小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 ほんのわずか、意識を失っていたらしい。
 我に返ったアランは、蒼い輝きを失った床から身を起こした。夜の闇が降りている状態の室内は、大壺の輪郭さえ不明瞭な暗闇に包まれている。
 頭上に気配と羽音。主が立ち上がったことに気がついたドラきちとコドランだ。アランは言った。
「コドラン、灯りを頼む。ドラきちは皆の様子を確認してくれ」
 短く鳴いて飛んでいく二匹を見守りながら、アランは額に手を当てた。二度三度、深呼吸をする。心音は落ち着いているし、体に痛みはない。
 ただ頭の奥底で何かがぐるぐると巡っているような奇妙な感覚がある。
「もしかしてこれが、古の呪文なのか……?」
「おー、いたた。おぉい、すまんが起こしてくれ」
 近くでベネットの声が聞こえた。コドランがせっせと燭台に火を点けて回ってくれたため、彼が横たわる場所はすぐにわかった。大壺に立てかけた梯子のすぐ側、呪文の力で彼が浮かんでいた場所の真下だ。呪文の効果が切れて落下し、したたか腰を打ち付けたというところだろう。
 ベネットを助け起こし、同時に回復呪文をかける。老人は大きく息をついてアランを見た。
「ふう。やっと痛みが引いたわ。アラン、お前さんはなかなか優れた癒やし手じゃな。見事なガタイをしておるから、てっきり攻撃的な呪文の遣い手かと思ったぞ」
「そういうものですか?」
「もちろんワシの独断と偏見じゃ」
 はっはっはと笑われる。その直後、彼は表情を引き締めた。
「さて。ワシの考えが正しければ、今ので古の呪文がひとつ復活したはずじゃが。アランよ、どうだね。呪文の存在、感じるか?」
「ええ。おそらくこれじゃないかな、というのは。ただ……まだ漠然としていて、上手く使える確信は持てません」
「なるほど。後天的に植え付けた呪文は定着が遅いというわけじゃな。ま、ある程度は予測できたこと、心配せんでもええよ。手はある」
「と言うと?」
「美味いもんたらふく食って、一晩ぐっすり寝れば万事解決するということじゃ! そう、はるか古代から健全な精神力は健全な肉体に宿ると言うからの。食って寝るのが一番なのじゃよ。分かるか若いの!」
「つまり定着に一晩ほど時間が必要なのですね」
「……。まあそういうことじゃ」
 どことなく寂しそうにベネットがうなずく。何かしら気の利いた切り返しを期待していたのかもしれない。
 儀式の余波で倒れていた仲間たちが次々と集まってきた。全員の無事を確認し、アランは改めてベネットを見る。呪文研究者の老人は咳払いをひとつした。
「今日のところは宿に戻るとええ。明日、もう一度ワシを訪ねてきなされ。そのときに呪文の名と、その使い方を授けようぞ。それからアラン」
「はい」
「呪文の試し打ちに同行する仲間は二、三人に絞っておくのじゃ。ワシの考えだと、慣れないうちは大人数を一度に移動させることはできんはず。見送りにくるのは構わんが、最初は様子見と思ってくれい」
 そう言ってベネットはアランたちを宿に帰した。


 翌日の早朝。
 心根の素直なアランはベネットの言いつけ通り十分な食事と休養を取り、再びベネットの家を訪れた。しかし今度も返事がない。メタリンの強い勧めで家に上がり込んだアランは、またもや寝床で大いびきをかくベネットの姿を見た。
 メタリン怒りの一撃に渋々目を開けた呪文研究者は、ぶちぶちと文句を垂れながら準備を始めた。
「ったく。昨日の今日なんじゃから、もちっと空気を読んでくれてもいいじゃろうに」
「アンタが言うな!」
 ご立腹のメタリンをチロルが嘆息しながらくわえて余所へ運ぶ。
 その後、ベネットはアランたちを街外れへと案内した。ベネット宅から少し歩けば街の裏手側出口に出る。その先、小さな広場となった場所に、パトリシアと馬車を除いた全員が集まった。
 ベネットが面々を見回す。
「で? アランと同行するのは誰じゃな」
「私が。後はこの二人で」
 ピエールが進み出る。その後ろにはチロルと、彼女の上に乗っかったスラリンがいた。昨晩、仲間と話し合って決めた面子だった。ベネットはうなずいた。
「では四人集まってこっちへ。さてアラン。一晩経ってだいぶ『掴めて』きたかね」
「不思議な感覚は消えましたから、たぶん、大丈夫なんじゃないかと」
「それでええんじゃよ。今回お前さんが身につけた古の呪文、その名を『ルーラ』と言う。お前さんが訪れ、かつ記憶に残っている場所ならば一瞬の内に移動できる非常に便利な呪文じゃ。無論、いくつか制約はあるがな」
 ベネットは言った。ルーラはその性質上、屋内や洞窟内等で使用すると成功率が激減すること、一度に大量の人員を運ぼうとするとそれだけ精神力を消費すること、また世界中のどこにでも行けるわけではないことを彼は説明する。
「じゃが使用方法自体はそう難しくない。行きたい場所を思い浮かべ、精神を集中し、ルーラと唱える。ま、後は使って慣れていくしかないわな」
「危険は?」
「そんなの術者であるお前さん次第さ」
 身も蓋もないことをベネットは言った。
「今日は最初の一歩。まずはアランが一番思い浮かべやすい場所に飛んでみるのがよかろう。駄目ならキメラの翼で戻ってくればよい」
 どこに行くのじゃ?――そう聞かれてアランは瞑目した。実のところ、最初の行き先についてはすでに心に決めている。
 ピエールたちにうなずきかけ、アランは精神を集中した。一晩経ってだいぶ体に馴染んだ呪文の感覚を呼び起こし、次いで行き先を脳裏に思い浮かべた。
 山と草原と大河に囲まれ、今まさに復興への道を一歩ずつ進んでいる街の姿を、頭の中で鮮明に描いたとき――蒼い輝きがアランたちを包み始めた。
 体がふわりと浮かぶ。
 そしてアランは眦を決し、高く腕を振り上げた。
「行くよ、皆。――ルーラ!」
 次の瞬間、球体の光に包まれたアランたちは天空に向かって高々と飛翔した。そして蒼の軌跡を残し、一路北東へと飛んでいく。
 ――目指すは大国ラインハット。親友が復興に尽力するあの街だ。

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交響組曲「ドラゴンクエストV」天空の花嫁
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