小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 地獄の殺し屋キラーパンサー。彼らは基本的に少頭数での群れを作る。単独行動を取ることも多いが、獲物を狩るときは数頭で協力することもあるという。
 今、チロルたちの目の前に現れたキラーパンサーは三頭。顔付き、体付きが似ているところを見ると彼らは互いに『きょうだい』なのかもしれない。
 ――私と同じくらい、かな。
 アランを庇うように一歩前に進み出たチロルは思った。
 先頭に立った雄が「ぐるる」と鳴いた。
(おい、何で俺たちの同族が人間たちと一緒にいる!? しかも後ろの連中は何だ、ぞろぞろと数を揃えやがって!)
(ニイチャン、あんま刺激しない方がいいよう。あっち、数が多いんだし)
(あん!? 俺たちキラーパンサーが人間ごときに気後れする必要なんてねえだろうがっ)
(母様や父様からは注意されていたハズだけどね……ここを通る奴らに手当たり次第噛み付くなって。それは誇り高いキラーパンサーのやることじゃないって。ちょっと聞いてる? 兄様)
 猛る雄の後ろでやや小柄な雄と雌が嘆息混じりにたしなめる。どうやら一番体の大きなあの雄が兄で、後ろに控えるのはその弟と妹らしい。兄を除けば、最初からいきなり襲いかかるつもりはなさそうだ。
 チロルはちらりと背後のアランを振り返り、自分の義兄の意志を確認した。アランはうなずく。
「避けられるなら避けよう」
(わかった)
 爪を収めたまま更に前に出る。後ろでクックルが狼狽えたような声を上げた。
(チ、チロルお姉様! ほんとにお一人で大丈夫なんですの!?)
(まずは説得よ。だから落ち着いて、貴女はアラン兄さんの指示に従いなさい)
 チロルが仲間たちと話している様子を見て警戒心を強めたのか、兄雄が道の真ん中に進み出て、行く手を塞いだ。弟雄と妹雌も仕方なく後ろに付く。
 そっとサイモンが囁いた。
(チロル殿、護衛は必要?)
(大丈夫。とりあえず一人でやるわ。たぶん、何とかなる)
(わかったわ。ほどほどにね)
 チロルはキラーパンサー兄妹と相対した。早くも兄雄は威嚇の唸り声を上げていたが、チロルは落ち着いて言った。
(私たちはこの先の草原に行きたいだけなの。あなたたちの巣を荒らすつもりはないわ。だから通してもらえないかしら)
(おいおいアンタ、そりゃ本気で言って――)
(うわあ! ニイチャン、ニイチャン。このヒトすっごい美人だよ!)
(ほんと。毛並みが凄く綺麗)
(お、おまえらなあ! ちょっとはキラーパンサーの威厳っつーもんをだな!)
(でもニイチャン。ニイチャンこそ唸ってるだけでまともにあのヒト見てないよね)
(ばッ、馬鹿かおめえは!)
 ――とても仲の良い兄妹ね。
 チロルはそう思って髭を揺らした。この辺り、チロルは実にアランと似た性格の持ち主だった。自分の容姿とその魅力にはあまり頓着しない。相手から賛辞を受けても話半分に受け止めていた。自分より美しいものは他にたくさんいるはずだ、と。
 むしろ、目の前でじゃれ合う兄妹の姿に羨望すら感じてしまう。自分は長い間一人であったから。
 チロルはさらに警戒を緩めて頼み込んだ。無自覚な美貌に真っ直ぐ見つめられて、威勢の良かった兄雄もしどろもどろになっていく。弟雄に言われたためか、急速にチロルを意識し始めたのは明らかだった。
「おーいチロル。そのまま色仕掛けで落としてしまえー」
(そうですわ! 今こそお姉様の魅力を同族に知らしめる時です!)
 後ろで勝手なことを言うマーリンとクックルに尻尾を振って応える。(そんなこと私にできるわけないでしょ)と思いながら相手の出方を窺った。とにかく説得できるものなら説得して、何事もなくこの場を通過するのがアランの希望だ。自分も同感――と考えたところで、ふと、いかに自分がキラーパンサーらしくないかに思い至った。鼻息一つで、胸を張る。
 いいわ。私は私。これからもアラン兄さんと一緒にいるのだから、それくらいでちょうどいい。
 泰然と佇む彼女の立姿は、眩い陽光の下で更に輝いていた。それがまた目の前のキラーパンサー兄妹の目を釘付けにする。それはある種の重圧となって、先頭の兄雄を苛んだ。
 突然、兄雄が猛然と吼えた。
(ここは通さねえッ! 通りたくば俺を倒してから行きな!)
 言うが早いか、飛びかかってくる。明らかな乱心行為に後ろの弟妹が大いに慌てた。
 チロルはじっと相手の目を見つめている。わずかに身を屈め防御の姿勢を取るが、その場から動くことも爪を立てることもしなかった。
(お姉様――!)
 クックルを始めとした仲間たちが飛び出そうとするが、アランが素早く制止した。その彼の眼前で、兄雄の爪がチロルの肩に食い込んだ。
 凍ったように制止する二頭。
 チロルはほんのわずか眉間に皺を寄せ、言う。
(満足した?)
(う……)
(爪に迷いが混じっている。これで気が済んだら、今度こそ落ち着いて話をしましょうか)
(う、うるさい……人間に味方するような奴の言うことなんか……)
(そうか)
 不意にチロルの口調が変わった。
(あくまでも戦うと言うのなら、仕方ない。私とて大事な仲間まで傷つけられるのは我慢ならない)
 牙が剥き出しになる。爪が砂利を抉る。傷口のわずかな出血が流れを止め、代わりに兄雄の爪を逞しい筋肉が食う。
(始めに言っておく。この程度の力で私を倒せると思わないこと)
 兄雄の爪が抜ける。チロルの体から血は流れなかった。ふらつきながら後退る兄雄に向かって、チロルはとどめの雄叫びを上げた。
(それでも戦(や)るか、雄!)
(う、うわああああっ!)
 気魄での勝敗が決すると、後は一息だった。
 文字通り尻尾を巻いて逃げ出す兄雄は、そのまま岩陰に身を潜めてしまった。その後ろから重い足取りで兄雄を追いかけた弟と妹は、二頭揃って兄の体をばしばしと叩いていた。
 あんな凄い人になんてことを!――そんな声が聞こえてきて、チロルは戦闘態勢を解いた。傷口を舐めるフリをして、深くうなだれる。
 ――ああ……、やってしまった。
 頭に血が上ると時折見境がなくなってしまう。よりによってアランの前でその姿を見せてしまうとは。しかもその兄からの言いつけを破ってしまってまで。
 チロルはぽつりとつぶやいた。
(……やっぱり私はキラーパンサーだわ)
 もう何と言うか。
 ごめんなさい。アラン兄さん。

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