小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 アランの気魄に何か感じるところがあったのか、ベネットは詮索することもなくアランたちを奥の事務机に案内した。そこに広げられた地図を指し示す。
 ベネットによると、この呪文の完成にはある材料が不可欠なのだという。
「それはな、名前をルラムーン草というんじゃ」
 アランは地図を覗き込んだ。ベネットの指が示すのはルラフェンの街からさらに西、大きな滝を越えた先にある草原地帯だった。一度滝の上流まで山を登り、それから草原へと降りていく道程を考えると、数日は必要だと思われた。ピエールが思案げにつぶやく。
「これは、帰還は『キメラの翼』を使用するべきでしょう」
「あ、いや。それはやめてくれ。すまんが帰りも徒歩で頼むわい。ルラムーン草を入れる容器はこちらで準備するからの」
 アランとピエールは顔を見合わせた。マーリンがぽんと手を打つ。
「なるほど。キメラの翼の効果がルラムーン草にどんな影響を及ぼすかわからんということかい」
「そういうことじゃ。折角遠出してまで採取する貴重な材料。帰ってきて使えませんでした、では笑い話にしかならん。おっとそうそう、もうひとつ大事な注意点がある」
 ベネットは指を顔の前に立てた。
「ルラムーン草は不思議な植物でな。夜にしか採取できんそうじゃ。夜になるとぼんやりと光る性質を持ってそうじゃから、見つけること自体は容易いと思うわい」
 理解できたか、と訪ねる老人にアランはうなずいた。それを見たベネットは満足気にうなずき、こう宣った。
「よろしい! それではワシはお前さんたちの吉報を寝て待つとしよう!」
「はい?」
「ここのところ徹夜続きで寝不足なのじゃ。いやはや、いたいけな老人の体に睡眠不足はひどく堪えてな、あっはっはっは!」
 呵々(かか)大笑い。
 頼んだぞー、と言い残し、ベネットは軽快な足取りで二階に消えていった。


 翌日。旅の支度を調えた一行はルラフェンを出た。森林を抜け、すぐに現れた高山台地を登る。
「あのジイサン、ホントはひとりでも来れたんじゃない?」
 ベネット邸でのやり取りを思い出すのか、メタリンがむくれていた。一方のマーリンは「なかなか面白い人間だと思ったがのう」と逆に感じ入った様子だった。
 緩やかに登っていく山道は整備こそされていないが、馬車連れの大人数でも何とか進むことができるほどの幅があった。賑やかな一行の先頭で、アランはチロル、ピエール、サイモンとともに警戒に当たる。
 ふとピエールが尋ねた。
「今となってはもはや確認の意味もありませんが……よろしかったのですか。アラン」
「ベネットさんの研究に協力した、ってことかい?」
「我々には伝説の勇者を探し出し、御母君を救出するという非常に大きな使命があります。本来ならば真っ直ぐにサラボナを目指すべきだったのでは?」
「気が変わった」
 アランらしからぬ物言いにピエールだけでなくサイモンも驚いていた。だが主たるアランは真剣な表情を崩さない。
「もちろん使命を忘れたわけじゃない。けど、この呪文はどうしても知っておきたかったんだ」
「理由を聞きしましょう」
「ピエール、君は十年前のことを覚えているだろう。僕が父さんを追い、ラインハット東の洞窟へ向かっていたときのこと」
 隻腕の騎士は首肯する。アランはチロルと二人、その忠実な仲間の顔を見つめた。
「東の洞窟で出会った強大な力を持つ魔物が――父さんを亡き者にし、僕とヘンリーを大神殿へと連れ去った『ゲマ』が使っていた呪文に似ているんだ。ベネットさんが研究している古のそれと」
「なるほど」
 それだけでピエールは理解したようだ。
 そう。これはアランの我が儘。
 しかし見過ごすことはできない機会。
 今までまったく謎に包まれていた宿敵の力の一端を知ることができるかも知れない、そう考えると居ても立ってもいられなかったというのがアランの想いだったのである。
 それに、と彼は表情を緩めた。
「現実問題、街や村に瞬時に移動できる呪文は僕たちにとってとても重要になると思う。身につけておいて損はないよ。これは必要な回り道だと僕は考えている」
「わかりました。貴方の判断に従いましょう」
 一礼し、ピエールとサイモンは引き下がった。再び前を向いて歩き始めたアランは内心で自嘲めいた嘆息をする。
 ――この呪文を身につけたからといって、奴のことが何かわかるかと言えばそうではないだろう。父さんの剣を見つけてから、どうやら僕は自分で思っている以上に奴に拘っているのかもしれない。
 だが。たとえそうだとしても、あのときのことは決して忘れない。忘れられない。
 いつか必ずこの手で父の仇を。
「ぐるる……」
 アランは我に返った。チロルが傍らで唸り声を上げている。素早く剣柄に手を掛け、周囲を警戒する。すぐに「何かがいる」ことに気づいた。ピエールたちに指示を出し、馬車の守りを固めさせる。
 馬車の幌からひょこりと顔を出したマーリンが、何事かチロルと話した。
「それは困ったのう……」
「どうした、マーリン」
「いえねアラン殿。チロルが話していたのですが」
 ――ひたり、と土を踏みしめる複数の音をアランの耳は拾った。音の方向に顔を向け、硬直する。マーリンは引きつった笑みを浮かべた。
「ここ、思いっきり『彼ら』の縄張りに当たるらしゅうて、『オマエら誰だ』と誰何を受けているそうですぞ」
 まほうつかいの老人が口にした『彼ら』――
 黄色地の体毛に赤の鬣をなびかせたキラーパンサーの群れが、木陰や岩陰から次々と姿を見せた。

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