地獄の殺し屋キラーパンサー。彼らは基本的に少頭数での群れを作る。単独行動を取ることも多いが、獲物を狩るときは数頭で協力することもあるという。
今、チロルたちの目の前に現れたキラーパンサーは三頭。顔付き、体付きが似ているところを見ると彼らは互いに『きょうだい』なのかもしれない。
――私と同じくらい、かな。
アランを庇うように一歩前に進み出たチロルは思った。
先頭に立った雄が「ぐるる」と鳴いた。
猛る雄の後ろでやや小柄な雄と雌が嘆息混じりにたしなめる。どうやら一番体の大きなあの雄が兄で、後ろに控えるのはその弟と妹らしい。兄を除けば、最初からいきなり襲いかかるつもりはなさそうだ。
チロルはちらりと背後のアランを振り返り、自分の義兄の意志を確認した。アランはうなずく。
「避けられるなら避けよう」
爪を収めたまま更に前に出る。後ろでクックルが狼狽えたような声を上げた。
チロルが仲間たちと話している様子を見て警戒心を強めたのか、兄雄が道の真ん中に進み出て、行く手を塞いだ。弟雄と妹雌も仕方なく後ろに付く。
そっとサイモンが囁いた。
チロルはキラーパンサー兄妹と相対した。早くも兄雄は威嚇の唸り声を上げていたが、チロルは落ち着いて言った。
――とても仲の良い兄妹ね。
チロルはそう思って髭を揺らした。この辺り、チロルは実にアランと似た性格の持ち主だった。自分の容姿とその魅力にはあまり頓着しない。相手から賛辞を受けても話半分に受け止めていた。自分より美しいものは他にたくさんいるはずだ、と。
むしろ、目の前でじゃれ合う兄妹の姿に羨望すら感じてしまう。自分は長い間一人であったから。
チロルはさらに警戒を緩めて頼み込んだ。無自覚な美貌に真っ直ぐ見つめられて、威勢の良かった兄雄もしどろもどろになっていく。弟雄に言われたためか、急速にチロルを意識し始めたのは明らかだった。
「おーいチロル。そのまま色仕掛けで落としてしまえー」
後ろで勝手なことを言うマーリンとクックルに尻尾を振って応える。と思いながら相手の出方を窺った。とにかく説得できるものなら説得して、何事もなくこの場を通過するのがアランの希望だ。自分も同感――と考えたところで、ふと、いかに自分がキラーパンサーらしくないかに思い至った。鼻息一つで、胸を張る。
いいわ。私は私。これからもアラン兄さんと一緒にいるのだから、それくらいでちょうどいい。
泰然と佇む彼女の立姿は、眩い陽光の下で更に輝いていた。それがまた目の前のキラーパンサー兄妹の目を釘付けにする。それはある種の重圧となって、先頭の兄雄を苛んだ。
突然、兄雄が猛然と吼えた。
言うが早いか、飛びかかってくる。明らかな乱心行為に後ろの弟妹が大いに慌てた。
チロルはじっと相手の目を見つめている。わずかに身を屈め防御の姿勢を取るが、その場から動くことも爪を立てることもしなかった。
クックルを始めとした仲間たちが飛び出そうとするが、アランが素早く制止した。その彼の眼前で、兄雄の爪がチロルの肩に食い込んだ。
凍ったように制止する二頭。
チロルはほんのわずか眉間に皺を寄せ、言う。
不意にチロルの口調が変わった。
牙が剥き出しになる。爪が砂利を抉る。傷口のわずかな出血が流れを止め、代わりに兄雄の爪を逞しい筋肉が食う。
兄雄の爪が抜ける。チロルの体から血は流れなかった。ふらつきながら後退る兄雄に向かって、チロルはとどめの雄叫びを上げた。
気魄での勝敗が決すると、後は一息だった。
文字通り尻尾を巻いて逃げ出す兄雄は、そのまま岩陰に身を潜めてしまった。その後ろから重い足取りで兄雄を追いかけた弟と妹は、二頭揃って兄の体をばしばしと叩いていた。
あんな凄い人になんてことを!――そんな声が聞こえてきて、チロルは戦闘態勢を解いた。傷口を舐めるフリをして、深くうなだれる。
――ああ……、やってしまった。
頭に血が上ると時折見境がなくなってしまう。よりによってアランの前でその姿を見せてしまうとは。しかもその兄からの言いつけを破ってしまってまで。
チロルはぽつりとつぶやいた。
もう何と言うか。
ごめんなさい。アラン兄さん。