小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 高山台地を登り切ると、そこは『へら』で綺麗に切り取ったような平地となっていた。巨大で清廉な湖が広がり、そこから流れ出る川がそのまま大滝の源流となっている。まさに湖畔の大地と言えるほど自然の美しい場所だった。
 無論、見晴らしもすこぶる良い。
「……ねえ。放っておいていいの? アレ」
 アランの左肩に乗っかりながらメタリンが目を細める。右肩に乗ったスラリンは楽しそうに笑っていた。
「きっとチロルに謝りたいんだよ。きっといい人たちだよ」
「だからって、あんな風に付きまとわれるとすっっっっごくキモチ悪いんですけど!」
 二匹のやり取りに苦笑しながらアランもまた、後ろを振り返った。
 馬車から数十歩離れた場所。
 乏しい物陰に必死に体を押し込めながら、あのキラーパンサーの兄妹が仲良くこちらをうかがっていた。アランたちが進むと、彼らは次なる物陰を探しながらついてくる。
 マーリンがにやにやと笑った。
「いやはや。さすがですのお! さっそく三匹も虜にしたと見える! いやチロルは大したものじゃ!」
「クルルッ! クックルー!」
 何やらクックルまで嬉しそうに飛び跳ねている。
 一方、先頭のさらに数歩先を歩くチロルが唸りながら尻尾を振った。どうやらご機嫌斜めのようで、「ほっといて」とあからさまに拗ねている様子がわかった。どことなく落ち込んでいるようだったので、アランは彼女の傍らまで走り、その背中を軽く叩いた。
「チロル。もし良かったら彼らともう一度話してみるかい」
「ぐるる……」
「そう気を落とすことはないよ。チロルはチロルでできることをしてくれたと思ってる。礼は言っても、責めたりはしないさ。誰もね」
「にゃぐお」
「そうさ。それに、実を言うと僕は嬉しいんだ。こうして野生のモンスターとも仲良くなれるなんて、チロルも僕と同じような力を持ってるんだなって考えるとさ。何だか本当の兄妹みたいで嬉しい」
「いやー、魔物使いのアラン殿と飛びきりの美人戦士のチロルとでは力の種類が全然違うと思うがのー」
「翁。貴方は少し黙ってなさい」
 隻腕のスライムナイトが冷たく言い放つ。そればかりか、さまようよろいのサイモンまでが剣の鯉口を切ってマーリンを威嚇する。「おお怖い」と言いながらまほうつかいは馬車の中に引っ込んだ。
 小さく嘆息したピエールがアランに尋ねる。
「しかし、本当にどうなされますか。少なくとも彼らがこちらに興味を持っているのは事実。今度は仲間になるよう説得でもいたしますか?」
「そうだね……」
 どこか遠慮がちにこちらをうかがうキラーパンサーの兄妹へもう一度視線を向け、それから隣のチロルの顔を見る。自分の胸にも問いかけて、アランは結論を出した。
「いや、彼らの好きにさせよう。あちらの気が変わらない限り、こちらも手を出さない。皆にもそう伝えて」
「御意。ですが正直私もメタリンと同意見です。それだけはお心に留めておいてください」
「はは。わかったよ。さあ急ごう。日没までには目的地に到着しなければ。野営の準備もあるしね」
 アランはそう言って外套を翻す。
 それから歩くこと半日――辺りに夜の帳が降り、一行はようやく目的の草原地帯に足を踏み入れていた。海に近いためか、夜風に乗って微かな湿気が肌を撫でる。歩きづめで火照った体にはむしろ心地良く感じる冷気だった。
 ドラきちが偵察役として飛び立ってしばらく経った頃、アランたちは野営の準備を終えた。極力絞った灯りが一行を幻想的に照らし出している。
 仲間の勧めで仮眠を取っていたアランは、近づいてくる気配に目を開けた。体を起こすと、闇の奥から何やら大きな肉をくわえたチロルが歩いてくるところだった。その背にはドラきちの姿もある。
「肉は例のキラーパンサーたちがくれたそうです。日中の詫びだと」
 チロルの報告をピエールが訳す。
「それから、同じく彼らの助力でルラムーン草と思しき植物の群生地がわかったとのことです」
「親切な子たちなんだな。わかった。ありがとう」
 アランは立ち上がり、身なりを整える。
「ご苦労様。さっそく出発しよう。マーリン、この肉の保管よろしく頼むよ」
「お任せなされ。我が知恵を持ってすれば、たちどころに日持ちする携行食糧に変えてご覧にいれましょう。ほれコドランや、手伝ってくれい」
 真面目なドラゴンキッズを呼び、熱心にその方法を伝えるマーリン。アランはチロルに向き直った。悪戯っぽく微笑みながら尋ねる。
「彼らとは友達になれたかい?」
 チロルは気恥ずかしそうに喉を鳴らす。珍しい仕草ではあるが、独りであることが多かった彼女の生い立ちを考えるとそれも無理からぬことなのかもしれない。アランはもう姿の見えなくなったキラーパンサーたちに心の中で礼を言った。
 チロルの案内で、アランたちは草原地帯を進んだ。月光の元、大地の草々は日中よりも深い色合いに染まってさわさわと揺れていた。
 やがて腰ほどの背丈がある植物の群生地に辿り着く。水の匂いを感じながら分け入ったアランは、軽く息を呑んだ。
「これは、すごいな」
 背の高い草に守られるように、淡い蒼に輝く植物が身を潜めていた。周囲は薄く水が張った湿地帯で、大地に広がった水面に蒼の輝きが映り込んでいる。ざっと見回しただけでも数十はある。それぞれが交互に、わずかな明滅を繰り返す様は、まるで蒼穹が大地に降りて寝息を立てているようだった。
 間違いない。ルラムーン草だ。
 ピエールから特製容器を受け取ったアランは、そっとルラムーン草のひとつに手を伸ばす。蒲公英(たんぽぽ)のような葉に触れると、蒼い光が彼の手に柔らかく絡まった。
「温かい……」と思わずつぶやく。
 チロルがくんくんと匂いを嗅いでいる。彼女の上からルラムーン草を覗き込んだピエールは感じ入ったように言った。
「なるほど。確かに強い呪文の力を感じます。まさかこのような場所に、このような特殊な植物が群生していようとは知りませんでした」
「食べたらだめだよ、メタリン」
「……スラリン。あんた、最近あたしのことバカにしすぎじゃない?」
 ルラムーン草の美しさに呑まれたのか、メタリンの悪態にもいつもの勢いがない。アランは慎重にルラムーン草を引き抜き、容器に入れた。半透明のそれの中でルラムーン草は楚々と輝き続けている。容器の蓋をしっかりと閉め、アランは仲間たちに告げた。
「よし。一度野営地に戻ろう。今日はこのまま夜を明かして、夜明けと共に出発だ」
 首肯するピエールたちの前で、アランは容器を天に掲げた。月と重ね合わせると、まるで虹を見ているような不思議な輝きを目にすることができた。

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交響組曲「ドラゴンクエストV」天空の花嫁
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