねばならんぞい」
「チョーシいいこと言っちゃって!」
 メタリンがむくれる。彼女はいつもの元気をほぼ取り戻していた。
 これも年の功というやつなのか、メタリンの金切り声を柳のように受け流し、「よっこらしょ」と馬車の中に乗り込む。幌(ほろ)の間から顔を出し、彼はアランに言った。
「そういえばアラン殿。これから向かうルラフェンの街のことじゃが、あそこはなかなか面白いですぞ」
「面白い?」
「さよう。人間だてらに呪文の研究に生涯を捧げる変わり者が住んでいるそうですじゃ。到着したらぜひ寄ってみたいと思うのじゃが、よろしいですかの?」
「がるる」
 チロルが咎めるように唸る。「何を勝手なことを言っているの」と苦言を呈しているようだ。アランは彼女の頭を撫でるとマーリンに尋ねた。
「どんな呪文を研究しているか、君は知っているのかい」
「噂程度ですがの。何でも古代の移動魔法だとか。もし本当にそれを復活させることができたならば、人としてはなかなかの偉業だと思いますぞ。儂も他の連中が使用してたところを一度だけ見たことがあるが、壮観でしたわ。こう、光に包まれてびゅーんと飛んでいくのです」
 アランの手が止まった。チロルもまた耳を立て尻尾を緊張で固まらせる。
「……それは、どういう連中だったか覚えてる?」
「はて。もう何年も前ですし、光に包まれた状態でしか見ていなかったものですから、何とも」
「そう」
 それだけつぶやく。肩に登ってきたスラリンが「どうしたの、アラン」と尋ねてきた。アランは首を横に振った。
 ――それから数日後。
 鬱蒼とした森の奥にルラフェンの街が見えてきた。サラボナとの中間地点ということで交易でも栄えているようだが、見たところポートセルミのような活気は感じられない。どちらかというと閑静な街だ。
 むしろルラフェンを特徴付けているのはその街の構造だろう。大小様々な大きさの建物が入り組み、複雑な景観を作っている。街の中に一歩足を踏み入れたアランたちは呆気に取られた。よく見れば民家の上に道が通っている。
「これは……迷いそうだね」
「なれば、我々にお任せ下さい。ドラきち、コドラン。それからクックル、貴女にも」
 すかさずピエールが仲間を集める。彼は各々にルラフェンのおおよその構造を簡単に調査するように依頼した。彼らが飛び立つ姿を見送ってから、アランは首を傾げた。
「クックルにも頼むんだね」
「彼女は念のためです。こうも入り組んでいると、空からではわからないこともあるでしょうから。彼女には実際に歩く者の立場で探索してもらいます」
「まるで攻城戦でも仕掛けようかという感じじゃのう。そう真面目にせんでも、迷ったら街の者に道を尋ねればよいじゃろう。無人というわけではないのじゃから」
 ぽりぽりと頭をかきながらマーリンが言った。
 ドラきちたちが探索から帰ってくるまでの間、アランは宿の確保に向かった。幸いルラフェンの宿は街から入ってすぐのところに設けられている。敷地は意外に広く、受付ホールも立派なものだった。カウンターには複数の受付人が控えている。
 変化の石を仲間に渡し、宿の手続きに入ったアランはその値段に軽く驚く。こんなに高いんだと、思わず口に出してしまいそうになった。
 部屋に入ったアランは、ぞろぞろと外に出て行く仲間たちに目を丸くした。
「みんなは休まないのか?」
「ちょっとぶらりと出てきますわい。アラン殿は休んでいなされ。ああチロル。お前さんもじゃよ」
 サイモンと何事かやりとりをしながらマーリンは言った。
「ここの守りはサイモンが引き受けるそうですじゃ。そういうわけですからアラン殿、チロル。せっかくなので二人でのんびりと旧交を温めるのがよろしかろう」
 そしてマーリンも出かけていく。最後にサイモンが深々と礼をし、部屋の外に出た。締められた扉の先で彼女が警護兵よろしく立つ様子が気配でわかる。
 アランとチロルは顔を見合わせた。
「旧交を温めろ、か。みんな気を遣ってくれたんだね」
「がるる」
 どて、とチロルが床に体を投げ出した。横腹を見せた状態で尻尾を二、三度振る。アランは苦笑した。
「それじゃ、お世話になろうかな」
 重い装備を外し、パパスの剣だけを腕に抱えて腰を落としたアランは、そのままチロルの体に寄りかかった。柔らな毛並みが体を包み込む。彼女のゆっくりとした鼓動が伝わってくる。
 心地よさに身を任せていたアランは不意に苦笑を浮かべた。
「立派になったよね、チロル。十年前はこんなことできるなんて全然考えもしなかった」
「にゃごろ、ぐるる」
「はは。それはそうだけど、やっぱりこうしていると子どもの頃を思い出すよ。一緒に冒険している間は、こうして寄り添って眠ったよね」
「ぐる……」
「ああ。これからは一緒だ」
 人間とキラーパンサー。互いの言葉を喋ることはできなくても、互いの気持ちと意志は伝わる。
 失われた十年を忘れ、笑顔と興奮に満ちていた子ども時代を思い出すかのように、二人は互いの体温を感じながら静かに眠りについた。

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