小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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「誰じゃ」
 アランたちが立ち尽くしていると、巨大壺の裏から一人の老人が姿を現わした。ねずみ色で皺が寄ったローブ、部屋中に立ちこめる異臭と埃が、いかにも場末の研究者を思わせる。
 研究続きであまり眠れていないのか、老人は充血した目でじろりと睨んできた。
「なんじゃお前さんたちは。お前さんたちも煙たいと文句を言いに来たのかえ」
「いえ、そうではなくて」
 アランは手を振った。ちらりとマーリンを見て、老人に向き直る。
「ここに呪文の研究をしている人がいると聞いたので、興味が湧いたのです」
「ほ!? なんと」
 途端に老人の顔が輝いた。
「するとワシの研究を見学したいということじゃな? いやいや、若いのになかなか感心なことじゃ! ワシの名はベネット。名前くらいは街の連中に聞いたことがあるじゃろ?」
 そう言えば名前は初めて聞くなとアランは思ったが、口にはしなかった。差し出された手をそっと握り返す。
 ベネットは不思議そうにアランたちを見回した。
「時にお前さんは……ええっと」
「アランです」
「アランよ、お前さんが連れておるのは、もしかしてモンスターではないのかえ?」
「そうですが、皆僕の大切な仲間ですよ」
「ほっほう! こりゃあ珍しい。お前さんモンスター使いか!」
 手を叩いて喜ぶベネット。アランの後ろでマーリンとピエールが言葉を交わす。
「変化の石があれば、人間の目は誤魔化せるんじゃなかったかいの?」
「一定以上の眼力と精神力がある者の前では、変化の石の効果はあまり意味をなさないようです」
「すると何か? ベネットとかいう老人はそんじょそこらの一般人より力が強いということか。やれ、人間とはよくわからんの。呪文の研究者という点は大いに興味があるところじゃが」
「この人間が特別なのでしょう」
 彼らの会話の傍ら、別に姿を隠す必要がないと悟ったスラリンとメタリンが壺の前に進み出た。小さな体と並べて見るといっそう壺の大きさが際立つ。
「おっきいねー!」
「つかこんな無駄にデカイ壺、いったい何に使うのかしら?」
 ぴょんぴょんと部屋中を飛び回る二匹。彼らは壺の口に向かって立てかけられた梯子を登り、上から壺の中を覗き込んだ。
「うわ、ナニコレ? 気色わるッ」
「水? 光? ねえアラン、何か変なものが入ってるよ、この壺」
「こらメタリン、スラリン。危ないだろう。降りるんだ」
 興奮した様子の二匹をたしなめる。アランの隣でチロルも唸っていた。ブラウンがいなくなってから、彼らを止める役はもっぱらこの二人となっている。
 スラリンたちを眺めていたベネットが事も無げに言った。
「何ならその中に入ってみるかの」
「入るとどうなるの?」
「そりゃあお前さん、たちどころに分解されるに決まっておろう」
「……へ!?」
「ちょうどスライム属の材料が欲しかったところなんじゃ。ひとつ入ってくれんかね?」
「野菜を買うみたいな口調で言うなー!」
 メタリンが叫び、スラリンをくわえて急いで梯子を駆け下りた。アランの肩まで避難してからぜいぜいと息を吐く。ベネットはきょとんとしていた。
「本当の話じゃぞ?」
「なお悪いわよッ」
 気丈に叫び返しながらすっかり怯えている彼女にアランは苦笑した。あまり虐めないでくださいと言うとベネットはむつかしい顔をした。
「まあいい。それでアラン、ものは相談なんじゃが、お前さんこの研究を手伝ってみる気はないかえ?」
「手伝う、ですか?」
「この研究が成功すれば、古の呪文がひとつ復活することになるじゃろう。その呪文は、術者が知っている場所であれば瞬く間に移動できるというたいそう便利な呪文なのじゃ! ワシは研究でずっとここに籠もっとらんといけないし、誰か術者となり得る腕利きがいないかと思っていたのじゃよ」
 ベネットはそう言い、巨大な壺を軽く叩く。
「研究に興味もなく、その苦労も知らん人間にワシは呪文を与えたくない。だが手伝ってくれたなら、お前さんにこの呪文を授けようではないか」
「ベネットさん、ひとつ教えて下さい」
 アランは言った。その表情に真剣な色が浮かんでいることに、ベネットは首を傾げる。それはチロルを除いた仲間たちも同様だった。
「その古の呪文は……光に包まれて空間を飛翔する呪文で間違いないですか」
「よく知っているの。もしかして見たことがあるのか?」
 うなずく。ベネットは顎に手を当てつぶやいた。
「あれはまだワシら人間には広まっていないものじゃから、使えるとしたらごく一部もモンスターくらいだと思っていたが」
「ごく一部の、モンスター」
 視線を伏せる。「アラン?」と顔を覗き込むスラリンには応えず、彼は静かに告げた。
「ベネットさん。あなたの研究、ぜひ僕に手伝わせてください。その呪文、どうしても身につけたいんです」

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