小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 翌日。アランの言葉通り、一行は夜明けと共に野営地を発った。再び湖畔の台地を登りルラフェンを目指す。元来た道を引き返す形だ。できるだけ一気に通過したいアランは、足早に馬車を進めていた。
 行きの道ではキラーパンサーの兄妹以外にも魔物との遭遇戦が何度かあったが、幸い帰りの道では襲撃も遭遇もなく、順調に歩くことができた。ただ、キラーパンサーの兄妹たちの姿を見ることはなかった。
 たとえ急いでいても一泊程度の野営は必要かと考えていたアランだが、あまりに平穏な道のりのために、夕方の入りには台地を降りる道に進むことができた。
 傾き始めた太陽を見つめていたアランは、ふと、あることに気づいた。口元を綻ばせ、彼は傍らを歩くチロルの背を軽く撫でた。
「ほら、チロル。見てご覧、見送りが来ているよ」
 仲間たちと共に振り返った先、道の傍らに突き出た崖の上に十数頭のキラーパンサーが立っていた。陽光を背にじっとアランたちを見つめている。見覚えのある三頭分の鬣(たてがみ)は、集団の先頭に見ることができた。
 やおらキラーパンサーたちが吼えた。一斉に、長い余韻を残して、遠吠えが岩と滝と森の台地に谺する。
「これはまた壮観ですな」
 マーリンがやや辟易したようにつぶやく。チロルは同族たちに向き直り、四肢を踏みしめ雄々しく吼え返した。スラリンたちがびっくりしてひっくり返る一方、ピエールは感じ入ったようにつぶやいた。
「これが彼らなりの送別の証なのでしょうね」
「事情を知らん奴らからすれば震え上がるところじゃよ。まったく老骨には染みるわ」
 ひょっひょっひょっ、とマーリンが奇妙な笑い声を上げた。
「がるう、がるる」
「強き者に敬意を払う。それが彼らの考え方だそうだ……と、チロルは申していますよ」
 チロルの声をピエールが代弁した。アランが手を振り上げキラーパンサーたちに応えると、彼らはもう一度遠吠えを返した。その様子を眺めながらアランはふとつぶやいた。
「もしかしたら彼らが道中の安全を確保してくれたのかもしれないな……」
「がるる」
 そうかもしれない、と隣のチロルが小さく唸った。


 ルラフェンに辿り着いたのは、辺りが暗くなり始めた頃だった。まだ眠りにつくのは早い時間帯ということもあって、アランは宿の確保より先にベネット宅を訪れた。相変わらず鍵のひとつもかけられていない不用心な扉と、隙間から吹き出してくる独特の異臭に辟易しながらも、彼はベネットの名を呼んだ。
 だが返事がない。
 わずかに逡巡した後、アランたちは家の中に入った。部屋の隅に焚かれた松明の光が、中央に鎮座する巨大壺を不気味に照らし出す。壺の周辺にベネットの姿はない。二階を見上げ、まさかとは思いつつ階上へと上がる。すると、
「ぐおー、ぐおー、ぐおおおおっ」
 年齢を感じさせない何とも豪快ないびきが聞こえてきた。乱雑な部屋の隅に設えられた寝台で、ベネットが普段着のまま大の字になっている。実に幸せそうな寝顔だった。
 おもむろにメタリンが寝台に上がる。何をしようとしているか察したアランが止めるより先に、彼女はベネットの腹の上で飛び跳ねた。
「ぐほおっ!? な、何じゃ何じゃ!?」
「うっさい! あんた、何平和な顔で爆睡してんのよ! こっちは必死こいてルラムーン草を探してきたというのに!」
「おお! 採取してきたか! ご苦労ご苦労。早速作業に入ろう! ほらほら、そこどいてくれ」
 メタリンの訴えを聞いていたのかいないのか。寝起きとは思えぬ機敏な動きで立ち上がり、そのまま軽い足取りで一階へと降りていくベネット。押しのけられてころころと床を転がりながら「うううっ!」と唸るメタリンを見て、「さすがに今回は彼女が可哀想じゃのう」とマーリンが言った。
 ベネットの後を追い再び一階に降り立つと、先ほどまではなかった熱気で部屋全体が包まれていた。アランは目を大きく見開き、辺りを見回す。
「これは」
 散らかった怪しげな実験室――そんな印象があった部屋の中が、不思議な輝きに満たされていた。放置された書類や実験道具の下で、床や壁が蒼く発光しているのだ。目を凝らすと、それらは様々な種類の紋様が集まり組み合わされたものだとわかった。
「古の呪文は強い力を持っているのが常じゃからな。復活の余波で家が吹き飛ばないための仕掛けじゃよ」
「ベ、ベネットさん!?」
 怜悧な声に振り返ったアランは目を白黒させた。
 先程まで大いびきをかいていた老人が、その身体に呪文の光を纏いながら宙に浮いているではないか。彼の視線はじっと大壺の中に注がれている。床の蒼い輝きに照らされたベネットの表情は、魔物に対峙する戦士のごとき気魄に溢れていた。
 マーリンが耳打ちをする。
「浮遊の呪文はいまだ体系化されていない未知のもの。魔物の側からすれば『本能で使用する』に近い力ですじゃ。只者ではないと思っとりましたが、よもや人の身でこれほどの遣い手とは驚きですのう」
「ああ……それにこの部屋の結界も」
「左様。呪文研究者の名は伊達ではないですの。この『実験』と称する儀式、肝を据えて取りかかる必要がありそうですじゃ。アラン殿、そのつもりでいなされよ」
 眦を決してうなずく。
「……そろそろか。ルラムーン草をここに。アランは壺の正面へ。そう、そこに立っておれ」
 ベネットが指示を出し、アランたちは素直に従う。容器ごとルラムーン草を受け取ったベネットは、「いくぞ」と静かに告げた。
 伸ばした手から容器が落とされ、大壺の中に沈む。謎の物体が満たされているにもかかわらず、水音などは一切しなかった。
 刹那の静寂――そして変化は突然にやってきた。
 大壺が不自然な震動を始め、その口から大量の蒸気を出した。半透明のそれは室内に満ちると、次いで結界の蒼光を巻き込んで螺旋を描き始める。まるで光のバギマを目の当たりにしたような光景に仲間たちは息を呑んだ。
 頬に汗を流しながらも、アランは持ち前の勇気でその場に踏みとどまる。光嵐の矛先が自分に向けられていることに彼は気づいていた。
 そして。
「さあ、古の呪文の復活じゃ! アランよ、光をその身に受け入れ、古代の叡智に意識を委ねるのじゃ!」
 ベネットの言葉と同時に、アランの元へ光が押し寄せてきた。
 無音の爆発が起こった。

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